右往、左往。



たまに、そういうふうになる。
これまでも、何度かあった。

1つ、2つと眠れない夜を越えた末に、これまで一度として考えたことも無かったようなことや、これまで一度として書いたことすら無かったようなことを、迷いながら、考えたり、書いたりしていると、自分自身がまるで、広い地球の長い歴史の僅かな一瞬の時を生きる一匹の生き物であるかのような、錯覚に囚われる。果てしない世界の広さに呆気に取られる。横になることも出来ず、かといって駆け出すことも出来ず、ただ呆然と時間だけが過ぎていく。こういったものからは、決して逃れられない。

自分自身の愚かさばかりが目に付いて、拙い日本語力を呪ったり、動揺すると入念に練り上げた思いの全てが飛んでいってしまう小心貧肝を憎んだり、流され行い流され思い貫く心は間々折れて、触れるもの全てを腐らしてしまう算段の無さを後悔したり。そんなふうにして、雑念が消えていく。朝が来て、夜が来て、朽ち果てるまで。歪にゆがんだ拙い思いの全てを指で手垢がくっきり残るまで、強く握って、掴んで、離さず、祈りながら。

自分自身が少しずつ、統一されていく。それでも、僕は、馬鹿だから、くだらない期待を胸に抱いたりして、うまく落下することすら出来ない。右壁にぶつかり、左壁にぶつかり、ぶざまに錐揉み落ちてゆく。

参った。馬鹿さに参った。頭の悪さに呆れた。果てる思いは果てて、果てない思いは果てなかった。自分自身がざるになっているのだと思った。零れ落ちるものは零れ落ちて、残るものだけが残る。ごろごろと鉄網の上で踊る。転がる度に、角が取れて、丸くなってゆく。

今日はそういう状態が、朝の10時半頃からさきほどまで続いて、ほんとうに参った。そんなふうを通り抜けて、全てが取れて軽くなり、天井に頭をぶつけて頭蓋が割れた。流れ出す脳みそににやにやしている。いろんな感情が振り切れると、照れ笑いしか出来なくなる。とてもじゃないけど、そんなじゃないのに。息を吸えば肺に空気が入ってくるということが、こんなにも楽な状態だとは、思わなかった。僕はもしかして人間なんじゃないかと思った。

ああ、こんなふうにして、少しは眠れるようになったり、のた打ち回らなくなったり、していくのかなあとぼんやりと頭をよぎったけれど、これまで一度としてそういうふうにはならなかった。予測が希望的過ぎるかもしれないと思った。

6月10日はもう昔。
寝よう。からっぽ。月曜日。