希望の有る無し。

「この人生には希望がない」と軽々しく言うが、希望が無いのはこの人生に限った話ではない。どの人生だって似たようなものだ。にも関わらず、この人生には、という常套句が口を突く。問題は希望の有る無しではなく、他の何かの有無なのだろう。この人生に欠けているものが希望ではないとすれば、一体なんなのか。眼球を脳魂に向けてぎろぎろと動かしてその正体を探ってみたが、めぼしい物は見あたらず、結論らしきものには辿り着けず。むしろこの人生には、希望というものが存在しているが故に僕の人生は上手くいかないのではないかと思うに至った。当人が希望などではないと思っているものを全て奪い去り、存在していないはずの希望を踏み躙り、二度と希望などというものを抱けぬように追い詰めてやれば、この人生はそこではじめて未来が開けるのではないか。邪魔をしているものは儚い希望であり、淡い夢なのだ。有りと有らゆる手を使い、それを叩きのめして完膚無きまで、そこが初めてのスタートラインなのだ。