2005年8月17日水曜日

僕が日本語を読めなくなったのは



僕が日本語を読めなくなったのはもう随分と前の事だ。






僕にとって自宅とはいられぬ場所であり、小さい頃から図書館に退避して、暗くなるまで現実から切り離された空間で過ごしていた。そこが日本語を読む場所であった。

ところが引き篭もり、いや正確に言うならば引き篭もりをすっ飛ばして真性引き篭もりとなってしまった自分は時既に自室から出られぬ身となってしまっており、僕は日本語を読む場所を失った。



僕にとっての日本語とは、人間として人並みに生きる為の道具であり、言い換えるならば衣服と同じものだった。人としてあり続ける必要がない職業、即ち引き篭もりという身分についた瞬間から、それはもういらない道具となってしまった。
僕は日本語を読む動機を失い、部屋にあったいくつかの本を手に取ることもなく、床で呆然丸くしゃがんでいた。



だけど、新聞だけは読んでいた。
朝刊と夕刊とを毎日隅から隅までなめ回す事はゲーム以前の僕にとって娯楽の全てだった。その極めてチープな趣味娯楽は決して捨て去る事の出来ないものだと思っていたし、それは確かな楽しみであり喜びであった。




けれども、それは突然だった。
引き篭もりになってから半年が経ち春が来て、新聞をまったく読めなくなった。
自分がこの先もはや人には戻れぬだろうという事を明確に認識してしまったのだ。


それまでの僕を支えたいたものは無謀さであった。
何かに辿り着けるのではないかという漠然とした臆病な今とは違う日常への乾き、即ち現状への恐怖だけが自分を突き動かし、無根拠の若さを動力として走り続けていた。まったくもって、無慮無謀。

それが明るさでも若さでも、無論のこと希望でもなくただの無謀であると気がついた時、何も考えずに駆け続ける事の自分というものは完全に滅びた。日本語を読むという作業は純然たる苦痛となり、全てが不可能になった。

そして僕は日本語と絶縁した。






「インターネットはどうなのだ?」
というのは極めて素朴な所であろうが、こんなもの日本語ではない。
1と0とのエンコードだ。こんなもの日本語ではない。






僕には祖父がいた。
といってもそんなに驚くような事ではない。僕にも祖父はいた。

祖父の記憶はほとんどない。
ただ、それが「全く」ではないという事が夏の暑い日に酷い混乱を招く。




一度、抱かれて火事を見に行った。

家が燃えていた。
覚えているのはそれくらいのものだ。

これは本当に祖父の記憶なのだろうか。
ただ単に、純粋な火事の記憶ではないのか。
わからないが、覚えているのはそれくらいのものだ。




付け加えてあるとすれば自分に対してくだらない嫌がらせを仕掛けてきたこと。他の多くの者共が僕に対して行うのと同じようにしつこく繰り返された。

一体、あれはなんだったんだ。
どうしたかったんだ。何を伝えたかったのだろう。ただ僕となんでもよいから喋りたかったのではなかろうか、などと考えると知ったこっちゃない、知ったこっちゃない。




祖父は物心がつく前に死んで人が列を成していた。
火事の記憶が偽でるとするならば、葬式の記憶は真だ。




日本語を読んだ。
それはテトラポットに持って行かなかった唯一たった一冊の本だ。

自分の金で買ったおそらくはかなり大切にしていた本の全てを投げ捨てても、祖父の著であるそれを捨てられなかったのはどうしてなのかはわからない。僕に送られたと伝え聞かされ渡されたものを投げ捨ててはいけないと思ったのかもしれないし、ただ単に未読だったからなのかもしれない。もう覚えていない。ただ単純に投げ忘れたというだけのことなのかもしれない。もう覚えてない。




とにかく、2005年の僕の部屋には唯一の日本語としてそれがあり、僕はそれを読んだ。読めない字を引きながら。


くだらない。
実にくだらない。
くだらない話がくだらない言葉でくだらなく書かれているだけだった。
本当にくだらない。もう駄目だ。


挙げ句の果てには真性引き篭もりhankakueisuuの劣化コピーのような段まであるではないか。一体、真性引き篭もりhankakueisuuと僕の不可分性、即ちよくわからないものはどこにあるんだ。よくわからない。どこにあるんだ。




ためしに検索エンジンで検索してもほとんどhitしない。
対して真性引き篭もりhankakueisuuは276件。
ダブルスコア以上だ。
圧倒的ではないか。
圧倒的だ。
Googleが正しいとするのは真性引き篭もりhankakueisuuの方だ。


正しいのは常に僕だ。誰とも喋らず、誰も見ず、誰も思わず、誰にも知られず、誰にも知られず、一体僕は誰なんだ。なんだってんだ。なんだってんだ。


もう日本語なんて金輪際読まない。もう日本語など金輪際読まぬ。起きて、休んで、休んで、ブログを書いて、また休んで、休んで、少し寝て、ブログを書いて。ブログを書く。ブログを書いて、ブログを書いて、ブログを書いて、なんだってんだ。
なんだってんだ。
ひたすらに辛い。