2005年3月21日月曜日

愚者が賢者に至るまで



勝ちたい。
人が生きる上、即ち人生におけるありとあらゆるありとあらゆるを手にし、手にしたありとあらゆるに興味が無いふりをして眠り目覚めて蛇口を捻り、水道水をコップに注いで起き掛けの渇きを癒して少し微笑み、勝者の余韻に入り浸る勝利を手にしたいと思い、望んだ。




勝つには、即ち勝利するにはどうすればよいのか。
喜びと哀れみの板ばさみに泥だらけ、のた打ち回り転がって、象牙と鼈甲の散乱する地底の広間で盃を交え、敗北を噛み締めながら戦勝宣言を行うという愚かな道を辿らぬにはどうすればよいのか。
それがわからない。どうすれば勝利を手にする事が出来るのかが、漠然とわからない。どうすれば敗北を逃れられぬのか、想像もつかない。




勝者と敗者を分かつものは何だろう。
その境目にあるものは何なのだろう。

それさえ分かれば、勝利を遂げる足がかりになる。
それが分からぬから、足がかりにもならず非常に困る。
その正体はわからぬのだが、一段落へと辿りついた。




勝者は皆、賢い。
煙らず懸命で、勝機を勝機と認識し、投じる力を持っている。
賢い人間が常に勝利し幸せと人生における全てを手にするわけではないが、勝利し全てを手にするのは賢い人間に限られる。


つまり、勝利するには賢くなればよいのだ。
賢くなれば勝てるのだ。
誰よりも駆け足で誰よりも先に進み、加速度的に加速して、自分自身も追い付けぬほどに他の追随を許さずに、知という知ブログというブログ全知全能という全知全能の全てをその手にするまで止まらず成長し、誰よりも利口に、誰よりも理知に、誰よりも思慮深く、そして賢くなればよいのだ。

そうしたからといって、必ず勝てるとは限らない。
幸せな香りの赤い花びらのバラの漂う浴槽で3回りの歳の差を越えた異性と愛を語らえるとは限らない。そもそも、それが勝利と呼べるのかどうかも疑問である。
しかしながら、勝つのは常に賢い人間である。
賢くならねばならぬのだ。


愚者がどのような栄光名誉、賞賛と賛美を集め持て余し、人にあらずを極めても、その先にあるものは敗北である。
同じものを賢者が手にすると、それは勝利へのホップとなりステップとなり足がかりとなる。




そして希望に満ち溢れた事実がここにある。
愚者は簡単に賢者となれるし、賢者も簡単に愚者へと落ちる。
それを維持するのは大変であり、それを手にするのも簡単である。


学べば良いのだ。
努力を怠らねば良いのだ。
たったそれだけの事で、愚者は賢者に賢者は大賢者になれる。
フバーハもメラーミもありったけになる。




しかし、けれどもである。
日々の努力を怠らず、弛まぬ学びを行っているにも関わらず、愚者であり続ける愚者は存在する一方で、一瞬と僅かの間の少しの時間、一瞥の学びを続けるだけで賢者であり続ける賢者が存在する。



どうして同じ学びを行ったにも関わらず、愚者は大愚者になり、賢者は大賢者になるのか。それは、愚者の学びと賢者の学びが別物であるからである。

愚者の学びは経験の学びである。愚者は経験した事柄から思い考え努力をし、答えを導き出して成じ学んで大きくなるのである。
それに対し、賢者の学びは経験の学びである。賢者は経験した事柄から思い考え努力をし、答えを導き出して成じ学んで大きくなるのである。

決定的な違いであり、愚者と賢者を分かつ壁だ。
愚者は経験に学び、賢者は経験に学ぶのである。



素晴らしい世界だ。
人は皆平等である。
等しく学ぶ事が出来るし、平らに大きくなれる。
二度声を聞く事は出来ぬし、二度ベルを鳴らす事も出来ない。
一度きりの桜梅間、一度きりの晴れ姿、一度きりの18切符の向こうの先に、一度きりの学びが待つ。その声その書その時間、その朝その夜その老いだけが、その人を学ばせ大きくするのである。

人類がやがて進んで進み、先の先の向こう側の未来へ辿りついたとしても、USBのコードで二進を流し込んで学ぶ事など出来ないし、100円ラックにずらりと並んだCD-Rを飲み込み学ぶ事など出来ない。何人も、経験からしか学べないのだ。
目肩腰の五感の伝える脳からのみで、その外側の向こう側を流れる波からは学ぶ事など出来ないのである。


学ばない事は人生の浪費であり罪である。
同様に、時間の浪費は未来の自分自身への罪である。
立ち止まってはならぬし、緩慢な歩みでぶちスライムをぶってはならない。
経験を貯め、レベルアップし、新たなスキルをカスタマイズし、そのスキルで切り開いた道筋を行く経験を貯め、それを学びへと変換して大きくなり続ける事だけが、勝利へのたった一つの最も短い最短距離なのだ。土管もワープもBoTも無く、歩みから学び、学びで歩む、一秒一歩が唯一なのだ。




僕は今、勝利を手にしている。
これが勝利であると経験上知っている。何物にも変えがたい貴重な半生を送りその全てから僕は学んだ。僕は誰よりも賢く誰よりも知的で誰よりも賢明な誰よりもブロガーな誰よりもDOTAallsatarsだ。疑う余地の無いコングラチュレーションだ。

けれども、この地この場所この勝利に安住するつもりは無い。
賢者はすぐに愚者へと落ちる殺伐登頂の世の中では、油断も隙も許されぬのだ。

だから僕は学ぶ。
だから僕は経験する。
経験から学び、切り裂いて経験する。
僕に用意された時間人生その残りの続きを極彩色で彩って、その全てから僕は学んで成長する。そしてもっともっと大きくなって、世界の全てを手に入れる。
勝ちに勝利し勝利に勝つ。
一秒たりとも止まらぬし、一時たりとも努力する。
学んで大きく進化する。
もっと賢く、もっと賢く。
もっと愚かな、もっと愚かに。