2008年9月13日土曜日

テイルズじゃ駄目なんだよ。



つまり、方向キー一つ+×ボタンで若本キャラと戦えるテイルズ最強ってことです。


いや、テイルズじゃ駄目なんだよ。
なぜならば、テイルズは成長出来ないから。




もちろんテイルズにも成長という概念自体はある。敵を倒してレベルアップすれば、成長出来る。強くなれる。よりかっこよくなれる。自己陶酔も出来るかもしれない。でも、ちょっと違う。あるいは全然違う。もしくは別物。

最初の投稿で少し書いたのだけれど(誰にも伝わっていない可能性が高いのだけれど)、「成功が約束されたゲーム」と、「努力が報われるゲーム」は、同じビデオゲームであっても、似て非なるものだと思う。




成功が約束されたゲームはイコール成長が約束されたゲームだ。ドラクエなんて、典型的な「成長が約束されたゲーム」。スライム倒してるだけで強くなれるんだからね。呪文とか覚えて、お金まで貯まって。ボタンを押しているだけでエンディング、即ち成功まで辿り着ける。

テイルズも同じだ。成長が約束されている。成功が約束されている。つまり、テイルズを遊ぶ人間は、「約束された成長に対して対価を支払った人間」と捕らえる事も出来る。成功を金で買っている、訳だ。(誤解招いてしまいそうな表現だけれど、ネガティブな意図は全くない)



でも、ギルティは違う。
成長は約束されていない。
成功も約束されていない。
その点が、テイルズとは明確に違う。



もちろん、難易度を一番下まで落として、コンテニューをし続けてシングルモードをプレイすれば、「誰もがエンディングまで行ける」のかもしれない。一見すれば「成功が約束されてるじゃんwww。コンテニュ無限だしwww。」みたいに思えるかもしれない。

でもギルティは違うんんだよ。なぜならば、ギルティは【対戦格闘ゲーム】だから。ギルティがアーケードゲームであったという歴史的経緯から見ても、ギルティは「シングルゲー」ではなく、「対戦ゲー」であると考えるべきだと思う。石渡自身もギルティを一人プレイ用のゲームというより、対戦ゲームとして制作したのだと、僕は想像する。

ギルティは、『プレイヤーの努力に報いるゲーム』だ。プレイヤーが努力をすれば成長する。プレイヤーが努力をすれば成功する。でも、ボタンを押してるだけでは、なんにもならない。それがギルティなんだよ。ギルティは、プレイヤーが自分の足で一歩一歩踏みしめて歩かなければ、何も手に入らないゲームなんだよ。




それは、別にギルティが「プレイヤーに冷たいゲームだから」ではない。「開発者の石渡が冷酷無情な人間だから」でもない。ギルティというゲームの目指すところが、「プレイヤーの努力に報いる為の長い長い石段」なんだ。

そしてその、プレイヤーの努力に報いる為の、長い長い石段を、見事に作り上げたのが石渡という人物なのだ。「成功が約束されているゲーム」と、「プレイヤーの努力に報いるゲーム」はジャンルが全然別物なのである。けっして、どちらが良い、どちらが悪い、という話ではなくて、違うものだと思う。

どちらにも駄目なゲームはある。
どちらにも素晴らしいゲームはある。
そして、GGXXというゲームは、間違いなく、後者の、即ち「プレイヤーの努力に報いるゲーム」の、1つの到達点であり、傑作だと僕は思っているのだ。




しかも、ギルティは「初心者お断りゲームだ」というのは偏見にすぎず、石渡は本気で初心者を、対戦格闘未経験者を口説こうとしていたんだ。コマンドの入力の受け付けを限界ぎりぎりまで簡単にしたのもそうだし、全キャラに飛道具と対空技が標準装備されているのもそうだ。「飛道具を打って、飛んできた相手を対空技で迎撃する」という、基本中の基本を、キャラクターグラフィックでキャラを選んだ初心者が一人残らず、理解出来るように、あるいは習得出来るようにとの配慮だ。本当の所は知らないけれど、僕にはそういう風に見える。

古典的な2D対戦格闘のレベルしか持たないプレイヤー同士が闘えば、それはそれで対戦ゲームとして成立もしてしまう。もしも格闘ゲーム初心者である僕と仲間由紀恵がGGXXと共に無人島に二人きりで取り残されたら、僕は間違いなく楽しめると思う。絶対楽しめるだろうという確信すらある。また、友人同士で教えあったり、上級者に教えてもらったりすれば、ある程度の「なんとなくギルティっぽい対戦」まではすぐに到達出来るだけの、しっかりとした、歩きやすい石段だと思う。

もちろん、初心者が生粋のギルティプレイヤーと対戦すれば、話にならない。秒殺されて終わり。理不尽ゲーでしかないだろう。でも、それは他のゲームでも、対戦ゲームにおいては当たり前の事じゃないのか?CoD4でも、ヘイローでも・・・。



聞く相手がいない、教えてもらえる相手がいない、という人達の為にインターネットがあり、そこではギルティの、ありとあらゆる質問に対する回答が懇切丁寧に書かれている。ところがそれが嘲笑の材料にされる、というのはあまりにもありえない。

実際にインターネットでの、「ギルティ初心者講座」の多さは、ギルティ人口から考えれば、異常な多さだ。右も左もギルティ先生・・・。そして誰もが決り文句のように「とりあえず○○だけ覚えれば」とか、「○○さえ出来れば勝てる」とか書いてるんだ。読んで、「いや、そんなんで勝てたら苦労しねーだろ」と思うのだけれど、実際にいろんな人がいろんな風に、異口同音で言っている。

そういう風に、人に教えたくなるゲーム、がギルティなんだよ。登ろうと思えば、好きなだけ登れる石段を、丁寧に、丁寧に作ったからこそ、そういう人が、次から次に雨後の筍のごとくインターネットに生えているんだよ。

それこそが、石渡太輔の夢見た世界じゃないのか?もちろん、石渡太輔という人物の見ていた夢はもっと大きかったのだと思う。それこそ、「ビルゲイツの自宅には……ギルティの対戦台が……20セットある。ヘェーヘェーヘェヘェヘェヘェー・・・」くらいの気持ちで作ってたと思う。インタビューやらを読んでいると、そのくらいの気概はあったように思える。でも結局そうはならなかった。石渡太輔の思うようには世界は進まなかった。

ギルティは2D対戦格闘ゲームを殺した戦犯のように呆れられ、物事を見下し馬鹿にしたいだけの連中から、駄目ソフトの代表格のように扱われる有様。何もない所から、ウメハラにプレイさせる所にまで行った。2D対戦格闘の本流にまでなった。カプコンもSNKもいない世界で真面目に、本当に真面目に、プレイヤー同士がレバーとボタンを通じて語り合えるだけの、しっかりとしたリングを、石畳を造り続けた。

にも関わらず、当然のように、2D対戦格闘は衰退し続け、滅亡した。でも、それはギルティが悪いんじゃない。2D対戦格闘ゲーム、というプラットフォームの限界なんだよ。「複雑化した?」「マニア向け商売化した?」「オタに媚びた?」

違うよ。全然違う。複雑化は、したけれど、しなくても戦えるようにした。コマンドも簡単にした。入力受け付けも緩くした。石渡太輔は可能な限りの努力をしたんだよ。もちろん、限界はあった。石渡自身は、「天才クリエイター」とか「魔法使い」的な才覚で言うと、決して世界的な実力を持つ人物ではないと思う。

だから、失敗もしたんだと思う。うまくいかなかった部分もあったんだと思う。ギルティ批判のうちの幾らかは、正当性のあるものなんだと思う。でも少なくともGGXXで石渡がたどり着いたのは、2D対戦格闘ゲームの誇らしいあるべき未来だったんじゃないか?あれが駄目なら、一体何がOKなんだ?あれが駄目なら、石渡太輔は何を作れば良かったんだ?




実は、それには答えがある。僕自身はそれに対する明確な答えを持っている。2D対戦格闘ゲームの、2008年の地球上に存在する最高の未来は、スマッシュブラザーズだと、僕は思っている。「石渡太輔はギルティなんてヲタ臭い売れないゲームなんか作らずに、スマブラを作れば良かったんだよ。実際スマブラ見てみろよ。ギルティとは比較にならない程売れてるじゃねえか。」というのは、正解だと思う。「あんな難解なヲタゲーは間違い」といった"種類の批判"は、部分的には正しいと思う。

でも、僕は心情的に、そういったものにまったく寄する気持ちにはなれない。だって、石渡はスト2以降の対戦格闘ゲームの王道を、本気で、半生捧げて作ってくれたんだぜ?成功したか、成功しなかったかは別として、可能な限り、2D対戦格闘ゲームの面白さを知らない世代を口説きにかかったんだぜ?

他にそんなクリエイターがどこにいたよ。他にスト2を再興しようとし、これだけの結果を出した人物がどこにいたよ。石渡以外にどこにいたよ。




そりゃあ、現代における「2D対戦ゲーム」の絶対王者はスマブラだ。でも、スマブラって、誰が作ったか知ってる?桜井だぜ?マジモンのワールドクラスタレントじゃねえかよ。フットボールで言えばジダンじゃねえか。しかも、スマブラのキャラクターは、桜井一人で作ったものじゃない。ギルティは、石渡太輔が、いろんな漫画読んで、いろんなアニメ見て、いろんな映画も観て、いろんなゲームもやって、いろんな音楽も聴いて、イッパイイッパイになりながら必死に作り出したんだぜ?プレイヤーの人生が少しでも豊かになるように、友達同士でワイワイ楽しめるように。

そりゃあ、厨キャラだと思うよ。キモイというのもわかる。やる気しねー的グラフィックだ、という一部の批判も理解出来る。スト2と比べたら硬派じゃないかもしれん。でもそれは馬鹿にするポイントか?嘲笑うポイントか?「批判内容は正しい」のかもしれないけれど、「批判が正しい」のかどうかは、僕にはわからん。間違いなんじゃないか、とすら思う。何人も非難出来ないんじゃないか、とすら思う。

世界で最も売れている、世界中で愛されている、2D対戦ゲームである、スマブラの登場キャラクターは、カービィ、マリオ、リンクにサムス。おまけにピカチューだ。汚いよ。卑怯だよ。こんなんチートじゃん。しかも、制作はHAL研、任天堂の現社長の出身会社だぜ?販売元は当然任天堂だし・・・。

ギルティは売れないから駄目。ギルティみたいな売れないゲームは駄目。スマブラは売れまくっているので最高。世界中で愛されているから最高。それはそうだよ。確かにそうだよ。ゲーム内容にしても、ギルティはスマブラに負けていると思うよ?でもスト2からの本流を懸命に守ろうとして、2D対戦格闘というジャンルそのものと命運を共にした石渡太輔を誰が笑えるんだ?誰が馬鹿に出来るんだ?石渡太輔は美的センスがオタすぎるとか、キモい、幼稚だ、というのは、確かにそうだけれど、そうかもしれないけれど、けれども、石渡太輔は最大限度努力したぜ?やれる事は全てやったぜ?なんで、スト2世代の2D対戦格闘ゲームを知る人達は、ギルティを「嘲笑の対象」としてしか見ないんだ?それこそ老害そのものじゃねえかよ。ショベルカーにただ乗りをしてギルティ叩いて何が楽しいんだ?いや、楽しいんだろうけれど、見かける度に腹が立つやら悲しいやらで、悲しくなるんだけれど。




前に、「高校を中退した少年、年収1000万円を稼ぐプロゲーマーに。」というライブドアニュースの翻訳記事は、でたらめだ、と書いた事がある。実態は「高校生プロゲーマーが学校から籍を抜いただけ」だと。

その、トムテイラーというプロゲーマーは、「ゲーム指導会社」を作った。ゲームプレイの家庭教師会社ね。そこで扱われていたゲームが、ヘイローとスマブラだった。スマブラは、文句なしに世界的な「2D対戦ゲーム」なんだよ。スト2文脈からは離れているかもしれないけれど、「スト2的おもしろさ」という土俵で大勝利を収めたんだ。それだけじゃない。ゲームのプレイヤー同士が賞金をかけて戦う大会で、正式種目として採用された。採用されまくった。




一方のギルティはというと、まあ無残なもので、箸にも棒にもかからない。それは、石渡太輔の夢見た未来とは、まったく違う結果だったと思う。結局、石渡太輔というタレントは、桜井さんに負けたんだと思う。才覚が足りなかったんだと思う。未来を見る目が無かったんだと思う。でも石渡太輔は持てる力の範囲で最高の仕事をして、最高の結果を残して、そしてリアルタイムストラテジー3Dアクションを作り、そしてそれにギルティギア2って命名したんだぜ?評価するならそこまで全部見てからじゃないか?2D対戦格闘ゲームの衰退と、ギルティの出来はまったく関係無いよ。ただ単に、ジャンルが終わったんだよ。ジャンルが終わっただけなんだよ。

石渡太輔は、それに気がついた。
いつ気がついたのかは知らない。

ただ、「3Dはやらない」と言っていた人間が、「家庭用に興味は無い」という人間が、突然3Dゲームを家庭用で出してきた、という事は、それに気がついたんだ、って事じゃん。

しかも、石渡太輔は「2D対戦格闘ゲーム」から裸足で逃げ出したわけじゃない。GGXXという、かなり良くできた、少なくとも現時点では、かなり良くできた、成功した、ジャンルの大黒柱と言ってもよいだけの2D対戦格闘ゲームを残して旅立ったわけじゃん。その、ゲーマーへのプレゼント、ゲームセンターへのプレゼント、ゲームユーザーへの渾身の贈り物こそが、GGXXなんじゃん。なのにネットユーザーのコア年齢層であるスト2世代から戦犯扱いでこけにされまくり、ってありえねーよ。



・・・話を戻す。

『努力に報いるゲーム』『成長が約束されたゲーム』まで戻す。

ギルティは『努力に報いるゲーム』の典型だけれど、それは対戦格闘ゲームだから「努力に報いる」ってわけじゃない。前のエントリーで書いた上田文人の「ワンダと巨像」こそ、一人プレイだけれど、努力に報いるゲーム、の1つの傑作だと僕は信じて疑わない。
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逆裁4以外全面的に同意と言っても過言では無いッ!


あー、逆転裁判4の名前を出したのは、僕がプラチナゲームズに畏敬の念を抱いているから。2006年度のベストゲーに迷うことなく選ばれた大神や、昔どっかのブログで読んだ鉄騎、さらにビューティフルジョーと来ては、といった感じ。逆転裁判4も同じ人達だと思っていたのだけれど、ちょっと詳しくないので自信がない。逆裁稲葉=プラチナゲームズなので、制作に関わったかどうかは別として部分的には正しいとは思うのだけれど。

そして、プラチナゲームズの主力が、ギルティ石渡と同世代。(桜井さんも上田君も。ついでにenoも。)石渡太輔という人物が歩んできた半生と、プラチナゲームズの残してきた実績を複雑な気持ちで並べる意味でカプコンゾーンとして逆裁4を書いた・・・のだけれど、今調べたら、僕は致命的な思い違いをしていた事が判明した。

押忍!闘え!応援団はカプコンじゃなかった。全然カプコンじゃなかった。接点すらない。なんとなく雰囲気と絵面が似ているというだけで勘違いしていた。おかげで今読むと全然カプコンゾーンじゃない。というか完全にDSゾーンに対する揶揄に読めてしまう。違って、本当はそこはプラチナゾーンのつもりだった。

石渡太輔が歩き始めた道は、プラチナゲームズが数年前に駆け抜けた場所だと思う。でも遅いとかは全然思わない。石渡太輔だってスペシャルを持つ人物だと僕は見ているから、これから石渡という人物の持つ特別なタレントがユーザーの手元に届くのだろう。