2015年6月30日火曜日

本当に困ってるので誰か助けてください。

3行でまとめると


・一日中ゲームとネットサーフィンで全てが捗らない
・なので、タスク遂行/進捗管理アドバイザー募集します
・期間は1週間、1日あたり100文字コメント2つ、報酬は15000円です













あまりにも捗らないので、助けてください。

どのくらい捗らないかというと、「作業しよう」と思ってタスクリストを作って、一週間後の実作業量が0秒というレベルです。一週間と書くと短いように思えますが、一週間は六十万秒です。「作業しよう!」と思って60万秒後に、実作業量0秒です。なお、仕事にも学業にも追われていません。もっと言うと、一ヶ月後でも実作業量は0秒、つまりは240万秒で0秒です。なお、その作業というのは基本的にブログを書くことです。




そんなわけで、主にコンコルド効果的な意味で、アドバイスというか、コーチングをしていただける方を募集します。僕の人生そのものがコンコルドなので、コンコルドがコンコルドするのは正道なのです。何の不思議もありません。クラウドソーシング型のサイトで探そうとも思ったのですが、そういうサイトは「クラウドソーシングで仕事を探してる人」しか見ていない上に、手数料が20%と高額ですので、少し違うかなと思いました。仕方が無いので、とりあえずブログで探してみます。本当に困っています。とりあえずブログに書いて見つからなかったらクラウドソーシングで探します。




希望としては、一日に100文字~140文字程度のコメントを2つ頂きたいです。1つはコメント(感想)、もう1つはアドバイスです。もっと適当な方法があるのであれば対応しますので、応募時に提案してください。

当方が公開する情報は、Todoistを使用してのtodoリストのシェアと、自前のライフログツールのスクリーンショット、それに週次レビューです。ライフログには、起動していたアプリケーションと、APM(一分毎の打鍵量)が記録されています。週次レビューは目標やタスクについてかかれた500文字程度の決意文/感想文になります。

ライフログツールのスクリーンショットsample



ライフログツールの全体図








というわけで、本日はドナルドトランプとマルコルビオについてちょっとだけ詳しくなり、幾つかのゲームを遊び、ネットサーフィンを堪能し、初見のブログを読みまくって2つのブログをrss登録し、youtubeをサーフィンし、インターネットで3Dゲームの動画を見て3D酔いして頭が痛くなって床に落ちていた頭痛薬を飲み、幾つかのゲームを遊び、dota2rをインストールして、幾つかのゲームをアンインストールし、幾つかのゲームをsteamライブラリの表示から消し、幾つかのブログの草稿を立ち上げて眺める事を繰り返し、ちょっとだけゲームをして、疲れ果てた末に眠る気力すら失い、ちょっとだけゲームをしてから、このブログを書いています。だいたいこんな感じで僕の60万秒、僕の240万秒は浪費されていきます。コンコルドである僕は今まさに困り果てており、コンコルドが必要なのです。なお、240万秒で0秒の人間が立てている目標は、1日14時間の作業です。我がことながら言葉を失います。明日半日でローマ帝国を作り、残る半日でローマに通じる道を建造しようと志すレベルで大丈夫です、安心してください、実際には0秒ですから生産性の低下も何もありません。現実は0秒です。完璧です。いまのところは完璧です。はじまってすらいません。計画立てるところまで行っていませんし、実のところ、タスク書き出すところまですら行っていません。ひどい話もあったもんです。なんとなくぼんやりとなんとなく、うん、なんとなくというレベルです。(これは言葉のあやであり、流石にもう少しは前進しています。)


何を募集しているのかは正確には自分でもわかりませんが、タスクリストとライフログを見てアドバイスをしてくれる方を募集しています。コンコルドと言ってしまえばそれでおしまいなのですが、僕もただのコンコルドの木造模型にお金を出せるほどの余裕はありませんので、なんとなく嘘でもいいから空を飛べそうなコンコルドが必要です。アドバイザーというのか、コーチというのか、なんというのかはよくわかりませんが、そういう人を募集します。


当方はブログ名からなんとなく読み取れるように、中卒無職の(つまりは人生の中で気が向かない作業を強いられた経験を持たない)人間であり、気が向かない作業を強いられた際に遂行する為のノウハウが全くありません。受験とか、学業とか、仕事とか、そういった気の乗らない作業を遂行する際に得られる経験値、ノウハウというのが全く無いので、そこでちょっとしたアドバイスが欲しいのです。(気乗りする作業に対するノウハウは幾つか溜まっています、目が覚めてから2時間はネット回線を切って作業しろとか、寝る前に5分だけ手を付けておくとか、やる気にならなければ30分目を閉じて座ってただけで、やったことにして自分を褒める/許すとか)。


おまけに、運悪く昨年のちょうど今頃に、これまで生きてきて最悪レベルの連中にインターネットで絡まれてしまい、ブログを書く意欲を完全に失っています。気が向かないというレベルではなく完全に失っています(最悪な人間に絡まれない限り、ブログを書くことは気が向かない事ではないです)。いや、完全に失ったと言うより、ちょうどタイミング悪く今まさに逆方向に振り切れてしまっています。プロジェクトもタスクも出そろっているけれど、進行したくない動機があるというかなりネガティブな状況です。

つまり、目標があり、処理したいタスクが大量にあるけれど、それらを行いたくないと思っており、尚且つたとえばそれを達成した所で自らが得られるものは何もないどころか、不愉快さが高まるだけでもあるにも関わらず、それらのタスクを処理したいと思っており、目標達成に近づきたいと思っていて、もうその全てが根本から間違っているということを理解していながらも、半ばコンコルド効果的な意味で、けれども実際にはコンコルド効果ではなく真剣にアドバイスを欲している人間が、微塵の正しさも微塵の論理もないけれど、それわかってるけど、わかってるけど、そういう、そういう、そのような状況下で、何もしないよりは何かをした方がマシだという虚構に捕らわれた無能な働き者であるという点でもうこれは、泥の中をマントルに向かって前進するコンコルド以外のなにものでもないとしても、タスクを遂行し前進する為のアドバイザーを募集します。







支払いは7日間(100字程度*14)で1万5000円。
amazonギフト券かitunesギフトで行います。

なお、細部については対応可能なので提案してください。土日は箱根でお泊まりデートなのでコメント出来ないけれどetc等にも対応します。メールによるやり取りや、各種ツールでのチャット、skype通話なども可能ですが、やりがい搾取に敏感な世代なので、200文字(100*2)以上の仕事量が発生する場合は4000円/hを目安として追加でお支払いします。




そんなわけで、「俺は業務で他人のスケジュール管理してるからその道のプロ」とか、私はコミケ50回出て落とした事は一度もないから作業のアドバイスなら任せとけとか、40年間研究者やって毎年論文5つ書き上げてるとか、ゆっくり実況を週1でアップロードし続けて一度も失踪せずに10作品完走したとか、仕事をしながら週末にプログラミングをしてLinuxを作ったとか、50年間1日も欠かさずにブログを書き続けてるとか、東大卒のEsportsプレイヤーとか、僕のイマジネーションではそのくらいしか思い浮かびませんが、タスク管理、スケジュール管理、進捗管理、といったジャンルに強そうな人、あるいはアドバイスや感想の上手な人を募集します。ぶっちゃけ、普通の人でいいです。当方が普通のレベルに達していないので、普通の人でいいです。普通以下の人で全然結構です。よろしくお願いします。困り果てているので藁で作ったコンコルドでもいいので募集します。藁コルドでいいです。藁コルドお願いします。過疎ブログですので選考すら無いかもしれません。チャンスですよ。応募すらないような気もします。

なお、1万5000円としていますが、見積もりを出して頂ければ対応は可能です。現実的には3万円くらいが限界で、それ以上はちょっと厳しいかもしれません。なるべく1万5000円+αレベルでお願いします。7月10日に応募は締め切りますが、ちょうど今まさに本当に困り果てているので、はやめにご応募頂けると有り難いです。また、うまくいった場合は、複数の方からアドバイスを吸う為に、日を置いて別の方に一週間お願いするかもしれません。






なお、当方は、下記のような人物です。

一時間毎にメモを自動で起動し、自分が何をしていたのかを可視化する

ohlifeの欠点とRemember The Milkの思い出とevernoteの駄目さと致死量のlifehack

GTDを始めようと思って10年が経過した

ここからさらに悪化した結果がこれだと思ってください。今ではポモドーロ・テクニックやday7方式など最新の仕事方法も入手し、さらに効率的に生産的な毎日を送っています。非常に前向きでポジティブなアティチュードを性懲りも無くメインテインし続けています。1日あたり100文字*2なので、1日あたりの作業時間は10分程度だと思います。たぶん妥当な額だと思います。僕が逆の立場ならダメ元で応募しています。じゃあ自分で応募しろよって言う話ですが、そこは毎日通り過ぎています。なお、これまで培ったライフハック技術によって、具体的なProjectやタスクリストの書き出し自体は終了しているので、実際の仕事内容はタスクリストと処理状況を見て感想を2個言うだけです。(一応希望としては、1感想+1アドバイスです)。





応募の際に必要な情報

1,ツイッター、ブログ等のネット上のアカウントのURL
2,簡単なストロングポイント

以上です。
ご応募をお考えの方で、まずタスクリストを見たいという方は、お問い合わせください。タスクリストの事前公開は可能です。応募に際し、またお願いした際も、秘密は厳守します。

sinseihikikomori.hankakueisuu@gmail.com
ご応募、ご質問は、上記メールアドレスにお願いします。

https://twitter.com/aka17uu
質問はこちらでも受け付けます。






3行でまとめると


・一日中ゲームとネットサーフィンで全てが捗らない
・なので、タスク遂行/進捗管理アドバイザー募集します
・期間は1週間、1日あたり100文字コメント2つ、報酬は15000円です

ご応募お待ちしています。
よろしくお願いします。

完璧な間違い

躍動感溢れるペースで躍動感溢れるブログを書けないのは、躍動感が溢れているタイミングでブログを書いていないからである。(ここでいう完璧なタイミングとは、頭が痛くなく、胸が痛くなく、健康で気力に満ちあふれ、心が憎悪で支配されていないタイミングの事を差す)。そういう完璧なタイミングは日々頻繁に訪れるけれど、そういうときに何をしているかというと、主に、完璧にくだらないインターネットをネットサーフィンして「ああ、これは、完璧にくだらないね」と頷いたり、あるいはくだらない(本当にくだらない{本当の意味で[そうではなくて真に(まじで{冗談抜きで[そっち系のいみではなく(純粋に)]})]})ゲームを遊んだりしている。




なぜそのように完璧なタイミングを、インターネットやインターネットよりもくだらない事で浪費するかというと、完璧なタイミングを”それなりに有意義なこと”で消費してしまうと、「それなりに有意義なことなんかよりも、もっと完璧な事の為にその時間と努力を費やせば良かったのに」という非難のそしりを逃れられないからである。僕はただ他順に、自らによる自己批判を避けるために、完璧なタイミングで訪れた完璧な時間を完璧にくらだらないインターネットをネットサーフィンする事で浪費し、「完璧にくらだないインターネットは完璧にくだらないね」と興に入って非難見下し嘲笑し、それによって自らが批判されること、強いては非難見下し嘲笑される事を回避しているのである。




そんな事をしても何にもならないという事は理解している。けれども、完璧なタイミングで訪れた完璧な時間に完璧な行動を選択したとしても、何にもならない。何故ならばその結果生み出されるのは、猫も喰わないようなブログのエントリーだけであり、それによって僕の人生が僅かでも楽になることはなく、それどころかそれ自体が大きな害を成しており、完璧なタイミングの完璧な時間に完璧な努力をして何かを成し遂げたとして(重ねて言うが、それで出来上がるのは猫も読まないブログのエントリーだけだ)、何かが前進することも、自らが満たされる事も無い。あるいは僕の知らない見知らぬ愛しい誰かの助けになることもない。(見知らぬ誰かは実在するが、他者に対する愛をもはや持ち得ない僕にとって愛しい誰かは存在しない)




今日、今、自らに、完璧なタイミングで完璧な時間が訪れたとして、そこで完璧な努力を行い、自らが望む完璧な成果を得る事は、僕にとって完璧な一日ではない。なにしろ、自らが望む完璧なせいかこそが完璧に間違っているからだ。重ねて言うがおそらくそれは、ブログのエントリーを書くとか、レートを500上げるとかそういう類の完璧に何の役にも立たないし、何の満足も得られない(満足が得られたとして、それは捏造された謝った人生における捏造された謝った願望が満たされただけにすぎない、そこで得られる満足というのは、寄生虫に寄生されて木の枝の裏ではなく、葉の上を歩くように干渉制御されたカタツムリが、カラスにその身を啄まれてそれを喜ぶのと同じ類いの満足である。)




ならば、完璧なタイミングで訪れた完璧な時間を、完璧にくだらない方法で浪費する事が完璧な一日であり、浪費し続ける事が自らの望む完璧な人生であるかというと、それも僅かには疑わしい。その僅かな疑わしさの根拠は、僕の力では半ば言語化不可能な僅かさであり、僕はその僅かな疑わしさの事を、希望と呼んでいる。それは、完璧に間違っている。

xyzzyと名称未定が干渉してしまった。

2015年4月25日からどうもおかしくて、5月1日以降は一切xyzzyが記録されていない。exe nameを確認すると、空欄(null)になってしまっている。それだけならば別に構わないのだけれど、xyzzy上のAPMが記録されていないのが痛い。名称未定ってどんなソフトウェアなのって聞かれたら、「全ソフトウェア対応のAPM表示ソフト」と答えるレベルで、APM記録&表示機能こそがは名称未定なので、そこが効かないのは辛い。

おそらくwindows8.1のアップデートか何かで、キーフック周辺のAPIが変更されたんだと思うけれど、名称未定のソースは実質失われており修正も出来ない。のどかや他の常駐ソフトが干渉している可能性は無いかと、のどかを切ったりしてみたけれどどれも駄目。仕方が無いのでxyzzyを諦めて秀丸エディタをインストールしてみた。秀丸エディタの初期設定に20分。こうして僕の無残な一日は昨日と同じように失われていく。



2015年6月29日月曜日

(人間なら80歳)

無人駅に猫を置くことで観光客を呼び込んだ、たま駅長(人間なら80歳)。


その猫が死んだらしい。問題は、”人間なら80歳”の方である。家猫の年齢を人間の年齢であらわす場合、猫の年齢に4.75倍した数字が適当だそうだ。話によると、たま駅長は16歳であり、4.75倍すれば確かにだいたい80歳。これが野良猫ならば4.75倍ではなく、10倍から12倍が必要になる。この係数は飼い猫や野良猫の平均寿命から産出されたもので、飼い猫であるか野良猫であるかが寿命を大きく左右するので、別の係数が必要になる。そうして算出されたのが、(人間なら80歳)である。

飼い猫と野良猫で別の係数が必要になるということは、人の場合でも同じように1.00倍ではない係数が必要になる場合があるという事である。83歳の女性は(人間なら80歳)だし、77歳の男性もまた(人間ならば80歳)である。






さて、ここで”人間”の寿命を見てみよう。
現在、人間の平均寿命は66歳である。




”人間なら80歳”

というのは実は、もの凄く大変な事なのだ。




一方で日本人女性の平均寿命は86歳。
日本人男性の平均寿命は80歳である。

つまり、「日本人男性96歳(人間なら80歳)」
あるいは「日本人女性104歳(人間なら80歳)」
ということである。




”人間なら80歳”

というのは実は、もの凄く大変な事なのだ。







日本人の平均寿命は83歳である。これは、人間の平均寿命よりも17歳も長い。そのせいで、”人間なら80歳”は私達日本人にとって少し遠い存在である。この”人間なら80歳”を、身近な物にしてみたいと思い、寿命が短くなる要素を幾つか探してみた。


独身男性の場合は寿命が12年短くなる。
本人が勤務医の場合は10年短くなる。
中卒の場合は17年短くなる。
喫煙者の場合は7年短くなる。
アルコール依存症の場合は25年短くなる。
年収132万円以下の場合は20年短くなる。




”人間なら80歳”
が、一気に身近な存在になったではないか!







「独身男性82歳(人間なら80歳)」


独身男性の皆様おめでとう!
胸を張っていい!

あなたはもう、
ほとんど人間だ!






「勤務医だった喫煙者の独身男性61歳(人間なら80歳)」

平均寿命80歳の日本人男性と、
平均寿命66歳の人間の間にするギャップを埋めようと、
複数の要素を重ねると、逆に人間を通り過ぎて、
人間が少しだけ遠い存在になってしまった。










「中卒の日本人80歳(人間なら80歳)」


勝った!
医師に勝った!
中卒が医師に勝った!
中卒の日本人が大勝利した瞬間である!!!!



人間である!
これはもう、完全に人間である!

強引な勝利の為に、性別表記が犠牲になったが、勝利に犠牲はつきものだ。細かい事を気にしてはいけない。中卒の日本人は、人間なのだ。いいですか、あなた方、このブログを読んでるあなたですよ、あなた、あなたの事です。そう、あなた、そしてあなた、そしてあなたもです。あなた方は人間じゃないです。人間じゃないんですよ。なんか別のもんなんです。たま駅長みたいな、人間ではない、人間とは違う、別の何かなんです。レッサーパンダの風太くんとか、ニホンザルのシャーロットちゃんとか、ゾウアザラシの丸子とか、そういう類いの人間ではない別の存在なのです。

人間ではないあなた方は、精々「日本人男性96歳(人間なら80歳)」あるいは「日本人女性104歳(人間なら80歳)」を目指して頑張ってください。年収が132万円以下(生活保護対象水準以下)で、一日6時間以上座っていて、友達が一人も居らず、週に3時間以上歩かない、中卒無職で独身男性の30歳のあなたは、人間なら80歳どころか、100歳をゆうに超えています。もう十分に生きました。それ以上長生きはせずに、胸を張って堂々と立派にはやく死んでください。それ以上一秒たりとも生きる必要はありません。なんてったって、あなたはもう既に、”人間なら80歳”をとっくに通り過ぎているのですから。

2015年6月28日日曜日

真夜中に少し目が覚めて

真夜中に少し目が覚めて、気になることが一杯あって、片っ端からメモ書きした後でさあこれで一安心と寝ようとしたら覚醒してしまって一向に眠れず、今日一日を3時間睡眠で過ごさなければならないのではないかという恐怖に襲われる。恐怖に打ち勝ったところで眠いものは眠い

2015年6月26日金曜日

あの人が真剣にブログを書いていた頃

あの人のブログを読んでいると、彼はもう真剣にブログを書いていないんだと言うことが見て取れる。もう彼はブログに対して情熱を持っていないし、もう彼はブログに寄りすがっていない。もはや彼の人生にはブログなど不要であり、それでも彼がブログを書いている演技を続けているのは、ちょうどタバコの一服のようなもの。薄い薄いアメリカンコーヒーを飲むのと同じくらいの真剣さで、あの人はブログを書いている。彼の人が真剣さを持っているのはブログではなく自らの人生に対してで有り、ブログに対してはもう何も無い。当たり前だ。ブログを書くことには何の見返りも無い。ブログを書いて得られるものはない。彼の人は人として真剣に生きて、様々な物を得ている。ブログなんて、吸い殻のようなもの。ペーパードリップの出涸らしのようなもの。それでも僕がこの人生の全ての情熱を注ぎ込んで今もなお懸命に書き続けているブログよりも、彼の人のブログの方が遙かに内容が有り面白いのは、彼の人が吸って捻り消されたタバコの吸い殻よりも僕の一生の方が価値が無いから。僕は薄っぺらい軽薄で無価値な人間で、そこから生まれる如何なる言葉も全てが無価値であるから。

書きたいブログを忘れてしまった

昨日もの凄く書きたいブログがあったんだ。それはとても素晴らしいブログで、僕がこれまで懸命に書き続けてきたくだらないブログとは一線を画す、読む物全てが幸せになるような神々しいブログだったんだ。だからこそ僕は書きたいと願ったし、明日目が覚めたらいの一番にインターネットを遮断して、そのブログを書こうと思っていたんだ。

ところが、忘れちゃったんだ。何を書きたかったのか、まったく思い出せないんだ。どんな類の話だったのかすら思い出せない。書こうとしていたブログごと、情熱も願いも全て綺麗さっぱり消えてしまった。どこにもない。見つからない。見当たらない。思い出せない。僅か10時間前に、本当にそんな自分が存在していたのかどうかも確信が持てない。僕は消えてしまったんだ。もう綺麗に消滅したんだ。素晴らしいブログを書こうという願いも、素晴らしいブログを夢見る自分自身も、素晴らしいブロガーになりたいという真っ新な夢も、全て失われ消えてしまったんだ。嘘じゃ無い。絶対に嘘じゃない。もの凄く書きたいブログがあったんだ。本当にあったんだ。僕は書きたかった。君に読んでもらいたかった。

いつも応援してくださっている皆様、関係者の皆様へ

死ね

2015年6月25日木曜日

未来とはなんであろうか。

時間を浪費する事にかけては誰よりもうまい。何かをしたかったはずだけれど、たとえばそれが何であったかを思い出せたとしても、動機は存在しない。肘は膝を貫いて床に落ち、常に眠い。目を見開いて表情を作り未来を探す。未来とはなんであろうか。

2015年6月20日土曜日

修正するべき点が多すぎる

修正するべき点が多すぎて、不安と緊張で目が覚めた。そのことから自分は向上心が高くて心が弱いという事がわかったが、そんなことくらい100億年前から知っている。あと、僕はバカだと思う。それも100億年前から知っている。

そんなに急がなくても幸せは逃げない。

そんなに急がなくても幸せは逃げない。そんなに慌てなくても幸せは逃げない。安心して。そんなものは無いんだから。ないんだから。

2015年6月13日土曜日

コピペして投稿ボタンを押せば投稿出来るエントリーはいっぱいあるけどそんなんじゃだめなんだよ!

俺は俺が思ってる事をブログに書きたいんや。キーボードを一生懸命叩けば文章なんて幾らでも出来るやろ。2時間もキーボード叩いてれば3000字から6000字くらいちょろちょろや。けれどもそれはちゃうやろ。キーボード叩いただけやろ。思ってる事ちゃうやろ。思ってる事を一生懸命キーボードを叩いて一生懸命ブログに書こうとしても、それはもうあれやん。キーボード叩いただけやん。ちゃうねん。それちゃうねん。俺は俺が思ってる事をな、ブログに書きたいねん。そしてそれは叶えへんねん。こんなん生きてる意味ないわ。俺はブロガーにはなられへん。なんもうまいこといかんわ

2015年6月11日木曜日

目を閉じて

目を閉じて自らの中に潜む憎しみを手探りで感じれば、そこにはまるで憎しみなどないようで、自分は素晴らしい人生を送っている充実した人間であるかのように錯覚する。目を開けてパソコンの電源を入れて、ウェブブラウザを立ち上げれば、憎悪を喚起する世界が広がる。インターネットがなくなれば僕は少し平和になるし、僕以外の全てがいなくなれば世界はもっとよくなる。けれども事実はその逆で、書きたい物を書けばいい。

2015年6月9日火曜日

え、yahoo pipes終わるの困る

どうしよう、今ランダムインターネットの95%くらいはpipes経由でやってるので、pipes終わるとインターネットがなくなる。代替サービスあるよみたいな記事も目に入ったけど、また高いスターティングコストを支払わないとだめだろうからインターネットが嫌になる。別にインターネットなくても困らないし、インターネットがなくなっても困らない。地球が爆発しても、宇宙が爆発してなくなっても別にいい。けどyahoo pipesは困るなぁ・・・

2015年6月5日金曜日

人生において乗り越えるべき壁なんて無い。

人生には乗り越えるべき壁があると言う人は、自分で壁を作っているだけだ。自分の為に一生懸命に壁を作り、またある時は他人の為にせっせと精を出して壁を作る。彼ら壁作りに精通した人達は、自らで精魂込めて作り上げた立派な壁を指さして、「ほら、乗り越えるべき壁だ!」と誇らしげに言うのである。人生には壁など無い。誰かが壁を作らぬ限り、強いては自分で壁を作らぬ限り、壁なんてない。世界には壁を作るのが大好きな人が大勢居て、道行く人に声をかけては、懇切丁寧に壁の作り方を教えてくれる。連中は見知らぬ誰かを壁職人に仕立て上げようと、そのチャンスを探し続けている。壁を作る事は彼らの誇りであり、壁を作ることは彼らの生き甲斐なのだ。しかし、壁など無い。本来人生には壁など無い。人生とは、乗り越える場所など存在しない、どこまでもなだらかに続く地平である。

そこを歩き続ける気力と体力さえあれば、どこにでも行ける。どこまでも行ける。人生に壁を作る人とは、それに飽きた人である。なんのの目印も無いなだらかで無限に続く広大な荒野を、歩き続ける事に飽きた人である。なんの障害物もない、どこまでも続くなだらかな地平を歩き続けるのは退屈である。歩き続けていると、飽きる。飽きる。退屈だ。つまらない。何かイベントが欲しい。目立つ物が欲しい。そうだ、壁を作ればいい。それが彼らの実体である。人生には乗り越えるべき壁があると主張する彼らの実体である。

そうして人は壁職人になる。人生に壁を作れば、その壁をどうにかすることで、自らを明確に成長させる事が出来る。歩みを止めて手を動かし、一生懸命に壁を作り、その壁を見上げてまず満足し、さらに乗り越えて満足する。そして言うのだ。成長したと。もちろんそれは幻想である。その成長は幻想である。自らで作り上げた壁を乗り越えて、後ろを振り返り、「俺は壁を乗り越えて成長した!」と気持ちよくなっているだけの事である。その実体は成長でもなんでもない。ただの自己満足である。

俺は壁を乗り越えた。人生における巨大な壁を乗り越えて成長した。俺は次のステージに進んだんだ、そう、壁を乗り越えて。思えば遠くへきたもんだ。幾つもの壁を乗り越えた。時には乗り越えるのが不可能に思えた壁に行き当たり、迂回したこともあった。そして壁の向こう側に到達したのだ。ある時は壁に穴を空けてその穴をくぐり、ある時は壁の根元を掘って倒壊させた。またある時は壁を押し倒してその上を土足で歩いた事もあった。俺はそうやって生きてきた。思えば遠くへ来た物だ。人生とは、壁を乗り越える事である。

そう思う為に、感慨にふけるために、気持ちよくなる為に、人は人生に壁を作るのである。壁の前で立ち止まる為に壁を作り、壁を見上げる為に壁を作り、壁を乗り越える為に壁を作り、壁を破壊するために壁を作る。時として壁を理由に引き返す為に壁を作り、ある時はただ歩くのに飽きたから壁を作る。壁作りを繰り返していると自ずから、人は壁作りが上手くなる。壁を作るのが上手くなるにつれ、壁作りはさらに気持ちよくなる。壁を作る事によって得られる快感の虜になるが、本人は壁作りの快楽に溺れているとは思わない。彼らなのは、壁職人は皆誰も、「壁作りが気持ちいい」とは思わない。「人生において乗り越えるべき壁を乗り越えて成長し続けながら前に進んでいるのだ」と思っているのである。

そうなるともう手が付けられない。自らの人生に作り上げた無数の壁を思い出し、その壁作りのノウハウを他人に伝授しはじめる。道行く人に片っ端から声をかけ、壁作りのノウハウを教え、時には他人の為に自らの手を使い労力を投入し、丁寧に壁を作り上げる。これまで自分の為に作ってきた壁作りの全てのノウハウを投入し、素晴らしい壁を作り上げる。そして得意気に、その壁を乗り越えるにはどうすればいいかなどと語り出すのである。もはやそれは人間ではない。もはやそれは壁職人である。

自らに向けてありとあらゆるタイプの壁を作り、自らに対してありとあらゆる娯楽を提供し続ける。どの壁も素晴らしく楽しい。様々な感情を高まらせる多種多様な壁である。壁を作ってはそれに触れ、壁を作ってはそれを壊し、壁を作って一度遠くまでしりぞいてそれを眺め、壁を作ってはそれを見上げ、壁を作ってはよじ登って遠くを見渡す。壁を作ってはその上に立ち、高さに足を震わせ、壁を作ってはハンマーで抜け穴を作る。壁を作っては得意気に迂回し、またある時は自らを納得させる為のアリバイ作りで壁を作る。

人生における最大のコンテンツとして壁を作り続けた結果、人は壁作りの達人となる。そして、一切の障害物も目標物も存在しない広大な地平を歩く事をやめて、毎日熱心に壁を作り、あるいは将来作るべき壁を研究し、時としてそれすらもやめて自らがこれまでに作り上げた壁の歴史を誇らしげに語り出す。人生は無限である。僕は壁職人にはならない。

2015年6月4日木曜日

安らぎ

どこかに平和があってその平和が蒸散して空から降ってきて訪れるのが平和であるとの妄想は捨てて、何人にも物を言わせぬ暴力によって手に入れるのが平和なのだ。安らぎが欲しければ拳を握ればいい

2015年6月2日火曜日

すると頭がいたくなって、

寝ないから頭が痛くなって、頭が痛いから眠れなくて、眠れないから眠る気なくして、寝ない。すると頭がいたくなって、

泳ぐのに情熱はいらない。

泳ぐのに必要なものは、水と筋肉である。水と筋肉があれば人は自ずから泳ぎ出す。そこには意志も情熱もいらない。僕はこんな人生に陥って尚、少しでも前に進みたい。米を炊く体力を失って豆腐をすすり、シャワーを浴びる気力を失って汗を摘まむ。ここにあるのは死体だ。腐っていないだけの死体だ。異臭...