ヨハン・リーベルトの敗北と、インパルス板倉俊之の逃走。

答えを探した。
けれども見つからなかった。
きっと僕の探し方が悪いのだろう。










板倉俊之の笑いは、正答と正答の笑いだった。
正答同士をかち合わせる事こそが、インパルスだった。
その笑いを成り立たせる為に、板倉は常に正答を用意し続けた。








キセルで捕まった人間に対して駅員である堤下が年齢を聞く。
板倉は答える。「私に年齢があるとお思いですか?」
この瞬間、彼は間違い無く信じていた。

自らが、年齢などというものを持たない、超越的存在であると信じていた。多くの人間が、自分は特別なんだと思った事がある。他の誰かとは違うのだと高揚感を覚えた事がある。世間一般の人とは違う、特別な存在なんだと信じた事がある。それと同じように板倉は、自らを「年齢などというものを持たない超越的存在である」と主張したのである。その言葉には確かな強さがあった。だからこそ、その言葉に大きく心を動かされたのである。

それは、口から出任せの嘘ではなかった。その場凌ぎの出任せではなかった。まぎれもない正答だった。本人が心から信じた正答だった。正答であったからこそ、その言葉には強さがあった。自らの超越正を信じる頑なな言葉に、見る者は皆、正しさを見いだしたのである。




しかし、その正しさは次の瞬間に打ち崩される。





「私に年齢があると思いですか?」
その問いに板倉は即答する。「思いますよー。」
それもまた、正答であった。

お互いの正答が激しくぶつかり合う。2つの正答は決して相容れない。双方共に正しかったはずの正答は、ぶつかり合い、その中で笑いが生まれ、やがて片方はねじ曲げられて行く。確かであった正答が、正当性の無さ故に姿を消して行く。

自らをヨハン、ヨハン・リーベルトであると信じた彼は、そう主張したにも関わらずしつこく名前を聞かれ、やがては正答を放棄する事態へと追い込まれて行く。「かずたかリーベルト」へと後退し、果ては「清水かずたか」という偽りの名前を名乗らざるを得ない事態に追い込まれる。彼にとっては紛れもない真実であったはずのヨハンリーベルトという名は失われ、清水かずたか、という無惨で新しい正答が彼の身に大きく覆い被さる。




このやり取りの中で板倉俊之は、ヨハン・リーベルトという誰の目にも触れていなかった真実を白日の元にさらけ出す事に成功した。それは前人未踏の成果であり、その成果故にインパルスの偉大さは約束された。このくだらない沈痛な時代に僕等はそれぞれの真実を抱え、それを一度も口に出す事なく忘れて行く。たった1つの真実をも確立させられないままで、そしてやがては死んで行く。口に出して世間と折り合いを付ける事すら試みない。真実を、正答を、自らの心を、自分の中で押し殺し、世間に併合されてゆく。その流れに板倉は異議を唱えたのである。自らの妄想を堤防にして、1人我が身で受け止めたのである。間違った妄想も1つの正答であると世間に知らしめ、その上で、間違った正答は所詮間違ったものでしかないという悲しさを表通りに掲示したのである。

確かに、結果だけ見れば同じである。最初から「ヨハン・リーベルト」という真実の名を口にせず、「清水かずたか」と名乗っていても、結果は変わらなかっただろう。けれども、問題は結果ではない。過程である。1人の人間が確かに信じ、確かに生きた人生である。結果は同じ屍だろう。結果は同じ灰だろう。結果は同じ土だろう。けれども、問題は結果ではない。あの日の青春の屈折した僕等は、確かにヨハンだった。リーベルトだった。それを信じて、それを生きたのである。板倉という優しくて大きな1人の男は、それら百億人民の、頑なで間違った確かさを、真実であると認めた上で、正答であると認めた上で、全てを受け止めた上で、それでもやっぱり違うよねと、物悲しさを笑いに変えつつ、もう一つの正答を提示したのである。






ところが、キングオブコントのインパルスには正答が無かった。
キングオブコントにおける板倉俊之は、正答を放棄したのである。


堤下演じる二階堂という人物は、最年少で宇宙に行き、地球を眺めて「なんか違うな」と思い外科医に転職。冠動脈バイパス手術を行い、患者の家族に感謝されて「なんか違うな」と思い転職。アメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーに入隊し「なんか違うな」と思い転職。そして訪れたのがファミレスで伝票を入れておく、透明なプラスチックの筒を作る赤字続きの町工場だった。このストーリーのどこに、正答が存在していたのだろうか。




僕は、答えを探した。板倉は、きっとあの日と同じように正答を用意しているものだと信じて探した。けれども、終ぞ見つからなかった。僕には二階堂という人物が正答を所持しているとは思えなかった。真実であるとは思えなかった。このコントを書いた板倉の、ただの妄想であるように思えた。

確かに、二階堂を連想させる人物は現実に存在する。
日本人初の宇宙飛行士であり、後に農業家に転職した秋山豊寛である。他にも、陶芸家に転じた細川護煕もその類型として思い浮かぶかもしれない。けれども、彼らが行ったのは所謂「世捨て」であり、宇宙飛行士を「なんか違う」と投げ出して外科医になり、それを投げ出してアメリカ陸軍に入り、それを投げ出して町工場という夢を追う人物とは明らかに違った。僕にはそれが、どうしても正答であるとは思えなかった。間違った答えであり、偽の答えであり、ただの妄想であるように思えた。

「コントだからいい」それは確かだ。コントだからの一言で、全てが赦される。コントであれば、創作の人物が存在していい。けれども、これまでのインパルスはそうじゃなかった。これまでの板倉はそうではなかった。板倉は常に正答を用意し続けた。板倉の描く人物は架空の存在でありながら、常に真実であり続けた。正答であり続けた。ところがこの日は違った。正答が存在しなかった。




そして何よりも決定的だったのは、二階堂の職歴である。
彼はアメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーに居た。
そして、「なんかちがうな」と思って辞めた。




一体、彼は何を思ったのだろうか。
何を「なんかちがう」と思ったのだろうか。
二階堂がその理由を喋ろうとした瞬間、板倉がそれを遮った。


そして叫んだ。
「もういいよ!」


答えは失われた。
永遠に失われた。


911以降、アメリカはテロとの戦争に突入した。
膨大な戦費を費やし、アフガニスタンに兵を出し、イラクに兵を出した。フセインを殺し、ラディンを殺した。テロとの戦争は世界を覆った。プーチンはチェチェンに兵を出し、メドベーシェフはカフカスに進駐し、中華人民共和国はチベットを制圧した。やがてはカダフィも暴徒に討たれた。二階堂という人物は、その中で一体何を成し遂げたのだろうか。テロとの戦争で何を果たしたのだろうか。アメリカ陸軍特殊部隊グリーンベレーで何を成し遂げ、そして何を「なんかちがうな」と思ったのだろうか。僕には、その答えが思い浮かばなかった。探しても、探しても、見つからなかった。





それは、テロリストのアジトを襲撃し、テロ組織の親玉を殺害した際の「なんかちがうな」だったのかもしれない。銃弾飛び交う戦火の中から逃げ遅れた少女を救出した際の「なんかちがうな」だったのかもしれない。あるいは、それ以外の何かに際した「なんかちがう」だったのかもしれない。

どちらにせよ、二階堂の回答がどのようなものであったとしても、ブッシュの戦争を同時代で生きた僕には、決して笑えるものではなかった。お笑いであるはずなのに、インパルスであるはずなのに、コントであるはずなのに、笑えるものではなかった。クスリとも出来なかった。笑う気にはなれなかった。それ以上に笑えなかった。当然にしてインパルスは、キングオブコント2011で下位に沈んだ。本来ならば勝てたであろう戦いで無惨にも散った。酷い有様だった。




ヨハン・リーベルトという物語は、「世間」が勝利する物語だった。
「世間」という正答が、「妄想」という正答を打ち破る物語だった。
その可笑しさに、切なさに、はかなさに、僕らはやられた。
笑いを堪えきれなかった。

けれども「二階堂君」という物語は、全く違っていた。
二階堂君という物語で勝利したのは、「妄想」だった。
板倉俊之の妄想だった。二階堂という妄想だった。

宇宙飛行士という妄想、天才外科医という妄想、元グリーンベレー隊員という妄想。本来ならば「世間」という正答によって打ち破られるべきであった妄想が、板倉俊之に勝利してしまった。不況にあえぎ赤字に苦しむ小さな町工場の工場長という正答を、妄想という正答が打ち破ってしまった。それは決して起こってはならない事だった。正答と正答を搗ち合わせて笑いを生んできた板倉にとって、致命的な失策だった。





そして板倉は逃げた。
敗北を受け容れ、逃走した。
勝負の舞台から尻尾を巻いて去って行った。




あの日の板倉はそうではなかった。決して逃げたりしなかった。舞台の上からゆっくりと立ち去ったヨハン・リーベルトは、勇敢にも再びその戦場へと帰ってきた。ヨハンの勇敢さと、キングオブコントでの板倉の臆病さは、まるで対称的なものだった。舞台の袖へと一目散に逃走した板倉は、二度と舞台に戻らなかった。両極端な姿勢だった。

板倉は逃げた。戦う事を諦めたのだ。正答を出し続けるという自らの戦いに敗北し、そして敗れ去ったのである。あの日僕が見たものは、インパルスの笑えないコントではなかった。あれは正答だったのだ。板倉の正答だった。「インパルスがキングオブコントで優勝する」という板倉俊之の誇大妄想だった。それは板倉俊之という人にとっては、正答だったのだろう。けれども、世間には届かなかった。他の人間にとってはそうではなかった。キリンスマッシュがそれ以上の笑いをとり、ロバートが優勝した。板倉の妄想は打ち砕かれた。板倉の正答は無惨に散った。







板倉はわざと負けたのだ。
僕はそれを信じている。


あなた方はそうは思わないかもしれない。けれども僕は信じている。板倉はわざと負けたのだ。インパルスは戦い続けた。2000年代を戦い続けた。エンタの神様で、爆笑オンエアバトルで、常に板倉は戦っていた。勝負の場から逃げなかった。板倉は信じた。インパルスを信じた。自らが誰よりも面白いと信じて戦い続けた。けれども現実は残酷だった。その戦いの中で多くの物を手に入れた板倉は、それらを得ると同時に何かを失った。それはハングリー精神だったのかもしれないし、信じる心だったのかもしれない。

前年に優勝したキングオブコメディの高橋は、滑舌が悪いと言われながらも自らの書いた台本をぎりぎりの所で演じきった。けれども堤下は違った。堤下は噛み続けた。昨日今日の話ではない。10年もの長きにわたり、常に欠かさず噛み続けた。堤下という人は臨機応変のセンスがあり、バラエティにおいては活躍しているらしい。けれども、決戦のバトルフィールドにおいては、明らかに足りていなかった。勝つのは不可能な人材だった。キングオブコントにおいても短い間に10度は噛んだ。噛み続けた。仮に板倉がわざと負けなかったとしても、本気で勝ちに来ていたとしても、インパルスは敗れただろう。堤下という戦力では、勝つ事の出来ない戦場だったのだ。


「堤下では勝てない」
板倉にはそれがわかっていた。だからこそ、彼はゆっくりとマイクを置いたのである。大切な大きな舞台において、自ら敗北を選択し、笑えない残念なコントを演じ、無惨にも敗れ去り、脱兎の如く逃げ出したのである。それは板倉のポツダム宣言であった。勝負芸人としての割腹自殺だった。




無論のこと、インパルスは終わらない。板倉も、堤下も、これから先芸人として生き続けるだろう。けれどもそれは正答を用意し、正答と正答を付き合わせ続けた勝負芸人としての生き方ではなく、バラエティに協合した普通のお笑い芸人としてのインパルスだろう。そして最も重要な事は、あの日板倉が本気を出して戦っていたとしても、インパルスはロバートに敗れたであろうという事実である。板倉は老いた。時代は流れた。仮に板倉俊之という1人の才能が、どのようなコントを用意していたとしても、あの日の勝者はロバートだっただろう。板倉の逃走は決戦のバトルフィールドからの逃走であると同時に、敗北からの逃走でもあった。正答を用意し続ける事に疲れ、負ける事から逃げたのである。負ける事を拒否し、立ち去る事を選んだのである。僕達はそれを見守り、見届けた。板倉の醜態は世間に届き、それを確かに見届けた僕は、去りゆく板倉俊之を、現実のものとして受け容れたのである。









僕はかずたかでも、清水でもない。
hankakueisuuであり、真性引き篭もりである。
そして板倉と堤下の将来が、幸に溢れたものである事を心から願っている。