生の斑鳩、死の斑鳩。



斑鳩は生のゲームだ。
斑鳩はプレイヤーに生き延びる事を強いる。
望まぬ色に染まってでも斑鳩という世界を生きねばならない。

つまり、大衆は斑鳩を生き延びる為のゲームだと捉える。それは間違いではない。何故ならば、今更僕が言うまでもなく、斑鳩は生のゲームだからだ。彼らにとっての斑鳩は、楽しい楽しい自らの人生を再確認し、生きるという事を再体験する為のゲームだからだ。




けれども、斑鳩は死のゲームだ。
ただ、死ぬ為だけに斑鳩をプレイする人達。
彼らの国の斑鳩は、タイトルからもうエンディングなのだ。
生は楽しくなければならないが、死は寸分違わず美しくなければならない。

わかり合える日は決してこない。
違うゲームをしているのだから。