泣いても泣いても涙が止まらなかった夜、僕は何を考えていたのだろう。



泣いても泣いても涙が止まらなかった夜、僕は何を考えていたのだろう。どうしてあんなに悲しかったのか、どうしてあんなに悔しかったのか、どうしてあんなに辛かったのか。それらを思い出して、理解する事はそんなに難しい事ではない。僕は誰よりも凡庸な人間だから、僕の感じる悲しみや、苦しみや、辛さは、どれも皆凡庸なものだった。わかりやすい愚かさで、わかりやすい道筋を辿り、わかりやすい袋小路に陥って、わかりやすい幼稚さと無能さで、抑揚のない平凡な涙を流して唇を噛んだ。でも、あの夜、何を考えていたのかが思い出せない。何を思っていたのかが思い出せない。何を夢見て、何を望んでいたのかが思い出せない。

あの夜の悲しさを、今の自分にインストールするのは簡単だ。あの夜と同じように泣き濡れるのは簡単だ。筋道に沿ってあの悲しさや悔しさを指でなぞりながら辿れば、僕の心はあの日と同じように正しくはたらき、あの頃と同じように、逃げ出したくもなるだろうし、自分という生き物が全部嫌にだってなるだろう。けれども、あの頃のように思うことも出来なければ、あの夜のように感じることは出来ない。願いはもう、戻らないのだ。

全てが焼け落ちてしまった。悲しさと、苦しさと、愚かさで積み上げた楼閣の上から、それでも滅びる事のない、ちっぽけな夢とか、取るに足らない望みとか、小市民な憧れとか、思い、心、そういったものを最後に見渡したのは、何時の事だっただろう。広大さ。果てのなさ。360度の広がり。見渡す限りの情悪。木々に覆われた地平線。泣き疲れてへたりこんだ僕はその日から、自分の心を見つめる事を止めたのだ。その夜が特別だったわけではなく、いつだって僕は臆病で、いつだって僕は勇敢。誰よりも特別に女々しい。私というものから逃げだしたのだ。

自らで放った炎で焼け落ちた楼閣の残骸から、もう随分と歩いてきた。焦げた臭いは聞こえなくなったし、自分がどこにいるのかも、もはや見当が付かない。心地よい錯乱の中に居る。野蛮に光を求めて伸びる無節操に絡み合った青臭い植物の大群が行く手を遮り、絡み合う蔦が光を遮る。その一葉、一葉が、悲しみであり、苦しみであるという事はわかるけれど、その一葉々々の表面に何が書かれているのかを確かめる術は、もはや無い。

どの新芽も、どの若葉も、どの木の葉も、皆同じように天を目指す。あの夜と同じように、上へ、上へと育ってゆく。楼閣の上に一人立つ、僕の瞳に向かって伸び続ける。もうそこにはいない。僕はここに居る。行く宛はなく、行くことも出来ない。這い蹲って、息をする。