ある非突然、人という人が忽然と消え失せ、地球上には僕ただ一人。



極楽、である。
極楽以外の何者でもない。
ちょっと想像してみただけで、思わず頬が緩んでしまう。








僕が、この世界に「際限のないしんどさ」を感じてしまうのはどうしてなのか、という事を考えてみるとそれは、この地球上に、人という生き物がこれでもか、これでもか、というくらいに大勢存在しているからである。

その、人間というものが、ある日突然、この地球上から完全に、忽然と姿を消したならば、それはもう、極楽である。極楽以外の何者でもない。「いやあ、それは困る」なんて人とは、はっきり申し上げて、絶対にお友達にはなれない。「そうだよね、極楽だよね」なんて人とは、はっきり申し上げて、絶対にお友達になりたくない。




「人間は、一人じゃあ生きてはいけないんだよ!?」だなどと、事あるごとに偉そうに、したり顔で語り出す輩、というのがこの世界にはたいそう沢山いるけれど、「忽然と人が姿を消した世界」を想像してみれば、そんな糞ったれた説教は、くだらねえアイデンティティな戯言に過ぎなかったんだ、ということがよく分かる。


だって、どう考えたって、一人で生きていける。何も困らない。衣食住、一切不自由しない。まったく困らない。衣も、食も、住も、地球上には満ちあふれている。これまで存在していた「満ちあふれている衣食住にはそれぞれ所有者が唾を付けて見張っている問題」は完全に消え失せる。

10年、20年、食べ物で困るなんてのは、想像出来ない。世界は食べ物で満ちあふれている。食べても食べても無くならない。一切まったく困らない。困る事なんて何一つない。もちろん、少しは困ったりするかもしれない。ユッケは食べられなくなるだろうし、黒糖風味のモダンな生菓子も食べられなくなるだろう。そういったものを食べる自由は失われるだろう。

けれども、困らない。

困らないどころか極楽である。なにしろ僕は完全に自由なのだから。もちろん、セントジェームズパークでダービーを見る自由は失われるかもしれない。確かに、ブリザードエンタテイメント社期待の新作(もちろん、ディアブロ3の事だ。)をプレイするチャンスは永遠に失われれるかもしれない。けれども、そんな小さな取るに足らない物事は、完全なる自由の前では取るに足らないどうでも良いことなのである。

「そんなのつまらないよ!?」なんてのは、まったくもって間違いだ。少なくとも僕は楽しい。想像してみただけでワクワクする。ちょっと出かければ本は読み放題だし、ゲームはやり放題だ。確かに電気が来なくなって、据え置きゲームが出来なくなるのは、ちょっと困るけどPSPは電池で動く。一生ゲームには困らない。


つまり、「人間は、一人じゃあ生きていけないんだよ!?」なんて類の話は、正味の話が脅迫だったんだ。「俺はおまえが一人では生きていない世界を構築する一派で、仮におまえが一人で生きていこうとしようものなら俺たちが全力でぶっ潰すぜ!」という脅し圧力その類だったんだ。「自分以外の何者かが自分無しで生きていける」という事を受け入れられない人達の共同幻想でしかなかったんだ、って事だ。








ああ、想像してみるだけで楽しい。
ワクワクする。興奮である。大興奮である。
胸のときめき抑えられない。世界は希望で満ちている。
今この瞬間にでも、人という人が忽然と消え失せ、地球上には僕ただ一人。

はやく来ないかな、そんな日が。