2011年9月28日水曜日

夜が来たところで眠るだけ。

夜が来れば元気になる。そのくらいのことはわかっていて、日が昇る度に挫ける度に夜を待とうとしてはみるけど、夜は常に遠く彼方にあり、やっとのことで夜の方へ、夜の方へと懸命に躙り寄り、やっとの事で近づいた頃には、体力を失い、気力も失せ、自らの心さえも見失って暗闇の中で唯一生き残った欲望だけが「これで豪雨ならば」と不満を口にし高望み寝る。

2011年9月26日月曜日

雲の中

全ての物事から逃げようと試みる日々を過しても命有る身で逃げ切れず、酷く落ち込んだり、心を痛めたり、辛い思いをしたり、そういう事が稀にあり、その度に何かをしようという気になり、僅かに心が奮い立ち、少しの勇気が芽生え、夢や希望が蘇り、それら前向きな気持ちは全て、心労を力に変える構造の生き物である自らへの失望感と憎しみへと化け、虚脱感だけを残して全て去る。顔を上げてキーボードを叩く。雲の中を漂うようだ。

2011年9月25日日曜日

今日という一日は頭痛のおかげで幸せでした

あまりの頭痛に耐えかねて迷い込んだニコニコ生放送のゲーム実況であまりの頭痛に血迷って「頭が痛い」とタイピングしたら「諦めるな、あたまいたくらいで諦めるな」と言ってくれたので今日、僕は、幸せでした。そんな拠り所しかないこの人生はあわれで乾いた笑いを誘う。けれども僕は無惨にも、そんなことくらいで諦めないでおこうと思ってしまったのである。

2011年9月24日土曜日

自らを必ず受容される存在であると信じる糞ゴミインターネッター

インターネットをしていると不快以外の形容詞が思い浮かばないような性質の人間に粘着される事がよくある。連中に共通しているのはその存在が不快の極みであるにも関わらず、本人自身はインターネット上での自分を「必ず受容される存在」であると勝手に思い込み、同時に自らを「対象相手を許容する慈母」であると信じて疑わない点にある。それ故に本人は絶対的に正しい行為として、対象に延々と粘着し続けるのである。こういう糞以外の何者でもない人間はたとえば「迷惑だ」と直接書いても本人は自らが必ず受容される存在であるという大前提の上で自らを慈母であり聖者であると信じているので決して粘着をやめる事がない。このブログでも散々迷惑だから消え失せろといった事を書いたが当人は決して読む事すらせずに迷惑行為を続けるのである。たとえば5年以上の長きにわたり直接うざい、消えろ、死んでくれと書いても本人は「俺以外の誰かに言っているのだ」と信じて疑わず決して消えず粘着は延々続く。ブロガーになる以前からそういうゴミ以下の糞屑な連中に僕の人生は挫かれ続けてきたし、ブログを書き始めてからもそういう連中に粘着されては心の平安を乱され続けてきた。思い返すだけで胸くそ悪くて眠る気にもならないし、思い返す材料は尽きない。何故ならば連中は今も粘着し続けているであろうし、今後ともそれをやめないだろう。まあ今更どうこうなったところで平穏が戻ることはない。インターネットが悪いわけでもインターネットが不愉快なわけでもないが、そういう不快以外の何者でもない人間に一度でも粘着された限りこの胸くそ悪さが未来永劫消えることはない。

2011年9月21日水曜日

誰が悪いのか。

9時に横になる自分が悪いのか、10時に目が覚める自分が悪いのか、13時に座る自分が悪いのか。苦節4時間頭痛は去ったが何一つ良くなってはいない。明日はあるし、明後日もある。明明後日だって僕にはある。ずっと眠たい。だいたい眠たい。

2011年9月18日日曜日

日曜日。

遠くから親子喧嘩のどなり声が聞こえる。
ゆっくりと夜が明けて秋が去っていく。
夏がまた来る、日曜が来る。

2011年9月14日水曜日

失敗に終わった一昨日から

"おとつい"と読んでもらいたい「一昨日」を"いっさくじつ"と読まれてはしまわぬかと心配になる。歩くという字をも書き間違えてしまう、まるで筆盲の人間がIMEに振り回されて心か細さを募らせるのはなんとも滑稽である。それよりもさらに滑稽な、失敗に終わった一昨日を振り返りたい。

一昨日に僕が志したのは、1日インターネットをせずに居ようという事と、それにより生まれた時間を利用して積み重なった幾つかの事を片付けてしまおうというこという事であり、今更言うまでもなく双方共に失敗に終わった。起きて、PCの電源を入れずに座って、床に降りて、もう一度横になった。

「片付けてしまえること」など何一つ存在せず、「片付けようのないこと」だけがこの身の上に積み重なっていた。机の上を少し片付けようとか、隙を見て掃除機をかけようかなどと思いはした。思う所までは行ったものの、その類の「片付ける」と事前に考えていた「片付ける」との間には決して埋められない溝があり、そのあまりの差に僕の気高い一昨日は醜くしぼんで萎えてしまった。

そうして訪れた何時にも増して失意の濃い日はやり場の無さと動揺だけを我が身に残し、眠ろうにも眠れず、起きようにも起きれぬ長い長い延長された一日の末にやっと無理矢理眠ったはよいが即頭痛。頭が痛いで一日が過ぎ、頭痛が去った後のちょっとしたほんの小さな全能感だけが残った。つまり、何も残らなかった。

反省すべき点は有る。過ちも認識している。どうすべきだったかもわかっている。けれどもそれらは全て一昨日よりも前に起こった出来事であり、一昨日とそれに続く丸一日の失敗は、一昨日をもってして尚、上を向いて歩こうとしたわたくしの、健気というにはあまりにも愚かな心に対する報いである。

2011年9月13日火曜日

びっくりするくらい頭が痛い

頭痛とは無縁の人生を過して気楽に眠っていたらびっくりするくらいの頭痛が来てほんとびっくりする。なんなんだ。咎められることが多すぎて意識が右往左往するなかずっしりと居座る頭痛がありがた憎い。こんなに頭って痛いもんだったっけ。びっくりした、これどうしよう。

2011年9月7日水曜日

Greasemonkeyとfirefoxは死ね。死んでしまえ。

firefoxでリンクをホイールクリックしても新規タブが開かなくなった問題はGreasemonkeyを最新のバージョンにしたら治った。残ったのはTwitter検索によって引き起こされた不愉快さと、こんなくだらない事に時間を浪費してしまったというやるせなさだけ。autopagerizeは本当に必要なのかという所から突き詰めるべきなのかもしれない。インターネットが快適になったとしても、不愉快から快適な不愉快に変化するくらいのもので、そんなもの変化とは呼べないのではないか。

firefoxでリンクをホイールクリックしても新規タブが開かなくなった。

設定を一切いじっていないし、アドオンも一切入れていないのに、リンクを中クリックしても新規タブが開かない。突然である。適当にgoogleで検索してみると同じ症状の人自体は幾らかいたものの、「突然きかなくなりました」「あなたのマウスが悪いのでしょう(わたしは超上級者)」みたいなアホくさいフォーラムが引っかかるばかりでまるで解決せず。Twitterやらブログやらを色々と見て回るるも同様。そればかりかTwitter検索なんて使ったもんだから不愉快さがぶり返すばかりのインターネットに出会ってしまって翌日にまで響く始末。一刻ばかり眠ってfirefoxによって誘引された不愉快さに即起こされて、やはり不愉快だから眠れないのでこの時間を有効活用して中クリック直しておくかと思ったがやはり治らず。プロファイル初期化すれば何事もなかったかのようにリンクを中クリックすれば新規タブが開いてあったまりまくり。いい加減、こんなくだらない事に時間を取られるのにうんざりしてきたのでchromeに乗り換えてみたら、大昔にインストールしたchromeのブックマークを見て意気消沈。今ならmozilaを刺し殺したとて誰にも文句は言われまい。
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firefoxでリンクをホイールクリックしても新規タブが開かなくなった問題はGreasemonkeyを最新のバージョンにしたら治りました。

https://addons.mozilla.org/en-US/firefox/addon/greasemonkey/versions/
greasemonkey downloadページ

不愉快さで目が覚めて不愉快故に眠れない。

やっと眠れたと思ったら不愉快さに起こされて不愉快が故に二度と眠れない。胸くそ悪いにも程がある。ブログとか書いてる場合じゃないくらい眠たいんだからとりあえず今日は寝る。もちろん不愉快で眠れぬけれど眠たいというレベルを超えているのでとりあえず今日は寝る。

今日一日なにをしていたのか教えて欲しい。

今日一日なにをしていたのか教えて欲しい。そう問われてこんなに困る一日は滅多とないだろう。頭痛があったわけでもなく、内臓が痛かったわけでもなく、ゲームをしていたわけでもなく、かと言ってインターネットをしていたわけでもなく、また横になっていたわけでもない。9月6日はなんにもなしに失われてしまった。ほんとうに悲しい。自らを責める気持ちすらおきない。

2011年9月4日日曜日

けし

モルヒネモルヒネ

痛い痛い

道行く人を1000人殺して経験値を溜めて対頭痛スキルを解除すれば頭痛が治るとかならば1000人殺す為に今すぐここを飛び出して頑張るし台風をとめれば頭痛無効が手に入るならば台風潰しにいくしとにかくもうどうでもいいから頭が痛いこんなもんどうすればいいだ。助けてくれ助けてくれおまえには助かる資格がないとか言わないでくれ痛い痛いごめんなさい

なんでなんで頭痛い頭痛い

突然凄まじい頭痛で「なんでなんで」と凄い悲しみの中で飛び起きたけど、よくよく考えてみたらなんの不思議もなかった。でも痛い痛い

びっくりした。

31日くらいだろうと思ってたのにもう9月の4日だった。時間の感覚が全くない。

インターネットさえなければもっと上手にインターネット出来るのに。

前へ向こうへ少しでもと、近づかねば歩まねば努力をせねばと焦って自らを追い立てるも、その先にあるのはムカつくばかりのくだらない未来。近づきたくないものへと近づく事を自らに強いる理由と向き合うだけの器量もなく、インターネットの荒波に飲み込まれては漠然と時間を浪費する。インターネットさえなければもっと上手にインターネット出来るのに。「この人生は失敗だった」と呟く前に、全てにおいて憎い我が身の人生が失敗に終わった事を喜び笑える度量を持とう。そんな余裕は無い、そんな余裕は無い、腹ばかり減り常に眠りたい。