2005年3月18日金曜日

ブログエントリー改変はどこまで許されるのか。



新聞社が一面で大きく取り扱った記事の訂正とお詫びを4面の3行で済ませる事や、ウェブサイトに上げた記事を40分後にこっそりと改変する事は問題である。

ブログは新聞とは違うのだけれど、ネットベンチャーの副社長が「ました!」を「(確認中)」とこっそり改変するのはやはり問題だと思う。










 これまでブログをやっていて最もショッキングだったのは、トラックバックを撃った時点とトラックバック後とでは正反対の結論を導き出す文章へとタイトルもろとも改変されており、僕のトラックバックが凄まじく浮いていたのを目にした時である。
それはもう、「え、何?」くらいの勢いで浮いていた。
物凄く切なかった。


「である!」を、
「ではない!」に書き換えられたら、読み手としてはたまったもんじゃない。

そういう事があってからというもの、一度書いたエントリーの改変はどこまで許されるのかを思い悩むようになった。




ブロガーはブログという公園を立ち上げ管理人として振舞えるわけだけれど、あくまでも公園で遊ぶユーザーの一人であり、誤字脱字の修正も出来ないコメント欄でコメントをつけてくれる読者の方々とアンフェアーに改変しまくるというのは、少しだけだが心苦しいものがある。


とはいえ、タグミスや誤字脱字の修正は当然許されるだろう。
結論が出たのはそこまでで、そこから先は考えても考えても答えが出ない。


慣用句や諺の使い間違いに気がついて該当部をごっそり書き換えるのは有りなのか。
その投稿の主張が慣用句の誤用の元で成り立っていたとしたら、それは有りなのか。
結論有りきの投稿を、過ちを隠蔽しながら修正したと取られかねない。


時間によって考え方が変化した題材をこっそり改変するのは有りなのか。
人間は時間によって考え方が変化し、後に読み返して書き換えたくなる事もあるだろう。
読者はそれを変節であると捉える。
こっちは色々思い悩んだ末に決めているのに。
ブログに集う読者達はそれを変節であると罵り荒れる。
変節であると捉えられぬように過去の投稿や主張を改変するには、どのようなやり方がよいのだろうか。あるいは、こっそり書き換えるという事は許されるのだろうか。


時間経過で状況が変わり、トンチンカンな投稿へと成り下がった過去の投稿を削除したり、改変したりしてそれを隠し、ブログを運営し続けるという事は許されるのだろうか。
倫理的に間違ってはいないのだろうか。
「新庄は絶対に日ハムで失敗する」とか決め撃ちで書いていたものを、こっそり消すのはよいのだろうか。なんか物凄く駄目に思えてならない。





現段階では改変の是非とボーダーラインをきっちりと書ける段階にまで到達していないし、これからも過去の改変したい投稿についてどうするべきかを微妙に悩み続けるのだろう。

とりあえず現段階で僕が今、皆様方に出来る事は、一度投稿した投稿は削除しないし、絶対に改変しないと決めたというご報告だけである。