2012年4月30日月曜日

ヒーリング

ゲームをしなければ癒されるというわけではない。
ブログを書かなければ癒されるということもない。
考えても、考えなくても、思わなくても、思っても、何も癒えない。

時間が全てを解決してくれるというのは、嘘だ。
それは、時間以外の何物かに癒された人達が流したデマだ。
僕達はデマを笑いながら、苦しくなるとでたらめに縋る。

もう一呼吸、奥に進めば。
何も悔やまなくていい。
何も恥じなくていい。
落ち込むことなんてない。
もう少しだけでたらめに。
もう少しだけ行動をよくして。

正しくは「dota allstars6.7系列は糞ゲー」ですよね。

どのdota allstarsが最もマシだったかはわからないけれど、僕にとってのそれが、今現在進行形のdota allstarsでない事だけは確かだ。今のdota allstarsの方向性は「carryは強い」という方向性。例外的にsaやspecが強かった頃はあったけれど、それは調整が未完了だっただけ。ただの事故でしかなかった。今のdota allstarsはそれらとは、はっきりと違う。方向性としてcarryが強くなった。

paのシャドウストライクはdaggerに変更されてlast hit力、マナ効率、追撃力、理論値全てが上昇し、blink strikeには3秒間の攻撃速度100%upが付いた。voidはultのcdが2/3になった。drはultがcreepを一撃で死亡させるスキルから、agi上昇に変更され、それだけでも強かったのにさらにagi値の上昇率が上げられた。amは装備不可能だったmantaとBKBが装備可能になり、逃走用スキルに過ぎなかったマナシールドも超強化された。trollはslowとblind、ダメージスキル2つを手に入れた上に移動速度が上方調整され、ultの効果対象が自身のみからmap全域全ての味方に超強化。ursaはbfを持たせない為と、melee対象auraが乗らないようにする為に超短射程range heroだったのが、meleeにされてvladmirが鉄板になった。medusaはnukeとultがリメイクで強化され、それらが調整された後はステータスとマルチショットが強化された。bfはultがwarcraft3由来の純正デスパクト(味方を食べて体力回復するだけ)から、lv6で最強tankであるはずのcwよりもhpが高い上に5000gold相当の攻撃力という異常な強化が入った。bhのultはただの視界と自身への賞金から、チームボーナスと加速buff、しかもcdが5secという超強化が入った上に、jinadaも変更により脆くはなったがこれも強化。sniperはslowを手に入れ、bmのネットは視界を得られるようになった上に体力回復が大幅強化。soul keeperは移動しながら相手の体力を吸えるという超強化が入り「これ以上強くなる事はあるまい」と思っていたたらさらにlate強化のリメイクが入った。naixはultのマナコストが改善され味方に寄生出来るようになった上にダメージまで付いた。dagger heroだったhuskerはultが疑似blinkになりdaggerが不用になり、バーサーカーブラッドのスタック上限が7から14に超強化を超越した倍強化が入った。lycanはultが速度upから速度上限固定した上でのslow無効になり一部のヒーローがメタ死した。dbはクリープを食べてスキルと巨大なボーナスゴールドを得られるようになったせいで異常なaura持ちの万能ヒーローに化けた。ckはスタン時間が上方修正された上でブリンクストライクがただのblink strikeから位置操作に大幅強化された。skelもスタンに上方修正が入り、ultのcdが大幅に強化された。件のSBはチャージに詠唱が無くなり、段差や木をすり抜けるようになり、相手側からは(近づかれるまで)視認不可能になり、さらに相手の視界を得るようになった。

後半殴れるヒーローはほぼ全て、大幅に強化された。

その調整が楽しさに繋がるならばいい。けれども、はっきり言ってつまらない。インターネットで「dota allstarsはlolと違ってlateを如何に太らせるかというゲーム」みたいなLoLユーザーの発言を見て一瞬「イラッ」と来たのだけれど、よくよく考えてみれば今のdota alltarsはそういう側面が強くなったゲーム。少なくとも以前のdota allstarsはlateなんてどうって事ないとまでは言わないまでも、そういうゲームでは無かった。

こういう殴れるヒーローの全面強化の結果として生じたのが、ベビーシッターの復活。ベビーシッターという概念をLGD.sgtyが完全に過去のものとした事で、5対5のdota allstarsが復活したのに、「後半強いヒーローをさらに強くする」というdota allstars本体側の調整により、再びベビーシッターというおままごとプレイをプレイヤーに強いる糞以外の何物でもない概念が完全に蘇ってしまった。さらにバッシャーが大幅強化され、meleeなら誰でも持てるアイテムになったかと思えば、その上更に「安いアイテムは高性能だけれど将来性が無い」というdota allstarsという"アイテムスロットゲー"の概念自体を覆すバッシャーの上位アイテム追加。これが糞じゃなくて何、という完膚無きまでのlate寄りバランスになった。dota alltarsが納得のいく糞ゲーであった事は未だかつて無いとはいえ、今のdota allstarsの調整は方向性自体が納得いかない。まったく好かない。




で、そういった方向性の1構成要素に過ぎないSBを指して「SBが強いからdota2は糞ゲー」とか宣ってる人を見ると本当に気分が悪くなる。それはdota2の問題ではなく、dota allstarsの問題。そんなに得意気に叩きたいならdota2とか関係無しにdota allstarsを叩いてろよ。それも今年の今ではなく、SBが強化された時に叩いてろよ。他人が楽しんでるものをtwitterで上から目線で正しく糞ゲーと言える俺様はこんなにも偉いって、そういうのもういいから。

「dota2は糞ゲー。」

言葉を挟む気にもなれないインターネットの一例。

似たような話に。「dotaなんてWarCraft3で勝てない人がやるゲーム」というのもある。それ何時の話、としか言いようがない。tftでかなり遊べるゲームに仕上がったWarCraft3と当時のdota allstarsでは、話にならないくらいにゲームとしての出来映えに差があった。dota allstarsが「曲がりなりにも遊べるゲーム」に変化して行ったのは、僕の記憶が確かならばバージョン3系列の後半。そこからpudgeが現在のpudgeになったりして、おおよそ「今のdota allstars」の原型が出来ていった。彼らがいう「dota allstars」というものと、現在のdota allstarsは、ファイナルファンタジーとff7くらい違う。そもそも作ってる人が違うし、ゲーム内容も違うし、バランスも違う。同じのはタイトルだけで、全くの別ゲー。「dotaなんてwarcraft3で勝てない云々」というくだらない与太話は、WarCraft3がマッチングが3分とか5分とか、完全に終わってた頃に盛り上がったのがdota allstarsだという基本的な事も無視している。WarCraft3から勝てる人も勝てない人も居なくなって、完全に過疎りきった頃になってやっと「まともなゲーム」になったのがdota allstarsであり、WarCraft3とdota allstarsは、時期的に全く被ってない。eraが違う。

2012年4月29日日曜日

内側指向

見てはいけないものを見ることで、誰かの仲間になろうとする。聞いてはいけないことを聞くことで、誰かの仲間になれると思う。インターネットで秘密を探す。情報が漏れ出る瞬間を探す。漏れ出た情報を見聞きすれば、インサイダーとして仲間に入れてもらえるのだと、思い込んでいる。インターネットで、ツイッターで、ピクシブで、フェイスブックで、ニコ生で、今日も情報が探される。見てはいけないものと、聞いてはいけないものだけが求められる。誰も見た事のないものを手にとって、「これはひょっとして、見てはいけない物だったのでは」と期待に頬を弛ませる。そういう人達で満ちている。けれども彼らが得られる仲間は、当初の目当ての誰かではなく、ただ同類の人達だけだ。情報という宗教、情報という信仰、リテラシーという錦の御旗。彼らは得意気に鼻を膨らませるが、その実お仲間と馴れ合うだけだ。

モーニングコール。

ブログの投稿画面の上下に並んだ「ゲームばかりしていたらだめだよと架空の人物(自分)に言われた」という文章と「ゲームばかりしていたらだめだよと自分(架空の人物)に言われた」という文章を見比べて、どちらも少し違う気がして、頬杖ついて低く唸る。些細な心の浮き沈みすら、もうこの十指は書いてはくれない。どんな一語にもケチつけて、朝夕構わず逃げ回る。それを眺めてもう僕は、なんだかよくわからないし、酷く眠たいし、内臓の調子はよくないし、ゲームばかりしていたし。日本語が全く書けなくなるくらい、ゲームばかりして、何一つ恥じるべき事の無い人生の中で唯一それをとても後ろめたく思い、仕方なく、久しぶりにネットサーフィンをした。得られたものは何も無かった。望む何かが見つからなかったからといって、インターネットを罵るのはやめよう。見つかる物だけを欲して望もう。手に入るものだけを夢見よう。

リカバリー能力のなさには本当、笑う。

1分ゲームしたらなんかずっとゲームしてる。

スクリーンショットを撮る為、という大義名分でWarCraft3を立ち上げたら、なんか知らないけれど、ずっとゲームしてる

2012年4月27日金曜日

で、君は何をしたいの?

インストールして、ゲームして、アンインストールして、Shift+deleteして、ダウンロードして、インストールして、ゲームして、アンインストールして、Shift+deleteして、ダウンロードして、インストールして、アンインストールして、Shift+deleteして、ダウンロードして、Shift+deleteして、ダウンロードして、インストールして、ゲームして、アンインストールして、Shift+deleteして、何がしたいの?ねえ、何がしたいの?

2012年4月24日火曜日

おはようございます。

悲鳴のように絞り出された今日の"おはようございます"もまた、目に見えて飛び交う小さな部屋埃に当たって無惨に散って、部屋中に染み渡ってゆく。音も香りも無い部屋を粘り気がとぐろを巻いて飛び回る。不自然なホームポジションでキーボードに指を乗せたまま、身動きが取れない。梅雨を台無しにする夏だけがひたひたと迫る。眠たさにやる気を無くした瞼が土下座をしながら勝手に言う。おはようございます。そんな独り善がりなつぶやきに、応える僕はどこにも居ない。見殺しにした心苦しさから、声にならない小さな吐息でそれを真似ておはようと言う。やはり誰も居ない。

2012年4月23日月曜日

いいから、おまえは寝てろ。

大きく息を吸い込んで、無理矢理に捏造した勇敢な気持ちで、やっとの事で横になったのに、30分で目が覚めた。「がっかりやね。ほんんまがっかりや。」という罵倒がコズミックから聞こえてくる。宇宙はおそらく関西にある。

ついさっき目が覚めたばかりなのに眠たい。憤りを感じるが、その憤りは筋違いだ。30分で目が覚める自分が悪い。おまえに非がある。こうしてまた責められる。がっかりだ。本当にがっかりだ。もう日本語も繋げない。なにも繋げない。繋がらない。たどたどしく左右非対称に泳ぎながら顔を上げてはチェイン、チェインと叫ぶばかりで、見る物全てが溺れて沈んでゆく。もう何一つ、二度と浮かんでは来やしない。真っ白に静まりかえった暗い水面に「俺にはまだやり残した事があるんだ」と水を飲みながら叫ぶ声が、ぽつり一つだけぬるい速度で水の底から浮かび上がってくる。いいから、いいからおまえは寝てろ。

ゆとり世代のハードワーカー。

自分のブログのエントリーがはちま寄稿にパクられている事に気がついた男は頭に血が上り脊髄反射で「俺のブログがはちま起稿にパクられた」というエントリーを自らのブログに投稿した。追って、「はちま起稿がパクりやがった・・・」と同意を求めると、「ああ、あれ、私が書きました。ここにも、向こうにも。何か、まずかったですか?」と身も蓋もない返事が返ってきてしまったので、男は慌てて自らが書いたエントリーを削除した。

2秒前の誰か。

2秒前に書こうとしていた事を、もう完全に忘れてしまった。こんなに愉快な事は無いよ。2秒前に思っていたのに、もう完全に忘れてしまった。心の隅にも残っていない。こんなに愉快な事は無いよ。2秒前にはあったのに、綺麗にどこかへ消えてしまった。もう完全に消えてしまった。こんなに愉快な事はないよ。それを思い出すまでは、こんなに愉快な事は無いよ。

狭間で。

なんでも自由に書いてもいいよ、ってそんな簡単に書けないよ。
自らに向き合う事が苦手だからさ。おそろしいのさ。
「こんな夜明けに目が覚めて、いったいどうすればいいんだろう」
なんて絶望の書き出しで、何か書くだなんて無理なんだ。
もうその一行で全ては終わっている。
夜明けに目が覚めたという現実と、それに対する戸惑い。
それで全て。反省とか、後悔とか、そんなものすら無い。
時計を見れば月曜日。勝利を求めて心は泳ぐ。眠たい。寝よう。また寝よう。

2012年4月20日金曜日

旅の効能。

旅行を馬鹿にする空気、というものが確かにあった。高嶺の花だったものが庶民の手に落ちてきた。日常から逃亡したい人達の恰好のターゲットになった。そういう人達を指差して、旅などに出ても人は変わらない、旅などに出ても人間は成長しないという事を指摘する正しさというものがあった。けれども、旅は人を成長させる。リカバリー能力を成長させる。旅というものは、人間から日常を無理矢理に切り取ってしまう行為に他ならない。2日であれば2日だけ、3日であれば3日だけの日々が失われ、決して戻らない。旅というものは、失われた日々から立ち直る力を、人間に授ける。日常生活のアクシデントや、自らの失敗により、まとまった時間が失われてしまう事が有る。そのような時に、旅を知らない人間は、時間の浪費に失望し、自らを非難し、傷つき、落ち込み、堕落し、何らかのアクシデントで失った、時間以上の大きな物を、芋づる式に失ってしまう。旅を知る人は、「ああ、これは失敗に終わった小旅行のようなものだ」と、何事もなく日常生活を続ける事が出来る。果たして、僕は旅を知らない。

2012年4月18日水曜日

dota allstars雑記。

スクリーンショットを撮るという名目でdota allstarsインストールしたら、3日くらいろくに眠らずに遊びきってしまった。体調も意識もカラコロと谷底に転がり落ちて自分にがっかり。赤パンダはまだまだ強い。性能的にビルドに自由が無いという免罪符こそあれ、凄いしんどい。キーバインドとか操作とかdota2仕様になってしまってるから間違えまくったけれど、まだdota allstarsの方が何故か動かせる。ユーザーインターフェースに差が有りすぎるというのもあるし、相手が弱いってのもあるけれど。

2012年4月16日月曜日

罵られるに値する人。

あれは罵られるに値する人である。
だから私は罵るのだ。
ただ罵るわけではない。
丁寧な言葉で、失礼の無いよう、オブラートに包んで罵るのだ。



あれは笑われるに値する人である。
だから私は笑うのだ。
ただ笑うわけではない。
面白おかしく囃し立てて、より笑えるよう仕立て上げるのだ。



あれは馬鹿にされるに値する人である。
だから、私は馬鹿にするのだ。
ただ馬鹿にするわけではない。
その愚かさをつまみ引っ張り、雲丹の形の飾りパンのよう、より奇妙にして馬鹿にするのだ。




あれは、罵られるに値する人だ。
あれは、笑われるに値する人だ。
あれは、馬鹿にされるに値する人だ。
あれは、晒されるに値する人だ。

それでは、と私は問うた。





あなたは、罵るに値する人なんですか?

いいえ、違うんです。私は罵るに値する人では無いんです。けれども、ですよ。あれは、罵られるに値する人なんですよ。私が罵らなくても、どうせ、いずれは、誰かが罵るんです。もしも、あいつをですよ、誰も罵らなければ、*本来ならば罵られる人*が、罵られる事なく、世にはびこるんです。*馬鹿にされて然る可き人が*、馬鹿にされることなく、世にはびこるんです。*笑われるべき馬鹿が*、世にはびこるんです。私は、ただ、使命感から、あいつを、罵っているんです。私はこの世に正義を取り戻す為に、晒し、あざ笑い、取り巻き含めて、小馬鹿にしているんです。そうしないと、この世界は、駄目になってしまう。はんかくさんはまだ幼いからわからないだろうけれど、世の中ねえ、罵るに値する人なんて、いないんですよ。それでも、罵られるに値する人は居る。だから、そうしているだけの事なんです。当たり前のことを、当たり前に行っているだけなんです。これは、チャンスなんですよ。罵るチャンス。馬鹿にするチャンス。笑うチャンス。私にはわかりますよ。あなたみたいな引きこもりという人種は、人生のチャンスを全て逃してきたんでしょう。だから引きこもりなんでしょう。全てのチャンスをみすみす逃してきたからそんななんでしょう。いいですか、改める事ですね。馬鹿にするチャンスを見つけたら、即馬鹿にする。罵るチャンスを見つけたら、即罵る。それが正しい生き方ですよ。人として正しいあり方ですよ。かくして僕は丁寧な言葉で罵られ、助言の体で馬鹿にされ、暗黙の内に笑われた。





誰かを罵る声が聞こえる。
誰かを馬鹿にして賢さを得ている。
誰かを笑って手を叩っている。
素敵な場所で。

やさしい言葉

頭痛い。やばい。いつ以来だろう。季節の変わり目に体調を崩すのは毎度の事なので新鮮味は無いけれど、痛いものは痛い。くそっ、くびから上いらん。くそっ、、、くそぅ。やさしい言葉の一つでもあれば少しは痛みが和らぐかもと心の中を探し回るが飛び出て来るのは罵詈雑言。

なんとなくこの人知ってるんだけれど。

インターネットサルベージに引っかかったブログのエントリーを読んでいて、「なんとなくこの人知ってるような気がするのだけれど、誰なんだろう」と思って過去ログ読んでたら、以前に過去ログを全部読んだブログの人だったことに気がついたのだけれど、それなりに面白いブログなせいで、どうせならと読んでたら9時間ほど潰れた。インターネットの広大な過去ログはねずみ算式に膨れあがっていく。おぼれそうだー。

殺しのライセンス

アメリカとソビエト以外の多くの国が殺人を法律で禁止する中、我が国では、殺人免許証が発行され続けていた。しかし、それも昔の話である。幾つかの怪訝な殺人が明らかになり、免許証の発行基準が疑われだした。そうなると、世間はあっという間である。マスコミは殺人免許証の問題点を、おどろおどろしいBGMの中で放送し、学者は殺人免許証の後進性を高いながらも笑顔の声で身振り手振りして語り始めた。新聞は40年も遡って殺人免許証が引き起こした幾つかの不幸せを白日の下へとほじくり出し、BBCのみならずアルジャジーラまでがそれに便乗して取材班とは名ばかりの内政干渉専門の斥候を送り込んできた。殺人産業はこれまで通り、広告費を懸命に散蒔いたが、おりしも若者の殺人離れと原油高、リーマンショックとの三重苦で、かつてのような洗脳統制はもうとてもではなく、行えなかった。国は、揺れた。そして遂に、万系一世、不敗不滅の皇国に遂に、お言葉がもたらされた。十分に配慮すべし。その一言を受けて、殺人免許証に関する法律が全て改正された。免許取得の規準は完全に改められた。女は脳に根本的な欠陥があるとされ、殺人免許証の取得が完全に禁止された。タダ同然であった交付費用は、帝国大学の初任給を上回る金額に引き上げられた。我が国の先進的な科学の粋を結集させて制定された新たな法と、それに従う高給取りの免許官らは、整然と的確に平等をもって殺人免許証を人々に交付し、新たな法が施行されてから一年間で、5000人が適切に殺害された。

2012年4月15日日曜日

ohlife雑記。

孤絶した環境で簡単に日記が書ける、というところまではいいんだけれど、気分で走り書きしたくなってさっと書いてSAVEボタン押した際に「アーレディトゥデイエントリー」みたいなのが赤字で出るとストレスフル。1日に1つしかセーブ出来ないとか、どれだけインターフェースや使い勝手が良くても無理、やっぱり無理。かと言ってhowmで書いてると300字くらい書いたあたりで気が散って他の事を書き始めてしまう。なので、どうしても孤絶した走り書き環境が欲しくてローカル日記系のアプリ漁ってみたけれど、ろくなものが無い。ohlifeとhowmが規準になってしまうので、それ以上のものでないと使う気にならない。こまった、と探していたらエヴァーノートというのが自分のパソコンにインストールされていた。これを走り書き環境として利用しようと思い立ち、グッドアイデアだなとテンションあがって操作方法メモったり調べたりしていたら、tomblooに対応していたので邪心が芽生え、ブックマーク環境として使ってみようと思ってしまった。僕は絶望的なまでにブックマークが出来ない人間で、ほとんど全てのウェブサイトにgoogleを使ってアクセスしているような人間なので、これで解決するかも、と思っていたらエヴァーノートってソースURLで検索出来ないのか。終わった。このどこが自分をgoogle化する夢のツールなんだよ。終わってんじゃん。あ、普通にtombloo+deliciousを気合い入れて再開すればいいのか、解決。いや、探していたのは走り書き環境であって、ブックマーク環境ではなかった……どうする。

今日もまた駄目だった。

今日もまた駄目だった。
カルタゴを滅ぼせなかった。
誰も救えなかった。
空を飛べなかった。
何も愛せなかった。
夢を見つけられなかった。
世界を変えられなかった。
今日もまた駄目だった。
宇宙を滅ぼせなかった。
また駄目だった。
僕は駄目な男だ。
折り重なった男だ。

2012年4月14日土曜日

晴れやか。

何を望んでいるのか。
何を夢見ているのか。
もう随分と分からない。




何かを望んでいたことは確かだし、何かを夢見ていたことも確かだ。それらが失われたという実感から、何も望んでいないし、何も夢見ていないのだと、自らを洗脳することも、あるいは可能かもしれない。強い信念さえあれば、成し遂げられるかもしれない。けれども、それでも僕は何かを望んでいるし、何かを夢見ている。それらの夢と希望は、僕の意志とは反するものだ。水と油。そんなもの、望んでいないのにそんなものを望み、そんなもの、夢見ていないのにそんなものを夢見る。何かが僕を洗脳し、何かが僕を誤らせ、何かが僕を動かしている。宇宙の意志か、八チャンネルのマスゴミか、姿の見えぬ暗黒卿か。

夢を信じろと夢は言う。夢を諦めるなと夢は言う。理由は簡単だ。保身のためだ。夢は自らを守る為、夢であり続ける為にそのような主張を繰り返す。俺を守れ、俺を愛せ、俺を一生追い続けろ。おまえの人生を俺に捧げろ。努力は夢を裏切らないが、夢は人を裏切る。世界がうらやむ先進国の、水と平和が無料の国で、介護福祉士になるという、得体の知れない夢を追う、みすぼらしい後進国の年老いた若い女が、がっくりと肩を落とす外国女のすぐ横で、涙を流して喜んでいた。夢が叶ったのだという。介護福祉士になれたのだという。これが私の夢だという。

夢はどこへ行ってしまったのか。希望はいつ失われたのか。夢も希望も無い国の、夢も希望も無い若者から、不逞の輩の外国人が、夢や希望を奪い去る。それを見てなんと言うべきなのか。おじょうさん、そんなものは、夢でも、希望でも、ありゃあしませんよ。おじょうさんは、わるいやつらに、都合良く利用されているだけなんです。だまされちゃあいけません。そんなものは、夢でも、希望でも、ありゃあしませんよ。居るんだよ。そういう人が。自らの価値基準を押しつけようと、上から目線で冷やかす人が。

行かねばならぬ、急がねばならぬ、そうやって自分に追い立てられても、地球は小さく、地球は丸い。三歩歩けば同じ場所。目が覚めて僅か40分で、ぼんやりと眠たさが降りてくる。環境が悪い。ここは向いてない。起きるべき街はここではない。起きるべき国はここではない。目覚めるべきは他の星だ。俺には相応しい場所がある。活躍出来る場所がある。赤城、加賀、比叡、霧島、蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴。6隻の航空母艦と2隻の戦艦、4隻の巡洋艦と13艘の駆逐艦を率いて太平洋を東進する南雲忠一に下された指令は、新高山を登れであった。南雲は駆逐艦秋雲に乗り換え、基隆で降りて列車に乗って、南にある高い山を目指した。首席で降りた海軍学校の兵法も、皇国を守る機動部隊も、登山の役には立たなかった。南雲はそれでも懸命に登り、消耗し疲れ果てた新高山の山頂で、希望は失われ夢は破れた。

2012年4月13日金曜日

額から血を流して倒れていた。

目が覚めると、額から血を流して倒れていた。死んだか。殺されたか。よくない事態が頭をよぎり、生きている事だけが確認された。なぜ、血が流れたのか。酸素を運ぶと血液は言う。どうしてですかと尋ねると、必要とされているからですと、定型文が返される。僕以外にもこの星に誰か、酸素を必要とする人が居る。その事実を知り、旅立ったのだ。脳と肉体と精神がのうのうとまぬけに眠る中、血液は1人立ち上がり、額を突き破り誰かを目指した。夢と慈愛に満ちたその救済の遠い旅路は、志半ばで頓挫したか、あるいは向こうで拒まれたのか。

400ゲームした中で一番面白かったの。

62_62line

回りが見えていないfeederを担当し、60-60で逆転勝ちしました。

TOEIC950点のクックパッド株式会社の山下さんが、僕だけにこっそり教えてくれた、願いが叶う秘密の勉強法。

山下大介の第一印象は"能無し"であった。取り柄が無く、向上心が無く、そしてまた意志も無い。どの業界のどんな場所にも、一定の割合で何かの間違いとして紛れ込んでくる厄介者こそが山下であり、我が国の生産性がギリシャよりも、フィリピンよりも、ブルキナファソよりも低い理由を体現する存在であった。山下のような人間を、我が国の労働市場から排除し、僻地に隔離し、幽閉する事が叶えば、我が国の経済は活力を取り戻し、世を覆う閉塞感は一掃され、人々に笑顔が戻り、人災と天災を乗り越え、日出ずる国は再び日出ずる国として世界の大国となるであろう。その栄光への架け橋を妨げているのが山下であった。

一度、山下を問い糾した事がある。おまえは、なぜそのように無能なのか。ろくに仕事も出来ず、いたずらに人の足を引っ張り、へらへらと笑ってばかり居る。それでいて上司に取り入り、ご機嫌を伺い、おべんちゃらを言い、ただそれだけの行為によって禄を食んでいる。おまえには、向上心というものが無いのか。恥という概念が無いのか。いや、単直に言おう。辞めたらどうなんだ。おまえのような能無しは、我が社には必要無い。

すると山下は奇妙な話を始めた。僕の見立てによると、山下は完全に頭がいかれていた。信長が本能寺で討たれるよりも少し前、シチリアにピエトロという名の王が居た。ピエトロは東ローマの皇帝と通じ、帝国の版図を回復していった。ピエトロは現代の地図ならば6ヶ国にも跨る広大な土地を治め、大王を名乗った。大王に立ちはだかったのが、末弟のジャコモという男だった。ジャコモは能無しであった。大王と同じ血を持ちながら、大王とは対象的な人物であった。取り柄が無く、向上心が無く、そしてまた意志も無い、暗愚を体現する人だった。優れた人物を次から次へと歴史の舞台に送り出す、どんな家柄のどんな名家にも、一定の割合で何かの間違いとして生まれてくる厄介者。それが、ジャコモであった。ジャコモは能力主義の世界であればピエトロの手に渡るべきであった小さな領土を継承し、王として君臨し、領民に重税を課して搾り取り、そうして得た資金を全て、錬金術に費やした。ジャコモは錬金術で、望む物全てを手に入れた。錬金術で作りだした巨躯の従順な衛兵に錬金術で造りだした石をも砕く剣を持たせ、錬金術で作りだした不死身の馬に乗せ、錬金術で築き上げた黄金の巨城を守らせた。城の上には錬金術で生み出された太陽が一年中煌々と輝き領土を照らし、夜になれば錬金術で造りだされた暗闇がその日光を遮った。畑の表土が乾いて土に亀裂が入るや否や、上空に黒雲が巻き起こり、大地を雨で潤した。それら全ての奇跡を巻き起こしたのが、リュルという男だった。

リュルという人物は、何の取り柄もない男であった。その歳になるまで一度として定職についた事がなく、馬にも乗れず、星図も読めず、武器も持てず、楽器も出来ず、算術も解らず、また、畑を耕した事もなく、学問を修めた経験も無かった。しかし、リュルには1つの才能があった。虚言の才能である。リュルは天性の虚言家であった。神より賜ったその才能により、リュルはタダ飯を喰らい、雨露を凌ぎ、白いベッドで眠り、煌びやかな服を纏い、左後ろ足に黒い斑点のある真っ白な白い白馬を引いて、王国へと辿り着き、ジャコモの前に現れた。錬金術士を名乗る男は、錬金術で生み出した真っ白な馬を献上すると、その4日後には宰相の地位に付いた。次の日の午後には予定の通り、錬金術で創り出された黄金の太陽が城の真上に輝くはずであった。しかし、太陽が輝くより前に、1通の知らせが舞い込んだ。大王挙兵の知らせである。

ジャコモは狼狽し、宰相を頼った。宰相は錬金術の困難さについて語り始めた。錬金術とは、一朝一夕になるものではない。2000人の巨躯で従順な衛兵を錬金術で創り出し、錬金術の一角獣に乗せ、錬金術の白銀の槍を持たせれば、大王の軍を打ち破り、ピエトロの首級もあげられるだろう。「けれども・・・」と、リュルは言葉を続けた。それだけの兵を錬金術で生み出す為には、膨大な時間が必要だと説いた。その言葉を聞いて、王ジャコモはさらに狼狽した。一代にして広大な版図を築き上げた偉大な兄には、教皇の支持があり、皇帝の支援があった。ボヘミアは大王に武器を送り、ヴェネチアは大王に船を送った。王に時間の余裕は無かった。大王の軍は北風よりも速く進軍し、立ちはだかる無数の王公を討ち取り、あるいは併呑し、十万にまで膨れあがり、ジャコモの領土へと迫っていた。

王の死は、確実だった。大王に捕らえられ、晒され、領民を痛めつけ大王に刃向かった悪人として、首を刎ねられる。それは、不可避だった。王は自らの死を悟った。自らの死に際し、王は全てを諦めた。まずはじめに、その日の午後の日暮れ時に、頭上に輝くはずだった黄金の太陽を諦めた。かつて欲した太陽を諦め、ただ自らの命だけを望んだ。大王が時間の浪費を恐れて歴史に名を残したのと同じ強さで、王は死を恐れて夢を捨てた。太陽を、雨雲を、漆黒の闇を、リュルが錬金術で成し遂げるはずであった全てを諦めた。それはもはや諦めなどという話ではなく、投棄であった。全力の投棄であった。死の恐怖で取り乱した王は、手当たり次第に投げられるものを投げ捨てはじめた。巨躯の従順な衛兵が投げ捨てられ大理石の柱に頭をぶつけて不明な言葉を発しながら、子羊の頭蓋骨と、ひよこ豆の胚乳と、ピレネーの熊の干した腎臓で撚られた縄とに分かれて落ちた。向こう側が透けて見える半透明の空飛ぶ一角獣は首根っこを掴まれて、傷のない一枚のエメラルドで造られた窓硝子を突き破って落ち、つい先ほどまでは丸々と太った子豚であった、腹を空かせた野犬に喰われた。黄金の城の黄金の城壁を支える二抱えはあろうかというダイアモンドの基礎石も無価なく捨てられ、空腹に喘ぐ領民が手を泥だらけにしてかき集めた細長い陸生の巻き貝の抜け殻と鶏糞を混ぜ合わせた悪臭を放つ泥へと戻ってしまった。王の願いは、命であった。ただ自らの、生存であった。全てを諦め、宰相に縋った。王が頼れるものは、世界最高の錬金術士である、宰相だけだった。そして宰相が頼れるものは、自らの才能だけだった。

その晩、宰相は神を見た。十字架にかけられたイエスキリストの姿を見た。リュルはきらびやかな服に着替え、なめし革の包みを持ち、真っ白な馬を外木に繋ぎ、夜が明けるよりも早く、王に会った。リュルは言った。王よ、私は神を見た。死の恐怖で狼狽えた王の戸惑う瞳に、一筋の光が宿った。神が王国を救うために降臨なされたのだと思ったのである。しかし、神は無情であった。

神はリュルに仕事を課して、王から宰相を奪ってしまった。アラビアに渡り、サラセン人に神を説き、福音宣教を行えと、神は宰相に命じたのである。かくしてリュルは僅か5日にして宰相を辞し、王の元を去った。狼狽した王はリュルにしがみついた。宰相よ、おまえだけが頼りなのだ。おまえなくしては大王に勝てぬ。我が王国は、滅びてしまう。鼻水に涙を混ぜながらしがみつく王に、リュルは錬金術の秘法を授けた。それは、リュルが270年もの時間をかけて編み出した、錬金術の究極の秘法であった。リュルはその秘法の力によって、永遠の命を得たのである。王よ、この秘法さえあれば、大王の軍など恐るに足らぬ。私とて、この秘法を他人に教えるつもりなど無かった。誰にも教える事なく、自らの為に秘法を用い、王の元で働き、王に奉仕し続けるつもりだった。しかし、神は言う。アラビアに渡れと言う。サラセン人に説けと言う。宣教を行えと言う。王への忠誠を持ってしても、神には抗えぬ。故に、私は行く。王の元を去る。ただし、秘法を残す。私の全てを残すのだ。王よ、大王を恐れるなかれ。

そう言って、リュルは王に秘法を授けた。リュルの錬金術で導き出された真理によると、人が目を覚ましてからの700秒の間に、たったの1秒だけ、全ての願いが叶う瞬間がある。その1秒を逃さずに、願いを念じる事が出来れば、全ての物事が叶うのだ。決して口に出さず、紙にも書かず、ただ念じれば、全ての願いが叶うのだと、確かな足踏みの小さな声で、淡々と王の耳元で語った。700秒の1秒は、朝に目が覚めたときだけではなく、昼寝の後にも、夜中に目を覚ました時も、必ず訪れる。誰にでも訪れる。リュルはそう言って地中海を渡り、アンナバで石を投げられて死んだ。王は落ち着きを取り戻した。錬金術の秘法があれば、大王の軍にも勝つことが出来る。

リュルが城を立つや否や、王は急いでベッドに入った。はやる心を落ち着かせ、懸命に眠ろうとした。宰相という、たった1人の味方が居なくなった孤独から、王は味方を求め、味方を願った。選ばれたのは、広大な国土と強大な兵とブリテン島の同盟者を持つ、フランス王フィリップであった。王はフィリップを願い、フィリップを祈りながら眠りについた。目が覚めてからの700秒で700回、「フィリップよ我に味方せよ」と強く念じる事だけを決めて、心を落ち着かせ眠りについた。僅か40分ほど眠り、王は目を覚ました。目覚めるや否や、「フィリップよ我に味方せよ」と700秒間、1秒も欠かすことなく、心の中で念じて唱えた。700秒に1秒だけ有る、願いが叶うその1秒を、決して逃してしまわぬように、700秒間フィリップを願った。

フィリップは来なかった。王に味方しなかった。王は戸惑った。リュルは、嘘を教えたのではないか。私を騙したのではないか。暗愚の王の心の隅に、僅か一粒の嫌疑が生まれた。それでも、王は、リュルを信じた。錬金術の秘法を信じた。何故ならば、王の元には兵も、将も、金も無かったからである。頼れるものはリュル直伝の、錬金術の秘法だけだった。そしてフィリップを願い続けた。毎朝、毎朝、夜が明ける度にフィリップだけを願い続けた。昼飯に茹でた麦を喰らい、シエスタをとり、起きてまたすぐに700秒、一時も欠かさず願い続けた。リュルが宰相を辞して5ヶ月後、フィリップは王と通じ、フィリップは挙兵した。

勇猛さと高い人徳で知られたフィリップは大軍を成して兵を進め、僅かな手勢を引き連れたジャコモと合流する予定日の5日前に、少数の軽騎兵を率いた大王ピエトロに急襲されて全滅し、傷を負い、身を隠しながら自国へと逃げ戻る道中、破傷風に倒れて死んだ。ジャコモは再び孤独になった。また一人きりになってしまった。フィリップを無傷で撃ち破った大王が間近に迫っていた。ジャコモは眠り、700回願った。シエスタをとり、700回願った。真夜中に小便に立ち、700回願った。ピエトロが死んだ。腹膜播種でにわかに死んだ。それからというもの、ジャコモはもう二度と錬金術に現を抜かす事など無かった。何故ならば、ジャコモには秘法があった。錬金術の秘法があった。そして、小さな王国があった。ジャコモは豊穣を願い、幸福を願い、平和を願った。目覚める度に700度、欠かす事なく毎日念じた。国民は幸福を享受し、王は名君と称えられ、やがて天寿を全うした。

山下はそれを、ジャウメ2世勉強法、と呼んだ。山下はジャウメ2世勉強法で大学に入り、ジャウメ2世勉強法で英語を学び、ジャウメ2世勉強法でクックパッドに入社したと言った。今日の自分があるのは全て、ジャウメの秘法のおかげだとまで言い放った。山下はまぬけであり、能無しであり、尚かつ馬鹿だった。それは、ただ念じるだけの代物であり、勉強法などではなかった。しかも、世迷い事であった。くだらない伝承であり、迷信であった。おまけにでたらめでもあった。口外してはならぬ秘法が、現代に残っているという矛盾であった。温厚な僕も流石にキレた。おい、山下。おまえは、穀潰しだ。社内ニートだ。仕事は出来ない。スキルも無い。それでいて上司に取り入る。会社の、毒だ。社会の、害だ。今すぐ、死ね。死ねとまでは言わんが、辞めちまえ。糞が。山下は生意気にも、僕に口答えをした。橋本さんは、私を認めてくれている。そして、私の努力を認めてくれている。山下はそのように宣った。馬鹿を言うな。健太は、おまえみたいなゴミ屑を、認めてなんかいない。あほぬかすのも、大概にしろや。すると、山下はへらへらと笑って言った。

私には、秘法がある。ジャウメ二世勉強法がある。毎朝、目が覚める度に願っている。橋本さんに一目置かれるような、立派なエンジニアになれますようにと願っているのだと、そう言い放った。ならば、と僕は口を挟んだ。ならば、おまえ、俺に認められるような立派な男になるって願ってみろよ。おまえ、そんなでたらめのまじないに、本当の力があるのなら、この俺に、真性引き篭もりhankakueisuu様に、立派な男であると、一人前のエンジニアであると、この会社に相応しい人物であると、認めさせてみろよ。すると山下は笑うのをやめた。常日頃からへらへらと、笑い続ける口元をやめた。「あのね、はんかくさん。ぼくはね、橋本さんには認められたいと思うし、橋本さんの評価は気になるんです。けれどもね、ぼくはね、はんかくさん認められたいだなんて、ちっとも思わない。はんかくさんがどう思おうと、はんかくさんにどのように評価されようと、はんかくさんが何を言おうと、私にとってはまったく関係の無い話なんです。知ったことではないんです。そしてね、はんかくさん。あなたという人は、11分40秒に値しないのです。」それを固めた左頬でしばらく睨み付けてから、新卒を2人誘って和民に駆け込み、刺身の盛り合わせと生中を3つ頼んだ。それが最後だった。

2012年4月12日木曜日

チャンスをあげよう。

君にチャンスを与えよう。
これは、君が成長するチャンスだ。








何かをしなければならない。なんとかしなければならない。その為にはまず眠らなければならない。そんな風に言い聞かせて、毎朝汚れた寝床へ向かう。汚れた部屋の薄汚れた床で春を逃れて丸くなる。背筋が曲がり、心が曲がり、根性は捻くれる。純真さと向こう意気を取り戻す為のミッションは今日も儚く砕け散る。名誉は失墜し、人々は外方を向く。それだけの時間を使って水で出したイエローラベルは天井にしがみつく渋さ。見殺しにし、見捨てられ、また一人ぼっちだ。

人は成長する。人は大きくなる。人は幾らでも変われる。なりたいものになれる。それらは全て事実だ。嘘偽りの無い真実だ。ドリームズカムトゥルー。夢は必ず叶う。夢を持つことさえ叶えば。それさえ叶えば。両手の指は胸の前で固く結ばれ、キーボードを拒み続ける。その間中揺れ動く。揺れ動いた心は喉の奥、胸の前で舞い踊る。安定した不安定さだけがここに有り、顔色は無い。これを失ったら僕はどうなるのだろう。これを乗り越えたら僕はどうなるのだろう。

君に課題を与えよう。これは君が、乗り越えるべき課題だ。そしてこれは、君にとって大きなチャンスだ。これまで君が幾つもの課題を前にそうしてきたように、この課題も乗り越えられる。君は努力をし、着実に進歩し、確実な成果を上げ、幾らかの反省と達成感を得て、もっと大きな人物になれる。以前より素晴らしい、ずっと立派な人間になる。これまでそうしてきたように、この課題も乗り越えるんだ。こんなチャンスはもう二度とないよ。みすみす座って見逃す手は無い。

全ては僕を非難する為だけに利用される。おまえはチャンスを逃した。おまえは努力を怠った。おまえは自分に嘘をついた。未知の挑戦を恐れ、他人の視線を恐れ、何よりも変化を恐れた。成功を、栄光を、幸せを恐れたのだ。願いが叶う事を恐れ、堕落と抱きしめ合う事を願ったのだ。とんだ愚か者だよ。あんたみたいな醜悪な人間は見た事がない。下衆野郎が。この、下衆野郎が。

人差し指の火傷の痕を見る。右手で抱えて親指でなぞる。これは努力の痕跡だ。課された課題を乗り越え、チャンスを物にした証拠だ。評価される事への恐れ、無能さに対する嫌悪、夢無き努力への憎しみ、全て乗り越えてきた。乗り越えて成長してきた。大きくなった。立派になった。まるで素晴らしい人間になった。誰もそれを褒めやしない。誰もそれを認めはしない。一粒の果実も手に出来ない。

あるのはチャンスだ。成長するチャンスだ。心を入れ替え、朗らかに笑い、健全な生活を送るチャンスだ。過去を気にしてくよくよしてるのはおまえだけ。過ぎた過ちは、乗り越える為の手頃な課題でしかない。可能性を足蹴にするな。臆病に逃げ惑うな。その手で未来を切り開け。そして掴み取れ。おまえなら出来る。おまえにでも出来る。出来るとわかってるからこうして言ってるんだ。草原で羊を追うべき犬が耳元で吠えたて目を開かせる。

幸せにしたい。期待に応えたい。叶うならば少しでも近づきたい。叶わぬならばそっと見ていたい。何か一つでも貢献したい。あなたの力になりたい。憎んだ事など一度もないし、呪ったことなど一度もない。一分の悔いもない。心から望み、望んだからこそ石の下で五年、耐えて努力を続けてきたんだ。何が出来る。あなたの為になにが出来る。自分の為に何かをする。そんなのはもうごめんだ。自分の為に乗り越える、成長する、立派な人間になる。そんなのはもうごめんだ。

あなたは何を望む。僕に何を望む。素知らぬ顔で努力を続け、成長し、立派な人間になる事を望むか。これまで通り変わらぬ強さで、同じ高度を飛ぶことを望むか。それとも、あなたはもう僕に、何の1つも望まないか。全ては終わった事であり、みんな忘れてしまったか。以前のように笑ってはくれぬか。あの日のように嘆いてはくれぬか。怒っても、悲しんでも、見守ってもくれぬか。書いたブログを読んでもくれぬか。

そうであったとして、それでも喜ばせたい。それでも幸せにしたい。どのように思われようと、それでもあなたを守りたい。思い上がりであろうと、どうにかして、救いたい。あなたが乗り越えた恐怖を、あなたに課せられた課題を、あなたに訪れたチャンスを、この手で取り除きたい。全て壊してしまいたい。今からでも遅くない。まだ間に合うはずだ。乗り越えるべきではない、克服するべきではない、掴み取るべきではない。じっとしていてくれ。動かないでくれ。少しの間だけ待っていてくれ。

僕が成長し、大人になり、立派な人間になって、大金を手にし、その辺の安い女なら札束で軽くはたける位の、大きな男になって君を迎えに行くから。言ってたじゃないか。世の中は金だって。金さえあればなんだって叶うって。だから僕が稼ぐ。あなたは笑ってるだけでいい。少しだけ待ってくれ。時間が必要なんだ。成長が必要で、克服が必要で、前進が必要、それには時間が必要なんだ。2億年、いや5000万年でいい。ほんの少しだけ待ってくれ。守りたい。幸せにしたい。願いを1つでも叶えてあげたい。

最も強いのが放射能ならば、最も残酷なのは無関心だ。あなたのシナプスは皆全て、僕のことなど忘れただろう。僕のことなど、思わないだろう。それでも僕はあなたが好きだ。あなたの事ばかり考える。毎日々々、あなたを幸せに出来ないかとか、どうにかして守れないかだとか、救い出すことは出来ないかだとか、ありえもしない妄想と格闘する。今の自分に出来る事なんて、何も無いんだって事くらいはわかっている。頭では理解している。わかっていても、立ち止まることすら出来ないんだ。後ずさることも、前進することも、出来ないんだ。

せめて、願ってくれ。せめて、祈ってくれ。僕の不幸を願ってくれ。僕の破滅を祈ってくれ。その期待に、僕は応える事が出来る。その願いだけを、叶えてあげられる。だから、お願いだから、僕の不幸を願ってくれ。僕の絶望を願ってくれ。心の底から願ってくれ。もしもあなたがそれを願わないと言うならば、あなたの家族を追いかけて、精神的に追い詰めて、人生を全部台無しにしてやる。なんだってしてやる。いいか、覚悟しとけよ。俺にはもう捨てるものなど何も無いんだ。そういう人間が、一番恐ろしいんだって事を思い知らせてやる。おまえの頭の中が、僕の事であふれ出し、おまえが心の底から、僕の不幸を願えるようにしてやる。それ以外なにも、考えられなくしてやる。それ以外なにも、思えなくしてやる。そうなってはじめて、あなたに報いる事が出来る。

だから、お願いだから、好きな人よ。僕の不幸を願ってくれ。愛しい人よ、僕の破滅を願ってくれ。ずっと好きだった人よ、ずっとずっと好きな人よ、僕の未来を呪ってくれ。心の底から呪ってくれ、たのむ。

2012年4月11日水曜日

仕事が出来る人と、仕事が出来ない人の見分け方。

仕事が出来る人は、有職。
仕事が出来ない人は、無職。

インターネットはフィクションです。

dota allstarsで遊び、dota2でAZENとkurokyのリプレイを消費し、ニコ生で女性生主を漁り、TTWで勝ちまくり、hfgl.comでiG対DKを得意気に眺め、twittvでmouzを鼻で笑い、wikipediaとネットサーフィンに奔走し、朝から晩まで働きづめて、精も根も尽き果てた活火新山長十五郎が、午前9時27分にパソコンの電源ボタンを押し下げて、ウィンドウズXPをシャットダウンすると、黒地に巨大な白の抜き字で「インターネットはフィクションであり、実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。」との注意書きが表示され、活火新山長十五郎の長い一日が全て終わった。

フェイスブックに命脈を絶たれた、実在の人物としての架空の人物。

フルネームの姓名を持つ、架空の人物名をブログで用いようとした際に、実在の人物と被って(迷惑をかけて)しまわないように、思いついた名前を念のためにgoogleで検索すると、必ずや、実在の人物に行き当たってしまう。名字や名前を少しずつ変えて、google検索を繰り返しみても、フェイスブックが普及したせいで、実在の人物に行き当たる。結果としてフルネームの姓名を持つ架空の人物を書こうとすると、「活火新山 長十五郎」みたいなあり得ない、変な名前を用いざるを得ない。本当は「実在の人物としての架空の人物」について書きたいのに、フルネーム姓名を用いてそれを行おうとすると、「架空の人物としての架空の人物」についてしか書けなくなってしまう。(実在の人物と被ろうがなんだろうがお構いなしで書く、という人も世の中には居るだろうが。)




「実在の人物としての実在の人物」
実在の人物に対する、ただの言及。

「架空の人物としての架空の人物」
明らかに架空の人物の、物語。

「実在の人物としての架空の人物」
捏造された、実在の人物。
~紀伊国屋で泣く女
~まとめブログで死ぬ女
~主婦に迷惑をかけるDQN女
~内部事情をよく知るAさん

「架空の人物としての実在の人物」
実在の人物に対する、捏造。
~ニートのphaさん
~ロックスターの宮川さん
~天才カリスマアルファブロガーの真性引き篭もりhankakueisuuさん
~国民的アイドルの前田さん




適当に思いつくまま書き出してみると、下の2つはどうも気に入らないというか、ぼくのかんがえるインターネットにとっては有害な代物であるように思えてきたので、明日のブログは最も人畜無害であろう、活火新山 長十五郎さんについて書く事にする。精神の貧しさの、すさんだ心の……。 にしても「活火新山長十五郎」ってだれだ。誰なんだ。いったい何した人なんだ。ググっても出てこない。どうしよう。困った。お腹が空いた。

2012年4月10日火曜日

人間的魅力

人間的魅力に溢れるあなたは、何を書いてもいとをかし。
人間的魅力を持たないわたしは、何を書いても糞ブログ。

2012年4月9日月曜日

美しさと醜さと、愚かさ。

自分がやっているゲームについて真面目に書いているブログが見あたらない、というのは如何にも不安な気持ちになる。僕の知る世界では、面白いゲームには、その面白さを語る面白い、真面目なブログが付き物だった。そういった事実の積み重ねで出来上がったのが「"A"というゲームについて真面目に書かれた面白いブログが存在しないという事実は、"A"というゲームは面白くないという事実を指し示す。」という僕の価値観だ。



dota2に関しては、ネットサーフィンの最中に、「dota2はGODLIKE」と書かれたエントリーに行き当たった。あのエントリーさえ読んでいなかったら、僕は全く違う人生を生きていただろう。誰かが「このゲームはgodlikeだ」と書いているものに対して、難癖を付けるような人間にだけは、絶対になりたくない、絶対にならない、という思いが強く芽生えてしまった。それまでdota2に対して「dota2をプレイしたらこういう事を書こう」と思ってた事を全て放棄する羽目に陥った。



自分自身が心の底から楽しいと思えないものを、無邪気に楽しんでいる人間を見た時、人は猛烈な嫉妬心に追い立てられる。退屈な毎日を生きている自分。何かを無邪気に楽しんでいる誰か。人はそのギャップを許すことが出来ない。それは才能に対する嫉妬なのだ。楽しむ才能が枯渇した人間が、楽しむ才能を持つ人を叩く。ありとあらゆる手を使って非難する。冷静で冷笑的な何かを巧妙に装いながら、誹謗中傷する。実態は、ただの嫉妬だ。楽しむ才能を持つ人間を不愉快な気分に陥らせる為に、隣の芝に黄土色の油性ペンキをぶちまける。楽しむ才能に対する嫉妬。人間の醜さの最たるものだ。



件のエントリーによって、僕のdota2に対する言論はdota2を入手するより前に死んだ。頓死した。完全に封じられてしまった。言論統制である。言論統制、言論統制。「あれ、それって正しい事なんだっけ?」。

俺達がインターネットを作る。俺達がインターネットを育てる。俺達が弛まぬ努力によって、素晴らしいインターネット、素晴らしい公共空間を形作る。読みたくないブログは書かない。悪いブログは書かない。良いブログだけを書いていこう。そういう考え方は一見すると、正しそうに見える。

けれども、それは本当に正しい事なんだろうか。たとえ何を書こうと、何を書くまいと、僕の醜さが変化する事はない。どれだけ体面を取り繕っても、僕の醜さは決定的に不変だ。いや、よくよく考えてみれば、僕の醜さは変化する。読みたくないブログは書かない。インターネットに相応しくない文章は欠かない。悪いブログは書かない。良いブログだけを書こう。そういう志だけが唯一、僕の醜さを変化させる。



それは、もちろん、悪い方にだ。どれだけ信念を語ろうと、その結果として生まれた所作が、自らの美しさを偽る行為である事は決して揺るがない。自らを美化し、自らを崇高で心の清い生き物であると偽る行為に他ならない。美しくありたいと願えば願うほど、何かを汚したくないと思えば思うほど、僕の醜さは純化され、心に重く伸し掛かる。人の振り見て我が振り直せという言葉があるが、インターネットは振る舞いたいように振る舞う場所ではなく、ありのままに生きられる場所だったんじゃないか。そんなものは、現実世界だけで十分だったんじゃないのか。着地点は見あたらない。美しさと醜さの狭間で、ローカルのテキストだけが積み上がっていく。これを愚かさと僕は呼びたい。

2012年4月8日日曜日

金曜ドラマ『spec』 ~vangraddbmanta買ってheart足して無双~

dazelとviper相手に塔下で頑張ってcs稼いでいたらhaste持ったlv5のqopがご機嫌にpullしてた仲間のcmを殴り殺して逃げ場が無くなり塔裏を這いずり回って憤死してお金無くなってrohも買えず、やっとvang出来たし13-12でkd勝ってるし相手stun無いしtideとmag居るから慎重に動けば行けるんじゃないかと喜んで時計を見たら25分でqopがguinso持ってて塔スコア0-6で、相手がroshanに行ったのを見て皆で押し寄せたらdrのsilence一発で全滅してdrがaegis拾って歩きながら「gg?」「gg?」とか言ってヘイトゲージ稼いでる。そういうドラマ。

薄っぺらい今を。

薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
精一杯生きなよ

薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
懸命に歩けよ

薄っぺらい今を
忘れる為に
昔のことを
思い出してばかり

ぼやけた孤独を
流れない涙を
愛せない自分を
抱きしめて走れよ

薄っぺらい今を
裸足で踏みつけ
薄っぺらい過去を
切り花で飾るよ

薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
薄っぺらい今を
両手で覆って

薄っぺらい今を。

2012年4月7日土曜日

消費

何も見ていない。
何も消費していない。
何も思わない。
何も考えていない。
致命傷から逃れる為にかすり傷ばかり増えていく。

見た夢の話を書いてるブログはつまらない。

見た夢の話ばかり書いてるブログはつまらないという当たり前の大前提をしっかりと認識しているのに何故夢の話をブログに書いてしまうのかというと、先に書こうとしていたブログのエントリーがあって、そのエントリーに関連した夢を見てしまうからなんだよ。ブログを書くという行為以外の体験が完全に欠如してるからどうしてもブログを書いてる夢ばかり見る。そして書こうとしていたブログの話を夢で見ると、何らかの形で打ち拉がれて、全ての気力が失われてしまう。

髪の毛ください。どうせ捨てるんだからいいでしょう。

小学校一年生の時に好きだった女の子がたまに夢に出る。その子には、何故か好きだという事が人づてにばれて思いっきり嫌われた。絶対に人を信用してはいけない、という事だけを学んだ。その人について覚えているのは、昔髪の毛が腰くらいまで長かったという話を立ち聞きし、それならばその切った髪の毛を僕にくれれば良かったのに、と強く思った事くらいだ。どうせ捨てるんだから。

見る夢のパターンは委託殺人の対象者にされて第三者に追われるか、否定されて排除されるか、過酷な自然環境に僕だけが取り残されるか。概ねそのような感じの夢を見る。今日は会社説明会に行くと、説明役がその人で、「あんたのブログは空回りしててつまらん。帰って」(おそらく原文まま)と、エセ関西弁で言われてしまい、せっかく奮起して会社説明会まで行ったのに、おかえりと言ってくれる人の居ない現実世界へすごすごと逃げ帰って参りました。

2012年4月6日金曜日

一生懸命頑張らなくても。

一生懸命頑張らなくても、出来る事があるんじゃないかと、一生懸命頑張って探す。一生懸命頑張りたくない。一生懸命頑張って、失敗して、傷つきたくない。自信を失いたくない。僕には保険がない。余暇がない。一生懸命頑張って、失敗したらそれが全てだ。一生懸命頑張って、たとえばそれが成功しても、得られるものは何もない。一生懸命頑張って、成功したらまた一生懸命頑張らなければならない。一生懸命頑張るだけが、この人生の全てなんだ。dota allstarsもdota2もない。たった1人の好きな人も居ない。一生懸命頑張らなくても、微笑むだけでいい人も居る。一生懸命頑張らなくても、シュークリームと紅茶を片手にスマートフォンを触るだけでいい人も居る。一生懸命頑張らなくても、小さな寝息をたてるだけでいい人もいる。人は人、私は私。一生懸命頑張らなくても、出来る事なんて何も無い。一生懸命頑張るしかない。一生懸命戦って、一生懸命傷ついて、一生懸命全速力で袋小路に駆け込んで、一生懸命飛び跳ねるしかない。左の足首が痛い。右の膝が痛い。自問自答を繰り返すだけの体力すらも残ってはいない。それでも、一生懸命頑張らないより、一生懸命頑張る方が、素晴らしい事だと脳が言う。脳が言うなら正しいんだろう。一生懸命頑張ろうよ。閉じたランドルト環の内側の、真っ暗闇の暗闇の中で、ランドルト環を手探りで探す。一生懸命、手探りで探す。

日本語は滅びるべきだし、日本語は滅びるし、日本語は滅ぼす。

俺だってソーシャルゲームなんか作りたくねーよ!
こういう糞ゴミ言及ほどにうんざりするものは無いな。
ブログを書いていて一番萎えるのがこれ。



家庭用ゲームソフトのプロジェクトから完全に外されてソーシャルゲーム専任になりました\(^o^)/
へー、ソーシャルゲーム選任なあ。ビデオゲームを入れ子構造として保有するソーシャルゲームって、Xbox LIVE、PlayStationNetwork、steamくらいしか思いつかないんだけれど(他にも多少はあるんだろうが)、おまえどれ?マイクロソフトでxboxlive作ってんの?ソニーでpsn作ってんの?それともvalveでsteam作ってんの?おまえみたいな低能糞ジャップに作れるソーシャルゲームがあんの?低能糞ジャップ語のソーシャルゲームじゃなくて、ソーシャルゲームの話してるんだよ、わかってる?アーユーアンダステンド????

前にid:nakamurabashiとかいう過去に一度として僕が書いたブログを読んだ事も無いマジモンの糞ゴミが「あーそれ俺知ってる」という知ったか以外の何物でもない完全なでたらめでレッテル貼った上で糞ノイズ垂れ流しに来たりとか、こいつみたいに日本語すら全く読めない低能糞ジャップが元の文章とは一切関連性の無い自分語りの糞ノイズ被せに来たりとかはてなってほんと糞ゴミのたまり場だよな。jkondoは死ねよ。

こういう低能糞ジャップに絡まれるのは何故か、という事を考えると日本語でブログを書いているから、という結論に達したので、今後はもう一切日本語のブログを書かない。これからは全部英語で書く。低能糞ジャップは完全に切り捨てる。英語読める人間だけが読めばいい。

2012年4月5日木曜日

ニコ生主の常軌を逸したヤバさ。

twit.tvを見ながらニコニコ動画を一通り見終えて、ニコ生に面白いゲーム放送でも無いかなと見に行き、ゲームカテゴリの広告ランキング一位にあった放送を何気なしにクリックすると、壮絶な生放送をやっていた。なんと、男が4~5人集まって、skypeで喋ってるのをダダ流しにしているだけの生放送。その男達は、全員が人気の無い零細放送のニコ生主。凄かったのは、彼らが喋っていた内容。

ニコニコ生放送でゲーム放送を行い、大変人気があったとある男性生主が、同じくゲーム放送などで大変人気のあった女性生主と付き合いだして、2人で生放送とかをやるようになったらしい。そして、skypeで集まった男共は、「男性生主の囲い」ようするに、男性生主の熱心な視聴者だったらしい。

彼らは「2人が付き合いだしてから俺達は軽んじられるようになった」とか言っている。しかも他の男共も「そうだそうだー、ふざけんじゃねえ俺達は軽んじられている。」「誰のおかげで人気生主になれたと思ってるんだ」とか必死になって涙目で叩いてる。意味不明。軽んじられるってなんだよ。

挙げ句に「俺達リスナーを楽しませる為の生放送ではなく、男性生主が女性生主との時間を楽しむ為の放送になってる」とか言ってる。いや、それ何がいけないの。いいことじゃねえか。ところが「元の俺達を楽しませる為の放送に戻すためにはどうすればいいのか」とか理解不能な議論をしている。しかも、当初4人くらいだった参加者は8人くらいまで増えている。

皆が口々に「あんなイタイ頭したぶさいく女とつるむなんて、俺達を馬鹿にしているのか」「そうだよ、絶対あれブスだから」「間違いないね」とか誹謗中傷。イタイのはおまえらだろ。なんでこんなにイタイだけの放送が広告ランキングで1位なのかな、と訝しんでいたら、なんてことない、彼らは自作自演で現金を大量に使って「車座悪口生放送」を宣伝していたのだった。(彼らは皆が生主なので、ニコニコ動画用で使用可能なポイント(現金)を大量に持っている。)

「ああ、これがインターネットで何時の日か見た"サークルクラッシャー"ってやつなのかな」とか思いながら聞いてると、彼らはサークルでもなんでもなく、男性生主との面識は無し。まったくの赤の他人集団。ただし、そこに集まってskypeで喋っていた男同士はオフ会やら何やらで面識有り、という極めてホモソーシャルな陰口組織。いつの日かネットで読んだ「女の嫉妬は醜い」ってあれ嘘じゃねえかこいつら全員男だぞ、というどん引き感。

それが「あの頭の悪いブス、ブスを、○○(女性生主)を潰すにはどうすればいいか」とか「男性生主に反省させて謝らせるにはどうすればいいか」とか語ってる。キモイとかそういう次元を超えてただただヤバイ。彼らがskypeで車座になって談義した結果辿り着いたのは、いかにして2人を別れさせるか、縁を完全に切らせるかという話であり、女性生主の生放送の信者を巻き込んで、2人が別れるまで女性生主の放送に粘着して荒らしまくる、俺達も手が空いているなら出来る限り荒らす、複アカ取りまくって折れるまで荒らす、男性生主の放送も雑談が不可能になるまで複アカを使って荒らしてしまえばいい、そしたら男性生主も俺達古参リスナーの大切さに気がつくはずだ、男性生主を取り戻すには女性生主を潰すしかない。2人を別れさせる作戦会議オフやろうぜ、やろうぜやろうぜ、とか常軌を逸した決起集会と化してゆき、ニコニコ生放送は凄まじい所だと思った。

2012年4月4日水曜日

ネットで出会った10人のこと。

インターネットで行き当たった人のテキストをインターネットで読む。そんな有り触れた行為を、僕等はみんな続けてきました。けれども、そこに、どれ程の強さがあったのだろうかと、近頃疑問に思うのです。あなたは、インターネットで出会った人を、どのくらい知っていますか。インターねとで出会った人を、どのくらい覚えていますか。

インターネットの外側で出会った人については、幾つかの事を覚えているでしょう。あの人は焼酎が好きだったとか、あの人はエスカレーターが嫌いだったとか、あの人はおしゃれなストールを巻いていたとか、あの人はJAVAを憎んでいたとか。インターネットの外側の世界で出会った人のことは、幾つか覚えているでしょう。

けれども、ネットの世界ではどうでしょうか。インターネットで出会った人。それだけの人。フォローもしていない人。フォロワーでもない人。フレンドでもない人。接触の無い人。コミニケーションを取っていない人。ただ、インターネットで出会っただけの人。そんな人は誰にでも、大勢居るはずです。言及したこともない、言及された事もない。一切の関わりは無い相手。ただ、ネットで出会っただけの人。ネットが無ければ決して出会わなかっただろう人。

そんな人のことを、あなたはどれくらい覚えているでしょうか。ネットで出会ったと思い込んでいながらその実は、都合のよい時に都合よく消費していただけではないのでしょうか。ただの暇つぶしとして使い捨てにしていただけなのではないでしょうか。インターネットで出会った人、なんてものは幻想なのではないでしょうか。そんな事を考えて混乱した自分の為に、チェックリストを作ってみました。




・インターネットで出会った人の好きな点ところ。
・その人の、嫌いなところ。
・その方の、長所。
・その方の、短所。
・一番面白かったその人の文章の内容。
・最も印象に残っているその人の言葉。
・その人は、あなたが見ている前でどのように変化したか。
・その人の存在は、自分の人生にどのように影響したか。
・その人に、どのような未来を歩んで欲しいか。
・あなたが、その人の為に、あるいはその人の未来の為に、貢献できること。


ネットで出会った人について、回答を書き出してみました。驚くほど、出てきません。ほとんど、印象に残っていないのです。5人まではぎりぎり10問全て答えられましたが、それ以上は中々答えが出てきません。回答が埋まりません。無理矢理答えるにしても、10人くらいが限界でした。ネットで出会った人、なんてものは霧を掴むようなもので、その実体は存在しないのです。僕の場合はここ最近、全然インターネットをしていない、という事もあるのですが、インターネットってとても遠くて薄いものだなと、そのように思いました。インターネットをするという行為が、自身に何の印象も残さず、人生に何の影響も与えず、ただ不愉快さ脳裏に刻み込み、不快感をこの身に刻み込んだだけのものだとすれば、ネットって一体なんだったんでしょうか。

脳の後ろ側が痺れたとして、

冬の寒さから来る緊張で、脳の後ろ側が痺れたとして、僕に何が出来るだろうか。暖かい所に引っ越す事が出来るだろうか。日の当たる場所で暮らす事が出来るだろうか。暖房器具を買う事は出来るだろうか。ぬくもりを、暖かさを、手に入れる事は可能だろうか。そんな僕にも春が来て、出来る事はもう何も無い。

dota2のFlying Courierは何故アイテムを落とさないのか。

zsmjルール
    - zsmjに殴られると死ぬ





dota2のルールの中で、理解しがたく奇妙なものを2つ挙げるとすれば、テレポートスクロールの詠唱時間と、殺してもアイテムを落とさないペットだと僕は思う。

dota2のテレポートスクロールの詠唱時間は、「不定」だ。3秒でテレポート出来る事もあれば、5秒かかる事もある。直感的に何秒必要かはわからない奇妙なルールである。さらに、荷駄隊という存在のペットを殺しても、アイテムを落とさない(それどころか、金も得られない)。時間経過後、アイテムを持ったままで自陣に復活する。

以前のdota allsttrsでは、テレポートの詠唱時間は一定だった。ペットを殺せば、ペットが所持していたアイテムはその場に落ちた。理解しやすいシンプルなルールである。ところが、いつからか、奇妙なルールに変更されてしまった。そこには、zsmjというプレイヤーが居た。





zsmjがdota allstaresシーンの頂点に立ったのは、2009年のsmmにまで遡る。DreamHackが欧州最大の祭典(スカンジナヴィア周辺地域の祭典)なのに対して、smmはアジア最大の祭典であり、最大の大会であった。ここで、zsmjが所属するLGDというチームは、完全優勝よりもさらに困難な完全優勝を成し遂げる。

LGDはこの大会において、Goblin Techiesをpickして「どげんもならん」というレベルの目も当てられないpick負けをして、ルーザーズブラケットに回ってしまう。しかし、LGDが負けたのはこの1戦だけであり、残りの全ての試合で恐ろしいまでの強さを見せ、優勝してしまった。今や伝説となった「3 carry」という戦略による、完全優勝よりも困難な完全優勝である。

2009
kingJ
sharingan
zsmj
GX

当時のLGDは、EHome黄金時代を築いた2009という万能キャプテン型プレイヤーのチームであり、後に他のチームでもタイトルを獲りまくるkingJや、sharinganという実績のある歴戦のプレイヤーが居た事もあって、この大会において、zsmjはほとんど注目されなかった。LGDのその他大勢、あるいは精々LGDの3番手以降、四番手という位置づけだった。

smmで人々の関心を引いたのは、LGDが完成させていた戦略だった。

彼らは、「3 carry」と称されるシステムを、完全に完成させていた。それぞれのレーンに1人ずつcarryを配置し、3人が15分間farmし、20分前後で塔を割りまくり、25分にはアンタッチャブルな太ったcarryが3人出来上がってしまう、というの恐ろしい戦略である。その完成度たるや、異常とも言って良いレベルで、smmからしばらく彼らは鬼のような強さでシーンそのものをrapeしまくって行く。

3carryは、それまでのトップシーンの流れから逆行した、極めて保守的、守備的、消極的な戦略だった。20分前後まで、スコアは極限まで動かさないという理念こそが、3carryの核だった。もしもfarmが完成する20分までにゲームが動いてしまうと、carry3人という重いラインナップを選択したLGDの不利は明かである。その為に、残り2人の後衛はgangして相手を殺しに行くのではなく、mapを面として相手にプレッシャーをかけて、相手に仕掛けさせない、仕掛ける隙を与えない、というのがLGDの手法だった。相手が無理をしてまで仕掛けてくれば、下がって時間を稼ぐ間にTPで殺到して数的有利を作る、数的有利を作る事が困難ならば第1塔を放棄して戦わない、というのが3carryだった。

当時のLGDの伝説的な勝利の1つに、グランドファイナルの最終戦でスタンがtideのultだけという滅茶苦茶なpickがある。彼らは、dota allstarsはスタンゲー、というシーンの文脈を完全に無視した上で、見事にスコアを固定し、そして圧勝してしまった。




そんなこんなで、3carryにより、名実共にdota allstarsシーンを完全に制圧し、dota allstarsの象徴的存在となった彼らに待っていたものは、壮絶なバッシングだった。物を見れば不平不満を口にして叩く事しか知らない、ネチズンどもによってLGDはdota allstarsの仮想敵へと祭り上げられた。

LGDが完成させた3 carryは「中国はつまらん」という意味不明な論拠により叩かれ、LGDというチームは「中国はつまらん」という意味不明な論拠により叩かれた。2009というプレイヤーは2008年にEHome無敵時代を築いたアンストッパブルな中国屈指の万能型キャプテンであり、残る4名も特筆に値するタレントだった。そして、彼らが行う3carryの完成度も、他のチームが模倣した3carryもどきとは、レベルの違う完成度を誇っていた。にも拘わらず、糞くだらないネチズンどもによって、彼らは「ゲームバランスの穴をついて勝利している」という事にされてしまった。その「穴」として槍玉に挙がったのが、テレポートスクロールである。

LGDの3 carryは、テレポートスクロールとオブザーバーワードを最も有効に使った戦略だった。ワードで相手の動きを監視し、テレポートで瞬間的に数的優位を作り上げる。それを行う事が出来る、という事を相手に知らしめる事で、相手の挙動自体をメタの部分で抑圧してゆく。

まず最初に、"LGDのつまらんfarm"をシーンから排除する為に、テレポートスクロールの詠唱時間に変化が加わった。3秒だった詠唱時間が、先人が居れば詠唱時間が長くなるというペナルティが加わった。後に、スモークが導入され、テレポートスクロールとオブザーバーワードというLGDの両翼は、共にシステム面でもがれる事になる。書いてるだけで気分が悪くなるような改悪である。




即ち、である。LGDの最初の黄金時代を終わらせるべくして導入されたテレポートスクロールの弱体化以前に、LGDの最初の黄金時代は終焉を迎えていた。結論から言えば、そんな改悪は無くとも、LGDの黄金時代は終焉を迎えていたのだ。もしもテレポートスクロールに問題があったのならば、叩かれるべきなのはテレポートスクロールであり、LGDではなかった。LGDが勝っていたのは、テレポートスクロールというゲームの穴(彼らが言うには)によるものではなく、LGD自身の強さによるものだったのだ。当時のLGDほど過小評価されたチームは他に無いと思う。




とにかく、である。永遠に続くかと思われた、異常な完成度を誇る3 carryを止めた男。それが、kingJであり、820だった。LGDの二番手プレイヤーだったkingJは、LGDを脱退して、EHomeに加入した。

kingJの脱退後にLGDに加わったのは、yyfという無名のプレイヤーだった。無名、と言っても皆様ご存じの通り、後に東のLoda、西のzsmj、北のAZEN、と並び称される事になるmorp使いであり、また、2011年にはただ1人の力でBHをtoppick/topbanにまで押し上げるというシーンに大きな痕跡を残した、超一流のプレイヤーである。とは言え、当時のyyfは3carryの練度の面でkingJに大きく劣り、kingJに比べて得意キャラが狭かった事もあり、一時的にLGDは少し弱くなってしまう。

そんな主要メンバーの移籍後も、LGDは自らが完成させた3 carryを実直に続けた。そして、1つの例外を除いて勝ち続けた。そのただ一つの例外こそが、kingJの移籍先であるEHomeである。そして、EHomeは、明かな強度を持ってLGDの3 carryを鴨にした。その鍵は、後衛力にあった。

EHomeの後衛には、820というプレイヤーが居た。元々は総合型のチームリーダーだったが、carryや前衛でプレイして、黄金時代のLGDに負け続けていた。かつて2009を擁したEHomeは無敵時代とでも言うべき、黄金時代中の黄金時代を築いた。その2009流出後に中心プレイヤーとなった820は、2009に遠く及ばないプレイヤーという評価だった。LGDとの勝負では序盤から精一杯頑張るものの、結局は3carryの重い一撃により壊滅して負ける、という負けパターンを繰り返していた。

その820が後衛に下がり、状況は一変した。完全なる後衛プレイヤーに転身した820の後衛力は前人未踏の凄まじい力を持つに至った。LGDの3carryを支える後衛は、820に遠く及ばない力しか持たなかった。820の後衛力によって紙一重の所で僅かな差が付き、LGDの後衛は3 carryを支えきれずに敗走し、堀を埋められたLGDの3carryは崩壊した。

他のチームの後衛がLGDを止められなかったので、メタ勝ちとまで書いてしまうと語弊があるけれど、「820クラスの後衛が居る世界的な強豪」を相手にすると、3carryの「15分間ファームします。20分から動きます」という遅さは致命的なものだった。820の後衛転向と、kingJという3carryを知り尽くしたプレイヤーの移籍によって、「LGDの3 carry」という時代は完全に終わってしまった。

当時の820が流行らせたヒーローに、lionとvsが有る。820は必ずと言って良い程lionやvsをpickし、そして勝った。結果的にアジアではlionとvsが日常的にbanされる程に流行りまくった。余談ではあるが、その当時ヨーロッパでただ1人だけ820のスタイル(中国のスタイル)を真似し、相手からlionをBANされるまでの仕事をしていたのがmiGGelである。この時期を境に僕の認識は「AngeLの友人、AngeLのチームメイト」から「ミゲルアンゲル」へと変化する。

kingJという3carryを知り尽くした最強の前衛を手に入れた820は、LGDを圧倒した。そして、LGDは「EHomeに勝てない」という、あまりにも些細で、あまりにも致命的な低迷期を迎えてしまう。さらに、テレポートスクロールの弱体化調整が入り、相手が820であろうとなかろうと、3carryというスタイル自体が極めて不可能に近い状況に陥ってしまった。その上に、EHome無敵時代を築き、LGD最初の黄金時代における最大の立役者であった最強プレイヤーでありチームリーダーであった2009が引退してしまう。LGDはメタ的な面でも、人的な面でも、環境的な面でも、明らかに弱体化してしまった。そんなLGDが、突然浮上する。その鍵となったのが、zsmjルール、というが、「zsmjルール」というLGDの新戦略である。




3carry時代のzsmjは、混戦時のミクロに長けたプレイヤーだった。チームにおける大切な役割を任せるに値するプレイヤーだった。けれども、zsmjに匹敵する「混戦時の卓越したミクロ」を有するプレイヤーは他にも存在した。中国4強は、それぞれのチームが同じレベルのプレイヤーを2~3人抱えていた。LGDだって、2009、kingJ、sharingan、zsmjと、zsmjクラスの正確さを持つプレイヤーは4人も居た。混戦時のミクロという点だけを見れば、zsmjよりも優れたプレイヤーは居るだろう。

けれども、zsmjには他の追随を許さない、スペシャルな才能があった。それが、ラストヒットである。zsmjは、相手の超一流プレイヤーと相対しながらラストヒットを取る能力が、異常に高かった。序盤の1対1レーンにおいて、それは決定的とも言える能力だった。そしてdota allstarsはご存じの通り、ラストヒットゲームである。かくして、LGDはzsmjのラストヒット能力を最大限に活かす戦略へと辿り着いた。

シーン最高のラストヒット能力で序盤から稼ぎまくり、さらにまとまったクリープを全てzsmjに食べさせる事により、25分で15000~20000gold分の装備を調え、zsmjで相手を殴って全部殺す。それがLGDの新戦略だった。2009とkingJという超一線級プレイヤーの相次ぐ離脱が、その戦略の中心に居たzsmjというプレイヤーの異常さを、さらに引き立てた。

極端な例になると、30分過ぎにアイテムを6枠埋めて靴を売ってDivine Rapierを買って攻めるとか、Divine Rapierを2本作って落として負けるとか、Divine Rapierを作ったものの奪われたのでDivine Rapierを作って取り返して勝つとか、日常的にBKBを売ってBKBを買うとか、そういう事を日常的に繰り返し、LGDはzsmjの名の下に820を乗り越えて、再び黄金時代へと突入した。




そんなzsmjルールのLGDを止めたチームが欧州にあった。

puppy
kuroky
AZEN
パジャキャット
ミラクル

で、ある。dota allstarsシーンをご存じない方にも、約2名を除き、見慣れた名前が並んでいると思う。もしもあなたがこの広い、広い広い、インターネットのどこかの片隅で、うわごとのように「kuroky、kuroky、AZEN、kuroky、AZEN、kuroky、kuroky、kky、k神、kgod、kuroky、kuroky」と廃人のように繰り返している人を見かけたら、その根拠はこの辺にあると思っていただきたい。近寄らず、触らず、そっとしといてあげて欲しい。ppyにしても、pudge、sf、invokerといった一部のヒーローではdendiの後塵を拝するだろうけれど、それ以外の総合力ではdendiを遙かに上回るソビエト屈指のプレイヤーであり、そういうプレイヤーが後衛をやってるからNaViは強い。Lodaパジャミラクルが前衛のチームの後衛にLodaが居たり、ミゲルAngeLリンクの後衛にLodaが居ればそりゃあ強いよ、あなた。





話をLGDに戻す。zsmjルールという、頭おかしいレベルの衝撃は、次第にその勢いを弱めていく。他のチームが離合集散を繰り返して強力になり続ける中で、LGDのロースターは相対的に弱体化し続けた。また、「zsmjはアイテムを6つしか持てない」というzsmjルールの致命的な欠点は如何ともしがたく、泥仕合に持ち込まれると脆かった。いくらzsmjと言えども無理があった。kingJ後に加入したyyfも世界的な名声を得て栄転して行き、LGDはzsmjルールを棄てて尚、zsmjという伝説的プレイヤーへの依存度を高めてしまい、どうしようもない程に勝てなくなった。中国4強からの転落が現実のものと成りつつあった。そんな中、遂にzsmjはモチベを失い引退し、LGDは最後の世界的名手までをも失ってしまう。

zsmjの離脱により、中国四強落ちは確実かと思われたLGDはその後、何度目かの黄金時代へ突入しDKやiGを向こうに回してタイトルを獲りまくる事となる。チームが弱体化して強くなる不思議なゲームがdota allstarsなのである。






書き逃してしまったので、ここで。
zsmj最後の時代に、それは起こった。

zsmjがradを作る為に10分過ぎにレリックを買う。そこに相手が殺到し、ペットは殺され、レリックを落とし、破壊されてしまう。相手はzsmjが10分前後にレリックを確実に買ってくると分かっていたので、シークレットショップにbeamのグレーターホークを張り付け、レリックを買った瞬間にそれを殺してしまったのである。この出来事により、dota allstarsに1つのfixが入る。ペットを殺すとチーム全員にボーナスゴールドが入るのと引き替えに、ペットはアイテムを落とさなくなった。そして、アイテムを所持したままで、一定時間後に自陣に再び蘇るようになった。それと同時に、ペットの無敵化も消えた。

zsmjルール - ペットを殺してもアイテムを落とさない。で、ある。

この変更により、臍を曲げたマナーのマの字も無いプレイヤーが、ペットを買いまくって相手に向かって投げまくる(相手はチームボーナスゴールドを得まくる)、という糞ゲーに出くわした方も多いだろう。pudge(dota player)がストリーム放送中に味方と仲間割れしてペットを投げまくられながら罵られ続けて負けた挙げ句、次の試合でペットを投げまくったプレイヤーが敵側としてマッチングされ、そのペットを投げまくったプレイヤーに無双されて負けて必死で「みんな、レポートしてくれ」とか言いまくりながら不貞寝落ちして行くのを見た時は、抱腹絶倒せつなさに包まれた。おかげで、ペット回りはさらに改悪が入る事になるのだが……。





結局の所、無敵化が無くなったせいでペットを殺されてしまったり、TPの詠唱時間を読み違えてTP発動前にキャンセルしてしまったりした際には、LGDやzsmjのことを思い出して「fuckこれは俺のせいじゃねえ、悪いのは俺じゃねえ中国人めが」と小さく呟くのが、dota allstarsの正しいたしなみかたなのである。記憶を頼りに書いたので色々と自信が無いけれど。

vs_pre820_af820
システム面にルールを2つ(厳密に言えば1つ)残したzsmjに対して、zsmjに勝るとも劣らない820という人は何か残さなかったのかというと、そうでもなくて、vsのヒーローネームが820になったりしたり。

2012年4月3日火曜日

dota allstars雑記。

ファナティックのHoNチームがそのままdota2に転向するとのことで、h4nniが遂にシーンに帰還するのかと思ったら、h4nniだけが離脱。どこへ行くんだろう。EGからplaymateが抜けた事もあり、デンマーク人のトッププレイヤーが少し余った。適当にまとまって1チーム出来るかもしれない。

あと、以前書いたゲームの垣根を越えたプロという話だけれど、aL(オーストラリア)についてブログに書こうと調べていたら、aLはLoLからの転向組みだった。一部のサイトではaLが一時期ランキング1位だったし、先日の大会(大会名失念)でもaLは準決でNaViに勝ち、決勝ではLodaパジャを3-2で下して戴冠。LoLがdota2の頂点に立った、と書いてもそこまで大きな間違いは無いと思う。なんかmouzが「HoNからdota2にチェンジするのはもの凄く簡単なことです!」とか大見得切っていたけれど、君たちHoNでは実績あるのに、dota2では絶賛大低迷中じゃん。現時点では箸にも棒にもかかってないじゃん。aLくらい、とまでは言わないけれど、もう少し勝ってから言わないと、説得力が無いよ。

h4nniの話に戻るけれど、Lodaパジャ5人目のプレイヤー枠にh4nniかplaymateが入れば面白いと思っていたんだけれど、Lodaパジャはsmulgulligをpick。dota allstarsのsmulgulligって、低apmの超絶凡プレイヤーなのに、そんな人を入れて大丈夫なんだろうか・・・。そりゃあ同格には残り4人の力で勝てるだろうけど、NaViを追うには凡プレイヤーでは厳しい。結局Lodaパジャまでもが国境と人脈に縛られた面子といった感じで、NaViの独走はまだまだ続きそう。4人は盤石なので、5人目がそれこそkurokyクラスなら夢を見られるのだけれど。

これで、Lodaパジャとミゲルアンゲルは5人揃ってしまい、メンバー的には一旦あがり。kurokyと組むべきleafはウエスタンウルヴス(フランス)入りしてしまい、ドイツの人的資源は枯渇。13babyもkurokyも帰って来ない。h4nni、playmate、13baby、kuroky、azenが浮いてるので、この辺で1つなんてのは期待するだけ無駄だろう。

2012年4月2日月曜日

ちぐはぐな毎日。

眠たさで起きる。起きたさで眠る。ちぐはぐな毎日。叫びたくなって黙る。黙りすぎて叫びたくなる。自分を壊すまあるいシステム。悲しみはよくない。憎しみはよくない。やっかみはよくない。心は否定される。感情は否定される。頭で正しいことを追う。気が済むまで走れ。気が済むまで遊べ。気が済むまで眠れ。気が済むまで、起きていればいい。気は済まない。電気のように大きく波打つ悪寒が体側を駆け上がる。まだ眠たい。まだ起きていたい。感情を殺せ。頭で考えろ。考えるんじゃない。感性を大事にしろ。心を、いや、心を。心を、ではなく、心を。考えはいつも支離滅裂。ちぐはぐな毎日。眠たさで起きた。起きたさで眠る。