2013年12月7日土曜日

物理演算は僕らを幸せにはしなかった。

物理演算は僕らを幸せにはしなかった。

あなた方が物理演算で幸せになっている間、僕等は指をくわえてその光景を見ていた。広大な宇宙空間に浮かぶ忘れ去られた宇宙基地で、空中に浮かんだ死体が生体認証の扉を開け、もの凄いスピードで飛ぶタンスの引き出しがエイリアンの頭にめり込んでいる間、物理エンジンは僕等に何もしてくれなかった。あなた方がトレーラートラックに大量のロケットエンジンを取り付け、荷台の運転席の2つに別れて、くるくると豚のしっぽのような軌道を描きながら右と左に45度づつ飛んでいくのをケラケラ笑って見守りながら、それをロケットランチャーで打ち落とそうとしている間、物理エンジンは僕等に何もしてくれなかった。予め組み込まれた数式では無く、物理エンジンが生み出した重力によって放物線を描いた矢が野蛮な盗賊の胸に突き刺さり、力なく崩れ落ちた夜盗の死体を蹴飛ばすとそれは、駄菓子屋の子供向けグミみたいに、びよんびよんと伸びたり縮んだりしながらあなた方の足に纏わり付き、そこから衣服をはぎ取っている間、物理エンジンは僕等に何もしてくれなかった。高い高い崖の上から、ラムネのついた蒲鉾板を抱えて飛び降り、その落下スピードとコンクリートの地面のコンビネーションが足の骨、腰の骨、首の骨、そして頭蓋骨までをもへし折っている間中、物理エンジンは僕等を幸せにはしてくれなかった。オレンジ色の巨大な燃料タンクが原子力駆動の発動機に動力を供給し、2時間かけて作り上げられた夢の詰まった巨大な積み木の模型が空に向かって飛んでいこうとした瞬間に、夢と希望の詰まったラピュタのようなシンデレラ城を粉々に粉砕していく様を、頭を抱えながら鼻で笑ってみている間中、物理エンジンは僕等に何もしてくれなかった。鋼鉄で作られた輝く地面にピーナッツバターのように塗り広げられたマンゴージェムが、特別製のブーツでその上を行くあなた自身を加速させて、赤の扉の向こう側へともの凄いスピードで導いている間、物理エンジンは僕等には見向きもせず、あなたがたの方だけを向いて微笑んでいた。

物理エンジンってのはさ、彼らだけの特権で、彼らだけに与えられた幸せだった。僕等の前には3D酔いという困難で悲しい現象が立ちはだかり、僕等はビデオゲームの進化から完全に取り残されてしまった。もっと幸せになるはずだったんだ、もっと楽しくなるはずだったんだ。けれども物理エンジンは僕等を楽しい気分にはしてくれず、ただ孤独感だけを後押しした。僕等はビデオゲームにも嫌われたんだ。ゲームに嫌われて、ゲームに見捨てられて、いや、そうじゃない。僕等がゲームを見捨てたんだ。