実名でブログを書かれると困る。僕が困る。



僕はブログと美少女にしか興味がない、平凡でありふれた正常な人間だ。
そこで問題になるのが、美少女の不在である。








僕はこれまで生きてきて、未だかつて美少女というものにお目にかかったことがない。けれども、僕は、美少女の存在を信じている。この広い宇宙のどこかに、必ずや、競泳水着を華麗に着こなして颯爽と街を行く美少女が存在していると信じている。


実際に僕が愛読しているブログを書いているブロガーは、全員が選りすぐりの美少女である。当然の話である。なぜならば、僕はブログと美少女にしか興味が無いからである。


競泳水着を着せて、椅子に座らせて、居眠りをさせて、だらしなく開けられた口からこぼれ落ちて来た涎をこっそりと、ぺろり、ぺろりと舐めとりたいと、そればかり、毎日毎日、夢に見ている。


ありとあらゆる状況証拠が、そのブログは、人生投了済みの中年男性が書いているブログである事を指し示していても、それは、変態ストーカーから自らの身を守り、世を偽る仮の姿であり、本当は美少女なのだと信じている。本当にそうなのだと確信している。


あらゆる状況証拠が、そのブログは、妻子在るよき父が書いているブログである事を指し示していても、それは変な人に付きまとわれない為の防御策であり、本当は美少女で、ししゃも足で、怒り肩で、貧乳もしくは美乳か巨乳で、間違いなく僕に惚れていると確信している。絶対処女だ。誇張でも何でもなく、嘘偽りなしに、そうなのだと確信している。


だから、実名でブログを書かれると、困る。僕が困る。だって、全てのブログが実名になるという事は、僕の人生から美少女が消失する事を意味するからである。それだけは、なんとしても阻止せねばならない。なぜならば、美少女の喪失は、夢と希望の喪失を意味するからである。僕らは美少女を守らねばならない。小倉秀夫の魔の手から、美少女を守らねばならない。なぜならば僕は美少女を愛していて、美少女は皆間違いなく僕に惚れているのだから。









つまり、僕は、今すぐにでも、故郷のミシガン州で「美少女を愛している!美少女を信じている!美少女の存在を信じている!全てのブロガーは美少女であると信じている!」とマイク片手にまくしたて、大統領選挙への出馬を表明したいくらいなのである。ロムニーか。