活仏



真っ暗闇の中で瞳をこじ開ければぼんやりと右肘が見えた。




人間が家路に就く頃に光のない朝が訪れ一日が始まる。また、だ。関知し得ぬところで使い果たされた水分が、体を内側から軋ませる。赤く膨れた人差し指からは、割れて旨そうな色の肉が見えるが喰えやしない。食道を這いずり上がるようにして腹が鳴るが、無駄だ。廃物で覆われた干涸らびた粘膜が肺に押し出されて部屋を舞う。自分の腐った臭いがする。

右の瞼の裏側に出来た吹き出物がまばたきの度に眼球を掻き毟るが、何も感じない。痛いけれども、それは痛みではない。脳が光りを拒んでいるだけである。光は苦しみを運ぶ為に存在し、瞳はそれをただ受け止めるだけの機関だ。肉魂を磨り潰しながら、痛みだけが世界を転がしている。

もう何も動かない。喜びも、悲しみも、苦しみさえも、この渇水では動かない。干涸らびたミイラが涙を流さないのは、悲しくないのではなくて、ただ水分が足りていないだけなのだ。包帯で巻かれたミイラが血を流さないのは、痛くないのではなくて、ただ水分が足りていないだけなのだ。涙にならない悲しみや、血にならない痛みを感じる術を人は持たない。磨り潰しながら時だけが、僕を転がして行く。