2009年4月29日水曜日

申し訳ない、申し訳ない。



何度眠っても、何度眠っても同じように目が覚める。心の中は空っぽで言葉の一つも出てこない。額は少し汗ばんで指先がぴんと伸びることはない。煉瓦の裏の甲虫のようにもそもそと這い出て腰掛ける。申し訳ない、申し訳ないと日に250回は繰り返すけど、その申し訳なさが行動に繋がる日は来ない。いつも口だけ、いつも思うだけ、大言壮語が平野を駆ける。最後に見た地平線の雄大さと、最後に見た大空の美しさが、あの日ならばまだ間にあったのだという後悔の復元ポイントとしてだけ残り、空も大地も今では辛い。もう僕には行く場所がない。こんな事をしている場合じゃない。こんな事をしている場合じゃないと夏の暑さに怯えては、口で息して、口で息して右手の指で目やにをこする。

鉄拳カット



髪の毛を剃る気力すら失われていた日々をやっとこさ抜けて、先日頭を剃ってみたが、中途半端に伸びていた分大変で、半分くらいで疲れて投げた。剃りやすい所は綺麗に剃れつつ難所は残ったその髪型を、鏡で見たらば三島だった。

2009年4月28日火曜日

かつて存在していたという事実だけで誰かを幸せに出来るような



昨晩は横になる元気も出ないくらいに具合が悪かったので、椅子に座ったままずっと、在りし日の4kingsについてずっと考えていた。あの頃の4kingsは、今でも少し思い出すだけで、頭がくらくらしてしまうくらいのもの凄さだった。

Grubby
ToD
FoV
Creolophus

もう字面見ただけで泣けてしまう、笑えてしまう、不思議な気分に陥ってしまう。これは、紛れもなくもの凄いのだった。凄すぎた。1つのチームに四人の世界王者。しかも、orc、hum、UD、NEと全種族揃っているという奇跡。おまけに国籍はオランダ、フランス、韓国、ノルウェーというバラバラなラインナップ。「二度と無い今」なんていう言葉は陳腐に安売りされて今ではなんの説得力を持たないけれど、あの頃の4Kだけは「二度と無い今」に他ならなかったと心から思うし、あの日4Kが存在していたという事実を思い出しただけで、こうして今でも幸せで胸がいっぱいになり、思わず大きく息を吸い込んでしまう。敵地韓国で念願の初タイトルを強奪してしまったToD。準決勝でSkyを、決勝でToDを下しての戴冠という荒技を見せつけたFoV。引退を宣言して完全引退するも、国内予選を突破してしまっていた為やむなく参加した大会でSkyの三連冠を阻止して優勝してしまう空気の読めないcreo。そして今は無き4Kings。

そうだ。たとえば僕は4Kingsになりたい。あの日の4Kingsのようなものになりたい。かつて存在していたという事実だけで、誰かを幸せに出来るような存在になりたい。僕は性格も悪く我が儘で、性根が腐っている。そんな自分がどう頑張っても、たとえば何人をも幸せになんて出来ないだろう。居るだけで不愉快で、生きているだけで迷惑だ。このような自分自身が「今この瞬間に存在している」という事実は、何人をも幸せにしないばかりか、不幸せにするばかりの迷惑な生き物でしかないし、これからもそうであり続けるだろう。けれども、けれどもかつて存在していたという事実だけで誰かを幸せに出来るような何かにならなれそうな気がする。差し当りそれを目指そう。

2009年4月25日土曜日

平和。



ナオリスペシャルの美しさを必死に熱弁する夢を見た。果てしなく平和な夢だった。

回る。回る。世界が回る。



昨日は宇宙遊泳のようになってしまい、懸命に横になってみたのだけれど一向に治る気配もなく、ふいに「酸素不足ではないか」という疑いが芽生えたので窓を少し開けて外の空気を吸って明るくなるまで横になっていたら収まったので、「空気が悪かったのだ」という結論でとりあえず自分を納得させて一日を這いつくばって生きてみたけど、今夜も回る。世界が回る。

2009年4月24日金曜日

2009年4月22日水曜日

もしも世界が百人の村だったら殺人事件。



言葉を選ぶか、それとも百人の村を選ぶかという選択肢を突きつけられて「せっかくだから俺は百人の村を選ぶぜ」という人はおそらくだけれど存在しないので誰もが皆言葉を選ぶ事になるのだけれど、結果百人の村に殺されて死ぬ。救いはない。

わがこころでに



人間の頭というものはおかしなもので、それにも増して僕の頭はおかしなもので、夕方からずっと頭の中で「わがこころでに」「わがこころでに」とよくわからない言葉が繰り返されており、ずっと気になっていたのだけれど、先ほど「ゆきはふりつつ」というフレーズが突然飛び出してきて、「わがこころでに」と合体した。それにより「わがこころでに ゆきはふりつつ」という如何にもな文章が出来上がったので、パソコンの電源を入れてグーグルにお願いしてみたら、「わがころもでに ゆきはふりつつ」であった。君は居らず、雪も降らず。何を受け容れてなにを拒めばよいのかすらもてんで見当のつかない人生。

2009年4月21日火曜日

首から上さえ無くなれば俺の人生は幾らかよくなる。



「あいつさえいなければ」などと世の人は思うらしいが、この部屋にあいつは居らず、いつも一人。「あの時ああしておれば」などと世の人は思うらしいが、我が人生にあの時は未だ訪れず昨日ばかりが延々と続く。首から上が無くなれば。首から上さえなくなればとそればかり、考え、願い、生きている。

2009年4月20日月曜日

カミキリ虫が耳元で鳴くから。



カミキリ虫が鳴き続けているような耳鳴りが絶えず聞こえて、それが具合が悪いのに眠らずにこうしてくだらない起床を続けているせいだという事もわかっているのだけれど、横になる勇気が芽生える気配は無い。眠っても何も良くならない。休んだって何も変わらない。それは自分自身が誰よりも一番よくわかっている。例えば頭痛がなくなったら?たとえば耳鳴りが消えたら?たとえば目眩が収まったら?そこに待っているのは『よいこと』なんかじゃない。間違い無しに悪い事だ。それも、頭痛なんかよりも、耳鳴りなんかよりも、もっと、ずっと悪い事だ。それに比べたらまだ頭痛の方がましだと、どうしても思ってしまう。横になる勇気なんて失われてしまう。気が飛んで、朦朧として、倒れるように倒れる以外に眠る方法は無い。そんな事ばかり繰り返していると嫌になる。現実が嫌になるんじゃない。自分の弱さが嫌になる。僕に必要なのは休む事ではない。眠る事でもない。頑張る事だ。立ち向かうことだ。一心不乱に突き進むことだ。未来に向かって誠実に生きる事だ。けっして眠る事なんかじゃない。決して休む事なんかじゃない。これはただ、カミキリ虫が一心不乱に頑張って鳴き叫んでいるだけなんだ。同じようにすればいい。そんな元気はない。頭が割れる。またそうやって君は逃げる。

はじめからブログを書こうだなんて思うな。



喋らず思わず考えずという活字拒否ライフを送っていた人間が、ああブログでも書こうと思ったところで日本語が出てくるわけも無し。漠然とした苛立ちと、逃走への欲求と、なぜ自らがインターネットから逃げ出したかったのかという記憶だけが蘇り、情熱的無気力が沸々と今にも沸き立たんとしている事だけが手に取るようにわかる。戦ったっていい事なんてない。逃げたっていい事なんかない。もう、どうしたっておんなじ。

毎年季節の変わり目に。



季節の変わり目になると必ず体を壊している。殊更四月にはよい思い出がない。

もう何も考えられない



歩くには地面と足と水と飯が必要なように、考えるにも何かが必要である。空気のように水のように、当然のこととして考えながら生きてきた自分がそれに気がつくには、考えられなくなるのを待つ必要があった。そしてそれに気がついた時にはもう手遅れなのだ。僕はもう何一つ考える事すら出来ない。どんなくだらない事ですら、僕には困難すぎてその糸口にも辿り着けない。

同じように思うにも、感じるにも、働くにも、生きるにも、その成立の為には様々幾多の最低条件が存在しており、たいていの人は皆それらを当たり前のように所持している。失った時にはもう手遅れで、何を失ったのかすらも理解は出来ない。キーボードと、モニタと、初夏のけだるい暑さと。僕にはあと何が残っているんだ。たとえばテレビが無くなって何が困るんだ。たとえばパソコンが無くなって何が困るんだ。考えられなくなって何が困るんだ。ブログを書けなくなって何が困るんだ。何の問題がある。4月が来れば暖かくなり5月が来れば暑くなる。何も変わらないじゃないか。

もう僕は既に一生分考えたし、一生分楽しんだ。一生分のいい思いもしたし一生分の我が儘も言った。一生分はおろか十生分のDOTA allstarsもした。一生分のブログを書いた。一日、一日過ぎる度に昨日までは確かにあったいろんな物がぽつり、ぽつりと失われて行くけれど、もう十分だよと思うばかりで惜しくもなければ焦りもしない。

2009年4月19日日曜日

ざまあみろと思うのはいけない事ですか?



「3秒に一人子供が死んでいます」と書かれたユニセフだかのバナー広告を見て反射的にざまあみろと思ってしまった。これはいけない、これではいけないと思い、多少は焦り、しばらくそのバナーを見ながらいろんなものを探してみたけど、出てくるのは「ざまあみろ」だけ。他にはなにも出てこない。ああそうさざまあみろ。死ねもっと死ね。

prototype雑記。



prototypeのトレーラーを見て驚いた。呆気にとられた。銃器に対するぞんざいな扱いに。銃で撃たれても死なない。死なないどころかよろめきもしない。よろめきもしないどころかダメージを受けているそぶりも無い。拳銃でなくてライフルで10人くらいから撃たれてるのに平気な顔して歩いている。なんだこのゲームは。何を食べたらそんなになるんだ。

ライフルが効かない主人公が戦う様はまるで弱いもんいじめ。「ライフルを持った小隊と戦う主人公」という勇ましいシュチエーションが、オタク狩りをしているヤンキーに見えてしまって仕方がない。いや事実そんな感じだ。ハイデフな発砲エフェクトと弾光エフェクトが糞くだらない有線の去勢されたバックグラウンドミュージックのように流れ続ける。いや、銃って何?撃たれたら死ぬんじゃないの?基本。

「撃たれたら死ぬ、撃たれても死なない、死なないは凄い。」というゲーム的かっこよさ俺TUEEの三段論法が説得力を持つよりも前に銃弾は遙か彼方へと飛び去ってしまっている。「今の洋ゲー」ってあんなもんなのか。銃で撃ってもライフバーが赤くなるだけのゴキブリが出てくるゲームが名作とされる世界を俺たちは不覚にも生きてしまっているんだ。

そのくせ、その主人公がどうやって敵を倒すのかと見ていたら、道ばたに落ちてあったロケットランチャーを拾ってぶっ放してやんの。馬鹿じゃねーのか。意味わかんねー。なんでロケットランチャーが道ばたに落ちてあんの?今を時めく洋ゲー様が全て過ぎ去った2009年に、人の家のタンスを開けて中から銅の剣と皮の盾を盗む勇者様ご一行状態って退行もいいとこじゃん。説得力なさ過ぎて泣けてくる。

「銃で撃たれたら人は死ぬ」から遠く離れたところで繰り広げられる糞ゲー的光景に、ああ、この人達は「銃で撃たれたら人は死ぬ」を無視する事でしか強さというものを、カタルシスというものを、かっこよさというものを表現出来ない表現弱者なんだろう。いや、銃社会に生まれながらも「銃で撃たれたら人は死ぬ」という世界から遠く離れた場所で育った勝ち組リア充なんだろう。酔った。

2009年4月12日日曜日

最近グーグルで知ったこと。



もう随分と前から他人のブログを読むのが辛くなってしまったので(人のブログ読んでる暇があったら自分のブログを頑張って書こうよ→ブログを頑張って書いた所でどうなるっていうんだ→なにも頑張らないよりかは何か頑張った方がいい→いや、その理屈はおかしい→そんな事言って君は逃げてばかりだよね、的展開になるので)、ブログもwikipediaも読まずにグーグルで思いつくままに「日本人は幼児だ発言」とか「スターリンとRubyの関係」とか「マイケルデイビスは本当は目が見えた」とか、自分でもよくわからないキーワードを打ち込んでEnterしてはため息をつく、という作業を繰り返していたら、女神異聞録デビルサバイバーというゲームに、人を食った性格の、青山が生んだ天才プログラマーのナオヤというキャラクターも登場するが、こいつがとんでもない食わせ物の横暴な屑野郎で、諸悪の根源にしてラスボス。討つべし。直也討つべし。

2009年4月3日金曜日

情けない。申し訳ない。いたたまれない。



情けない。申し訳ない。居た堪れない。そういう気持ちだけがずっとあるけれど、そこから先を考えようとはしない。逃げて逃げて楽ばかりしようとまた逃げて部屋の中を這いずり回り、楽も苦もない一寸を見つけてそこにうずくまると、追い詰められて身動き取れず。憎悪も怒号も消え失せて、得体の知れないどす黒さだけが冒頭の、情けなさ、申し訳なさ、いたたまれなさになって夜から朝まで覆い被さる。主に左の心臓が痛い。右の心臓は微塵も痛まず。

2009年4月1日水曜日

「もう疲れた」ってお前まだ何もやってねえじゃん。



「もう疲れた」っておまえ何もやってねえじゃん。何もしてないのになんで疲れんの?理論的におかしいよね?常識的に考えて間違ってるよね?タダ飯喰ってふて寝して起きて「頭が痛いふざけんな」とか言ってまた寝てるだけでしょう。いつ疲れるの?どこで疲れるの?なにに疲れるの?疲れたふりをしたいだけなんでしょう?疲れたふりしてるだけなんでしょう?それがかっこいいとか思っちゃってるんでしょう?あのねえ、疲れたなんて台詞はいっちょまえに苦労して頑張って働いた人間だけが言うべき台詞なの。それをおまえ何もせずに座りしままに疲れただなんて身の程をさ、身の程をわきまえろってんの。

「頑張ろう」っておまえ何頑張るんだよ。おまえみたいな糞ゴミに頑張る事なんてあんの?何もないでしょ?頑張る事なんて何もない生活してるくせになにいっちょまえにかっこつけて「頑張ろう」なんて言っちゃってんの?論理的におかしいよね?常識的に考えて間違ってるよね?タダ飯喰ってふて寝して起きてtrf動画見てにやついてまた寝てるだけでしょう。いつ頑張るの?なにをどう頑張るの?どこに頑張るところなんてあるの?おまえの人生さ、もう頑張る余地なんて無いでしょう。なのに何を一般人を装って「頑張ろう」とか「頑張らねば」とか言っちゃってんの?あんたもうそういうあれじゃないから。あのねえ、あのねえ。おまえさあ、あのねえ、あのねえ。