2006年2月14日火曜日

強く逞しい君へ。



君へ。
強く逞しい君へ。

君は強い。
そして逞しい。

あの頃の君が一晩かけても半ばまですら歩けなかった峠の登りの霧の掛かった険しい道も今の君なら、古いお寺の入り口の、高い敷居を跨ぐように、ただ少しだけ丁寧に歩幅を調え合わせるだけで、まるで何事もなかったかのように越えて行ける。

僕には到底、出来ないことだ。








君へ。
強く逞しい君へ。

君は強い。
そして逞しい。

けれども君は強いだけで、けれども君は逞しいだけで、ただそれだけの事でしかない。その事に君も、どこかで気がついているのだと思う。君の強さや逞しさは素晴らしいものだけれども、誰も君の強さを褒め称えたりはしないし、誰も君のたくましさに憧れたりはしない。世界は今の僕や君には想像出来ないくらいに広くて、宇宙はあの頃の君や僕にすら想像もつかなかったくらいに膨大だ。そう、君くらいの強さや逞しさはその広さの前では完全に、つむじの上まで埋もれてしまう。だから、世の人々は君なんかよりもっと強くて逞しい人ばかりに目をやるんだ。

それでも、君が強くて逞しいって事には違い無いんだよ。








君へ。
強く逞しい君へ。

君は強い。
そして逞しい。

でもね、多分。君が十中八苦の末に手に入れたその強さと逞しさが、きっと君を苦しめているんだろうと僕は思う。少なくとも僕の目にはそのように映る。君が手に入れた強さや逞しさが、役に立つ日はもう来ない。だって君が、そのように望んでいるんだからね。君が手に入れた逞しさは、これからの君の役には立たない。君の持つ強さと逞しさは、ありふれていて、平凡で、陳腐で、ちんけで、つまらないもので、尚かつ本当に素晴らしいものだけどそんなもの、阿蘇山の土産の赤い土にも劣るくらいの小さな思い出の断片でしかない。転職サイトの備考欄に、「私は強く逞しい」なんて書くわけにはいかないからね。

それでも、君は強く逞しい。








君へ。
強く逞しい君へ。

僕らの住んでるどこかしこには、地位や名誉が転がっていて、その五色の溢れる土地カードの上には、必ず誰かがどっぷりと、鳥もちの上に腰掛けあぐらをかいている。そんな人達のほとんどは、君のように強くもなければ、逞しくもない。

ただ彼らは「む」と読まれたその時に、誰より速く右手を大きく払っただけだ。大きく息を吸い込んで、君がゆっくりとゆっくりと、歩き始めた頃にはもう、君の望む色の土地カードに空きは無かったのかも、しれないね。あるいは、もしも、もしかして、あの頃の君に今の君くらいの強さと逞しさがあったなら、望み通りのその上に、数字の書いたプラカードを手に、座れていたかもしれないね。

あるいはあとからしゃしゃりでて、うまいことやって、くすねたか。
それをうまくやれるだけの技量は少なくとも今の君にはない。
それはいい事なのかもしれないけれど。




君へ。
強く逞しい君へ。

だからって、つり革持ち立つ鬱憤を、世界の造りや伊達政宗にぶつける事は間違いだ。何故ならば、残りの僅か、残りの僅かな幾らかは、君よりずっと、強い。そして逞しい。そりゃあもう、驚くことすら出来ないくらいに。見ただろう、君も、2005年のあの人を。

それに、今こうしている間にも、座布団山田で重ねる奴らを見てみろよ。
奴らの強さと逞しさ、そして僕や君が失いもう二度と無い青いきれ。




君へ。
強く逞しい君へ。

だからと言って、今から君が彼らみたいに強くなったとして、君があの人達みたいに逞しくなったとして、君が君の強さに相応しいだけのものを手に入れられるってわけじゃない。

例えば僕がどれだけ努力を重ねたって、あの人のブログのエントリーみたいなブログのエントリーは決して書けやしない。僕には魂が無いからね。

いや、違うんだ。そうじゃない。君に足りないのは魂だ、って言っているわけじゃあない。少なくとも僕には見える。かげろうゆらめく魂が。君に足りないのはもっと他の何か、だと僕は思うんだ。それが何かだなんて僕にはわからないし、例えば感づいていたとしてもきっと言わないだろうけれど。

努力も根気も無しにのうのうと生きている奴らはよく「努力が足りない」「根気が足りない」なんて事をしたり顔で言うけれど、世の中には努力や根気だけではどうにもならないものだってあるんだよね。僕はそれを知っているし、君はそれを知っていながらそれを認めずに、遠くばかりを見ている。




君へ。
強く逞しい君へ。

だけど、やっかいな事に、努力や根気だけではどうにもならない事よりも、どうにかなる事の方が遙かに多いんだ。そりゃあもう、比べものにならないくらいに。だからと言って、僕ら(いや、僕と君とは違うから、「僕ら」って言い方は相応しくないか。)にとって足りないものが、努力や根気だ、ってわけじゃあないけどね。それはもう、絶対に。








君へ。
強く逞しい君へ。

「君はどこへ向かおうとしているのか?」なんて問いに意味は無いね。だって君は、光溢れる輝く未来へと、踏み出したところだからね。まず一歩、そして一歩と。

けれども僕は思うんだ。あの頃の君は、一体どこへ向かおうとしていたんだろうか、って。何を求めて歩いていたんだろう。多分、光を求めていたのだろうなと、僕は思うんだ。








君へ。
強く逞しい君へ。

今の君が歩き始めたのは眩い光に照らされた道。
あの頃の君が歩いていたのは光へ続くと信じてた道。








君へ。
強く逞しい君へ。

「あの頃の君が」という書き出しならば僕にでも書ける。「あの頃の僕が」という書き出しは残酷すぎて、弱くてただただ卑怯なだけの、僕には書けや、しないけど。




君へ。
強く逞しい君へ。

あの頃の君が今の君を見たら、どんな風に思うだろう。
きっと、君の強さと逞しさに感動するだろうね。
「凄い、僕がもしこんな風ならば!」って。

けれども決して、「僕もこんな風になりたい」とは思ってくれやしないだろうね。
君は、それほどのものじゃない。
僕がそうであるように。

多分、これはおそらくで、憶測に過ぎないのだけれど君はそれを、心のどこかで不満に思っているんだろう。もっと敬意を、もっと俺を、って。君は認めたくないかもしれないけれど。でも、それは違うんじゃないかな。あの頃の君が真っ暗闇のその道へ、レミーラも覚える前から踏み出したのは、そんなものの為じゃないだろう。




君へ。
強く逞しい君へ。

でも、でもね。僕は君を責めようなんて魂胆は毛頭無いんだ。なぜならば、もしも僕が今の君と同じ場所に茫然自失と突っ立ってたなら、同じように思っただろうから。そして付け加えるならば、もしも僕があの頃の君と同じ場所に居たならば、君のように駆け出したりはせず僕はどこへも踏み出さず、その場に座り込んでいただろう。「世の中なんてくだらない」とかなんとか言って。

その間中歩き続けた君は、少なくとも僕には手の届かない存在だ。もちろん僕だって他の誰かと同じように、君に憧れたり、君の強さを羨んだりはしないけれどね。それでも君が強くて逞しい、って事には変わりは無いんだから、それでいいんじゃないかな。








君へ。
強く逞しい君へ。

君は光り輝いている。君の未来が光り輝いていて、君の人生が光り輝いているのと同じように。君には愛する人がいて、君の愛する人は君を愛している。もちろん、今はまだそうじゃないかもしれないけれど、光り輝く君には君に相応しい将来が保証されている。なんてったって、君の行く道はまるで真昼のように煌々と、溢れる光で照らされているんだから。

君は何の不安も無しに、そこを歩いてゆけばよい。
だってそうだろう見てご覧、みんなそうしているじゃないか。ほら。








君へ。
強く逞しい君へ。

僕が知っている事といえば、人生は君が思っているよりもずっと長い、って事くらいだ。あの頃の君と今の君がそんなには離れていないのと同じくらいに、今の君とあの頃の君との間だって、そんなには離れていないと思うよ。

あの頃の君と今の君との差異がこれから先も、ずっと広がっていくかのように君は脅えているけれど、もしかしてそんなふうにはならないかもしれないじゃないか。そんなに臆病にならなくたっていいんじゃないかな。

その間中闇の中を走り続ける野犬の群れの垂らす涎の汚さと蠢き、時折漏れる遠吠えに君は脅えて焦ってとにかくどこかへ逃げようと、無意味に右往左往をしているけれど、そんなに焦らなくたっていいんじゃないかな。

その気になればいつだって、君の輝くその道逸れて、道路灯の光の見えるまでには、闇の方へ踏み出せるのだから。今では無駄に思える事も、何も無駄にはならないよ。








君へ。
強く逞しい君へ。

君は強い。
そして逞しい。

君の行く道は光り輝いていて、
君の人生は眩い光に溢れている。

何も恐れる事なんてないよ。
脅えずにただ、楽しめばいい。

君にはその権利があるし、
君にはそれだけの物がある。








君へ。
強く逞しい君へ。

僕は君の強さを褒めたり、
君の逞しさを称えたりはしないよ。

君の強さや逞しさは、
それほどのものじゃないからね。

けれども君は強い。
そして逞しい。

君が小さく誇るには、
もう十分すぎるほどに。








君へ。
強く逞しい君へ。
光溢れる未来を歩く、強く逞しい君へ。

僕は君のように強くも逞しくもないし、街灯も無ければはじょうびんもありやしないから、そしてあの頃の君のように見えない光を駆け続けたりは出来ないから、真っ暗闇を這い続けるよ。

立ち止まらずに、立ち上がらずに。
宵闇の中を、宵闇の方へ。
















強くも逞しくもない僕から君へ。
強く逞しい君へ。