自らを必ず受容される存在であると信じる糞ゴミインターネッター

インターネットをしていると不快以外の形容詞が思い浮かばないような性質の人間に粘着される事がよくある。連中に共通しているのはその存在が不快の極みであるにも関わらず、本人自身はインターネット上での自分を「必ず受容される存在」であると勝手に思い込み、同時に自らを「対象相手を許容する慈母」であると信じて疑わない点にある。それ故に本人は絶対的に正しい行為として、対象に延々と粘着し続けるのである。こういう糞以外の何者でもない人間はたとえば「迷惑だ」と直接書いても本人は自らが必ず受容される存在であるという大前提の上で自らを慈母であり聖者であると信じているので決して粘着をやめる事がない。このブログでも散々迷惑だから消え失せろといった事を書いたが当人は決して読む事すらせずに迷惑行為を続けるのである。たとえば5年以上の長きにわたり直接うざい、消えろ、死んでくれと書いても本人は「俺以外の誰かに言っているのだ」と信じて疑わず決して消えず粘着は延々続く。ブロガーになる以前からそういうゴミ以下の糞屑な連中に僕の人生は挫かれ続けてきたし、ブログを書き始めてからもそういう連中に粘着されては心の平安を乱され続けてきた。思い返すだけで胸くそ悪くて眠る気にもならないし、思い返す材料は尽きない。何故ならば連中は今も粘着し続けているであろうし、今後ともそれをやめないだろう。まあ今更どうこうなったところで平穏が戻ることはない。インターネットが悪いわけでもインターネットが不愉快なわけでもないが、そういう不快以外の何者でもない人間に一度でも粘着された限りこの胸くそ悪さが未来永劫消えることはない。