たまにだけれど、おもいっきり遊びたくなる。
けれども、どうすればいいのかわからない。遊びたいならば遊べばいいじゃない、という論法は、ここでは多分に正しいのだろうけれど、遊ぶ、とはどういうことなのかがわからない。いったい、何をすれば遊べるのか、想像もつかない。ただ、漠然と遊びたくなる。
遊びを定義する1つの手法として、楽しいことイコール遊び、というのがある。しかし、その定義を受け入れてしまうと、何をやっても楽しいと感じる事の出来ない人間は、一生遊ぶことなど出来ない、という事になってしまう。理不尽である。理不尽の極みであるである。何をしても楽しいと感じられない人間にだって、遊ぶ権利くらいはあるはずだ。
よくわからない。遊ぶという事がどういうことなのかもわからないし、「おもいっきり遊びたい」という衝動が何を意味しているのかすらも、よくわからない。けれども、そんなことはどうだっていい。それを理解したいのでは無くて、そうしたいだけなのだから。思いっきり遊びたいな。何もかも忘れて。それが叶わないならせめて、思いっきり眠りたいな。何もかも忘れて。