さらばジャーメインデフォー。



右手を後ろから左耳に、左手を前から右耳に被せ、音を遮り、静けさを得て、土星の輪のように回した両腕を強く締め付ける事により、脳を頭痛と思い出から守り、寝ころび、思索を巡らせていると、もの凄く腹立たしい事に思い当たった。




その腹立たしさたるや、立腹も立腹、まことにむかむか。怒り狂って激昂し、「ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!」と三度まで唱えて呪ったほど。




ところが2時間ばかりうとうとし、目が覚めてみれば、何に対して怒っていたのかすっかり忘れてしまっていた。あんなにも腹が立っていたのに、それがいったい何だったのか、まったく思い出せない。頭の中から完全に、消えてしまっていたのである。結果として僕の頭の中には「ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!」というおどろおどろしいフレーズと、爽やかな笑顔でウォームアップするジャーメインデフォーだけが取り残されたのである。




デフォーは問う。「わたしは、誰を蹴り殺せばよいのですか。」僕は答えに窮する。「それが、思い出せないのです。」彼はこちらを見つめて言う。「はやくしてください。わたしはこんなところで時間を無駄にしたくないのです。」視線を上げる勇気もない。「はやくしてください。おもいだしてください。わたしは誰を蹴り殺せばよいのですか。」




懸命に、懸命に思い出そうとすればするほど、頭の中はまるで空っぽ。そこにはただ、ジャーメインデフォー。「こたえてください。わたしは誰を蹴り殺せばよいのです。」一つ覚えに繰り返される問いに対する答えはまだ見つからない。何も思い出せないのだ。気分は沈む。デフォーが唸る。「はやくしてください。」




そんな風に言われても、難しいものは難しい。元来僕は慈愛に満ちた、丸くて大きな人であり、誰かを殺したいとか、誰かの足を引っ張りたいとか、そういった類の負け組思考とは縁遠い、気高く晴れやかな美男子なのだ。「はやくしてください。」デフォーは急かす。僕に問う。「わたしは誰を蹴り殺せばよいのです。」




「それが、思い出せないんですよ。」「思い出してください。はやく思い出してください。」「申し上げにくいのですが、帰っていただくわけにはいかないでしょうか。」「だめです。わたしは誰かを蹴り殺す為に呼び出されたのだから、誰かを蹴り殺さない事には帰れないのです。」「そう言われても、本当に思い出せないのです。」「元来僕は慈愛に満ちた・・・」「御託はいいから、はやくしてください。こんな所に居たくは無いのです。わたしははやく帰りたいのです。」「誰を蹴り殺せばよいのですか。」




困った。ヨルの苦悩が手に取るようだ。ジャーメインデフォーを持て余す。沈痛な空気が部屋中に満ちる。デフォーがそれを打ち破るべく言う。「では、こうしましょう。ウェインルーニーを蹴り殺します。それでいいでしょう。丸く収まる。」「駄目です。ただでさえ前に人がいないのに。」僕がそのように言うと、何が気に入らなかったのかはわからないけれど、彼は急に不機嫌になり、「ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!おまえなんか、ジャーメインデフォーに蹴り殺されてしまえ!」と三度まで唱えてこちらを睨み立ち去ったので、ジャーメインデフォーが嫌いになった。