そんなものは決して存在しないかのように思える。

デスクトップを整理していると投稿ボタンに辿り着いたのか、辿り着かずに頓挫したのかの判別がつかないテキストの大群に至るところで行き当たる。outline.treeで滅茶苦茶にかき寄せられた整理されていないテキストの山の中から、僅か少しでも心が動いたツリーの大木をまとめあげで一つのブログのエントリーとして投稿してやろうと意気込んで、念のためにその前に、それらの中で一番心をひかれたフレーズをgoogleに入れてみると、自分のブログと幾つかのtumblrがhitして、目覚めると共に立ち上がった僕の向上心と努力によって成り立つ生産的な一日は僅か7分で終わりを告げた。今日僕が一生懸命にタイピングしたまるで日本語のような日本語の羅列は誰の心も動かさず、tumblrされることもリツイートされることもシェアされることもない。なによりも、僕の心が動かない。100年後に読み直して自分自身が心から面白いと思えるものを書けたなら、それは他の誰かにとってもきっと面白いものになるだろう。けれども僕は今まさに、何を読んでも面白くなく、何を読んでも楽しくなく、また100年後の未来において何かを面白いと思っている自分自身をうまく想像出来ない。そんなものは決して存在しないかのように思える。