殺しのライセンス

アメリカとソビエト以外の多くの国が殺人を法律で禁止する中、我が国では、殺人免許証が発行され続けていた。しかし、それも昔の話である。幾つかの怪訝な殺人が明らかになり、免許証の発行基準が疑われだした。そうなると、世間はあっという間である。マスコミは殺人免許証の問題点を、おどろおどろしいBGMの中で放送し、学者は殺人免許証の後進性を高いながらも笑顔の声で身振り手振りして語り始めた。新聞は40年も遡って殺人免許証が引き起こした幾つかの不幸せを白日の下へとほじくり出し、BBCのみならずアルジャジーラまでがそれに便乗して取材班とは名ばかりの内政干渉専門の斥候を送り込んできた。殺人産業はこれまで通り、広告費を懸命に散蒔いたが、おりしも若者の殺人離れと原油高、リーマンショックとの三重苦で、かつてのような洗脳統制はもうとてもではなく、行えなかった。国は、揺れた。そして遂に、万系一世、不敗不滅の皇国に遂に、お言葉がもたらされた。十分に配慮すべし。その一言を受けて、殺人免許証に関する法律が全て改正された。免許取得の規準は完全に改められた。女は脳に根本的な欠陥があるとされ、殺人免許証の取得が完全に禁止された。タダ同然であった交付費用は、帝国大学の初任給を上回る金額に引き上げられた。我が国の先進的な科学の粋を結集させて制定された新たな法と、それに従う高給取りの免許官らは、整然と的確に平等をもって殺人免許証を人々に交付し、新たな法が施行されてから一年間で、5000人が適切に殺害された。