最高の自分を求めて、最高じゃなかった一日を攻撃するのはやめよう!

攻撃は快楽である。



人類は攻撃することで生き延びてきた。
攻撃して、危険を事前に排除し生きてきた。



僕等の体の中には、攻撃が染みついている。
攻撃の快楽が染みついている。



何かを攻撃している間は、悩みが消える。
何かを攻撃している間は、苦しみが薄れる。
だから僕等は攻撃する。




攻撃する相手を探して、
弱点を見つけて、
そこを攻める。




自分を守る為に戦う。
勝利を目指して戦う。
それは、まるで素晴しい事だ。




悪いものを攻撃して排除し、
良いものだけを生き残らせる。




攻撃する。
戦う。
勝利する。
排除する。
良いものだけが生き残る。
世界はどんどん良くなっていく。
僕等が息づくこの世界は、そうやって進歩してきた。




良くなりたい。
もっと良くなりたい。

自分の人生を良くしたい。
素晴しい人間になりたい。

そんな当たり前の小さな希望と、
人に染みついた攻撃性が出会うと、
ちょっとやっかいな事がおこる。




頑張って、頑張って。
努力して、努力して。
よりよい人生を手に入れようと、
毎日あくせく頑張る。
必死に頑張る。
賢明に頑張る。
それでも、君は言う。




「もっと頑張れたはず」って。




そして、責めるようになる。
攻撃するようになる。




他の誰かではなく、自らを責めるようになる。
誰かが悲しい思いをするのは、おまえの努力が足りないからだ。
何かが上手くいかないのは、おまえがもっと頑張らなかったからだ。





人は自らの事を、なんだって知っているというわけではない。
自分自身について、あまり知らずに生きてる。

それでも、怠慢についてだけは、誰よりもよく知っている。
自分が少しでも手を抜いたならば、あなたはそれにすぐ気付く。
僅か五分でもさぼろうものなら、あなたはそれを見逃さない。
人は自らの怠慢という狭い分野においてだけは、全知全能の生き物なのだ。




それは攻撃のきっかけになる。




もっと頑張れただろう。
もっとうまくやれただろう。
どうして努力を怠ったんだ。

そうやって、自らを責める。




「これは罵倒じゃないよ」
「これは攻撃じゃないよ」
「これは、期待の裏返しなんだ」
「君自身の為を思って、言ってるんだ」

そうやって、自らを攻撃する。







頑張っても、頑張っても、褒められる事はない。
まだ最高じゃない。
最高には届かない。
もっと良くして、もっと努力して、もっと頑張って。

最高の1分が最高の5分を作り、最高の5分が最高の1時間を作る。
最高の一時間が最高の一日を作り、最高の一日が最高の一ヶ月を作るんだ。




一秒たりとも歩みを止めてはならない。
最高の一瞬を、最高の努力で実現せねばならない。
来る一秒を、最高のモチベーションで迎え撃たねばならない。




そんな不可能に基づいて、手当たり次第に自分を攻撃する。




おまえは最高じゃない。
どうしてもっと頑張らなかったんだ。

おまえは一日を無駄にした。
おまは最低の人間だ。




そうやって、自分を責める。
攻撃する。

これは攻撃じゃないよ。
期待の裏返しなんだよ。
君のためを思って言ってるんだ。
あなたが明日一日、もっと頑張れるようにって思ってね。




そんな風にして、また責める。
来る日も来る日も、自らを責める。




目標の無い人生。
希望の無い人生。
手に入れたいものの無い人生。
幸せにしたい人の居ない人生。

この人生に一里塚はない。
この世界には何も無い。
到達すべき場所はない。




なのに責める。

「まだ達していない」
「まだ届いていない」

もっと頑張れ。
もっと歩け。
もっと進め。
もっと走れ。
努力しろ。




理不尽な攻撃に晒されて、
どんな努力も否定される。

最高の自分を求めるあなたに、
僕の一日は否定される。




自らを否定された僕等は心を閉ざし、
手当たり次第に自分をなじるんだ。
「もっと頑張れたはずだろ」って。