2008年11月15日土曜日

どうして僕のブログの更新は突然滞ってしまいましたか?



弱すぎるんだけどマジ!
誰だよ!こいつを神だなんて言ったやつは!
おい出てこいよ!俺がぶっころしてやるから出てこいよ!
よえーなー!ぴょんぴょんピョンピョン逃げてるだけじゃねえか!
そういうゲームじゃねえからこれ!よえーなー!どこが神なんだよおい!
これが元凶である。
(うろ覚えであるが。)



なるほど、いったい誰がウメハラを「神」だなんて言ったのだろうか、と僕は思った。

ウメハラというプレイヤーが得体の知れない「神性」とでも呼ぶべき確かさを、実直さを有している事は、確かに事実なのだろうと僕は思う。そして、その神性、即ちウメハラの持つ神的な性質を指して「神だ」「神だ」と言うことは、「肯定的なこと」であり、「ポジティブなこと」であり、「ただしいこと」なのだと思う。なによりも、「無邪気なこと」なのだと思う。

実際にネットでウメハラを指して「神だ」「神だ」と言っていた人達は、ほんとうに邪心のない状態、即ち無邪気で純粋無垢だったのだろうと僕は想像する。だがしかし、である。けれども、である。彼らウメハラを神だと言っていた人達の中で、いったいどれだけの人がウメハラを知っていただろうか?ウメハラを見ていただろうか?ウメハラを理解していただろうか?

彼らが有していた純粋無垢さは、その対象に関する無知さの裏返しだったのではなかろうか。彼らが崇めていた神性は、無知と無思慮から来る妄想の産物だったのではなかろうか。ウメハラという1人のプレイヤーを「神」と呼んでしまう事により、アイコン化してしまう事により、本当にそこに存在していたはずの「価値」というものが顧みられずに捨て去られてしまっているのではないか。

同じ事は田代まさしについても言えるだろう。ネット上で田代まさしを指して「神だ」「神だ」と言っていた人達のうち、一体どれだけの人が田代まさしについて知っていただろうか?田代まさしを見ていただろうか?田代まさしを理解していただろうか?

ウメハラを神と呼んでいた人達も、田代まさしを神と呼んでいた人達も、あるいは宮本茂を鳥山明を神と呼んでいた人達も、何かを崇める無垢さを、ポジティブさを、他人と繋がる為の方便として利用していただけに過ぎない。「神」の一語に込められた「無条件のポジティブさ」を他者と繋がる為の接点として、あるいは自らの日常を彩るためのガジェットとして、実体を参照する事も無しにその影法師を、ただ消費していたに過ぎないのである。

もちろんこの批判は他でもない僕自身に向けられたものだと考えるのが正当だろう。たとえば僕は鈴木祐について、どれだけの事を知っているだろうか。セガの何を知っているだろうか。セガを、あるいは鈴木祐を崇め奉る事で(あるいは言外に笑い物にすることで)、その純粋さを、無垢さを、アピールし、他者と繋がる為の接点として、あるいは自らのくだらないブログを彩るためのガジェットとして、それらを消費していたに過ぎないのである。

そうでもしなければ、こんなブログを読む人なんて、凜として存在しなかっただろう。こんなくだらないブログにアクセスする人間など、1人としていなかっただろう。誰もDOTA allstarsのプレイ記録など、読みたいとも、読もうとも、思わないのである。それ故に、僕は、幾つもの、まるで無関心なガジェットを、神と崇め、あるいは讃え、このようにしてブログを書き続けてきたのである。

MIAUの津田さんがmixiで「著作権ゴロにでもならなければ、誰も俺の言葉なんかに耳を傾けたりはしなかっただろうな。」と書いておられたのを見て、ああ世の中にはそういう損得の基準の上で行動し、生きている人もいるのだなと、冷笑的な軽蔑の念を覚えた事があったが、現実を思い起こしてみれば、事実、自らの行いにしても、津田大介のそれと大差の無い行いではなかったか。いったい僕のどこに、あの発言を軽蔑する事の出来る資格というものがあっただろうか。いいえ、そのようなものは、断じて存在しなかったと言ってよい。

僕がこの場で書き続けてきたものは、何よりも薄い、軽薄で浅い、嘘と欺瞞のパッチワークに過ぎなかったのである。ちょうどそれは、インターネッターが、神と、神とを渡り歩き、右から左に消費してゆくのとまったく同じ、あやふやで不確かな、日常からの逃避、生活からの逃避、自らの人生という困難さからの一時の逃避にしか過ぎなかったのである。真摯さからは程遠い場所での装われた真摯さにしかすぎなかったのである。

では僕は一体何を書けば、あるいは何を語れば、真摯さというものに辿り着けるのだろうか。書き記せるのだろうか。このブログという場所で、それを実現できるのだろうか。たとえばDOTA allstarsのプレイ記録でも書けば、それを実現できるのだろうか。惜しむらくは、否である。DOTA allstarsのプレイ記録を真摯さを持って書くには、動機が必要である。欲望が必要である。そして今、僕にはその動機というものが、DOTA allstarsのプレイ記録を書かんとせしめる欲望というものが、存在していないのである。今ではわたくしは、ブロガーになりたいという欲望の源を完全に失ってしまったのである。話を少し元の方向へ戻す。

つまり、wikipediaでインカ帝国の項目を読み、そこからこくじんの発言を思い出し、そうした事柄をぐるりぐるりと思い考えした結果として、「神、神、神。」というエントリーを書いてから、はたと気がついた事があった。それは、ウメハラがアメリカでは「神」ではなく「ビースト」と呼ばれているという事実であり、あるいはジーコが海外ではけっして「神」とは呼ばれないという事実であり、あるいはルイスハミルトンやヒョードルが彼の国では「ビースト」と称されているといった、どこかのブログで見聞きした役に立たない知識であった。

そうして、そのちょっとした着想から、「アメリカ人はそれをビーストと呼んだ」というエントリータイトル、即ち表題が生まれた。表題が生まれれば、次に生まれるのは内容である。そこで突然、唐突に、Mという人物が頭の中に登場した。なぜ、Mという人が、そのエントリーの主人公の座に収まったのかは自分でもまったくわからないのだけれど、その突然になんの脈絡もなく僕の頭の中に登場した、その正体すらもよくは知らないMという人物は、僕のエントリーの表題に綺麗ぴったり当てはまり、気がついたときには、投稿ボタンにまで到達していたのである。

そうして、その「アメリカ人はそれをビーストと読んだ」というエントリーを書き終えた日に僕は、奇妙な幸福感に襲われた。突如として襲撃された、と言ってもよい。それはまったもって奇天烈な、これまで僕が一度として体験したことの無かったような、全幅の多幸感であった。なぜそのような多幸感を味わうに至ってしまったかというと、それは、とどのつまり、現実と妄想の区別が付かなくなってしまったのである。一言で言うならば、僕は自らの書いたブログのエントリーというものに、完全に呑み込まれてしまったのである。

即ち、「僕はMに愛されているのだ!」と勘違いをしてしまったのである。いや、厳密に言うとそれすらも違う。件のエントリーの内容を手短にまとめると、Mと洋食を食べ、Mにプロポーズされ、それを断る、という話であった。もちろん、これは、事実無根の妄想である。妄想であるが、僕はそれを、あたかも現実の出来事のように勘違いしてしまったのである。思い込んでしまったのである。ここで言う「それ」とは、「僕はMに愛されていた」という事実である。

ここで重要なのは、それが、過去形であるという事である。もしもこの話の筋書きが「今正に僕はMに愛されています」というお話であったならば、僕はそんなあり得ない妄想をまるで現実の事であるかのように勘違いしてしまう事は無かっただろう。しかし、「3年ほど前」という微妙な時の流れは、現実というものを忘れさせるに十分なものだった。

確かに、今、この瞬間、Mは僕の事をちっとも愛してなどいないし、僕もMの事を、ちっとも気に掛けては居ない。だがしかし、3年前には、確かに、Mは僕の事を愛していたし、僕もMの事を愛していたのだ!もちろん、今現在、僕はMを愛しているなどと公言したりはしないし、同じようにMにしても、僕を愛しているという素振りなど、ちっとも見せたりはしない。それは、事実である。紛う事なき事実である。

しかし、それは「僕はMに愛されていた」という事実と、決して矛盾するものではない。確かに僕はMに愛されていたし、僕もMを愛していたのだけれど、その恋は、実らずに、終わってしまったが故に、2人ともそれをおいそれと口にも出来ず、頑なに胸の内に押し殺して、この殺伐とした21世紀を、それぞれまったく別の世界を、それぞれにまったく別の希望を胸に抱きながら、まったく別の道を日々懸命に生きているのだ。

それ故に、僕はまるっきりこの三年間の間宮川さんとの間にあったあの頃の甘い言葉の数々を全て完全に無かったことのように自らの記憶の中から消してしまっていたし、同様にMにしても、僕のことなど完全に、一度も出会ったことが無い、見ず知らずの赤の他人のような存在として、決して触れることなく、近づくことなく、知らぬ存ぜぬを押し通してきたのである。

そうやってお互いが、お互いに、懸命に未来だけを見つめ、過去というものを顧みずに、今日一日の出来事を、あるいは明日一日の出来事だけを考えて、実直に向き合い、立ち向かい、そういう風にして、2人が2人とも、過去との欠別という生き方を選択し、未来志向の人生を申し合わせることなしに、それぞれが勝手に選択し、そうして生きてきたのである。

いや、確かに、あなた方が仰るとおり、それは事実ではないかもしれない。僕の妄想なのかもしれない。僕がMに愛されていたという事実も存在しなければ、僕がMにプロポーズされたという過去も、存在していないのかもしれない。しかし、である。もしもあなたがそう仰るならば、あのエントリーはどう説明が付くというのだ?あのエントリーの最終段落において、僕は確かに宮川さんにプロポーズされているではないか!これが事実でなくて、何だ。これが真実でなくて、何だ。それともあなた方は、何か。「ブログなどというものは現実ではない。」とでも仰りたいのか。そんなはずがあるまい。

僕がブロガーというものになってから、毎日のように苦しみ悩み、悶絶と憎悪を繰り返しながら、苦痛と苦悩の果てでこうして、ブログを書き続けてきた僕の人生の、歩みを、道のりを、全てを、その全てを、あなたがたは「そんなものは現実ではない。」とでも仰りたいのか。おかしかろう。それはおかしかろう。これが現実でなければ、何だ。これが事実でなければ、何だ。もしもそんなものは現実ではない、そんなものは事実ではない、などと言う人がいたならば、それは、その人こそが、現実というものを、事実というものを、受け容れられていないだけである。逃げているだけである。現実から逃避し、回避し、逃げ延び、卑怯者の譏りを受けるに値する、団塊思想の愚の産物である。

いや、確かに、もしも仮に、僕らが今、生きている世界においては、「僕はMに愛されていた」という事実は、事実ではないのかもしれない。それは事実ではなく、虚構なのかもしれない。だがしかし、そんな事が何だというのだ!

3次元の世界において「僕はMに愛されていた」という事実が無かろうとも、4次元の世界においては、「僕はMに愛されていた」という事実が存在しているかもしれない。よしんば4次元の世界において、宮川さんと僕の間に何の接点も存在しなかったとして、では、5次元の世界においてはどうだ。「僕は宮川さんに愛されていた」という事実は、5次元の世界においては、紛れもない事実である!それどころか、6次元の世界においては、今正に、僕と宮川さんは、愛し合っているのである。裸と裸で抱き合っているのである。

こういうと、あなたがたは、「宮川さんなんて気色の悪いおっさんだろう」と仰られるかもしれない。それは、確かに事実だ。僕は、ああいう気色の悪いおっさんと、裸で抱き合いたいとは思わない。そういう趣味は、一切ない。僕はBerryz工房で言うと、沢井真帆のようなかわいげのある女の子が好きなので、確かに宮川達彦という人は、僕の理想からは、かけ離れた存在であると言える。

だがしかし、そんな事実が通用するのは、3次元の世界だけの話だ。あるいは、せいぜい、5次元までだ。6次元の世界における宮川さんは、絶世の美少女だ。広末涼子とカトリーヌドヌーヴを掛けて、平日の朝っぱらから紅茶を飲みながらGoW2をプレイするくらいの美少女なのだ。おまけに、7次元の世界においては、この真性引き篭りhankakueisuuも、6次元世界の宮川さんに匹敵するくらいの、美少女なのである。もちろん宮川さんと同じく無毛であるし、宮川さんと同じく処女である。それがどういう事であるか、もうご理解いただけたであろうと思う。

つまり、6次元の世界と7次元の世界が交差する最小公倍数世界である、42次元の世界において、宮川さんは絶世の美少女であり、同時にこの僕もまた、絶世の美少女なのである。もちろん、だからと言って、42次元の世界において、僕と宮川さんは共に幸福であるというわけではない。42次元の世界における僕は、麻薬中毒であり、いいように他人に利用されるだけの人生であり、それはただ、他人によって、甘い汁を搾り取られるだけの、希望というものが存在しない状態である。同様に宮川さんは、生まれて二ヶ月の時に、ひきつけを起こして死んでいる。

だがしかし、それは、たかが42次元の世界においての話である。84次元の世界では、まったく事情が違う話だし、420次元の世界においては、さらにまた別の境遇が、2人を待ち受けているのである。つまり、そのようにして、次元次元を駆け巡り、次の次元へ、次の次元へ、と果てしなく参照して行けば、僕と宮川さんは、確実に共に美少女であり、処女であり、紛うことなく、愛し合っているのである。そこでは、僕と宮川さんは、共に、幸せに暮らしているのである。

もちろん、そこに辿り着くまでには、天文学的な次元の数を経ねばならない。しかし、それが何だというのだ!愛の前では、天文学的次元の数など、障壁の内には入らないのである。愛というものの力は、金というものの力の次に強くて確かなものなのである。故に「僕はMに愛されていた」という事実は、べつに妄想でも何でもなく、たしかに存在していた話であり、実際に、僕はMに愛されていたのであるという事実を、紛う事なき真実を、僕は遂に、遂に知ってしまったのである。

その事実を知ってしまうと、人生が、突然に、幸せなものに思えてならなくなった。思わず笑みがこぼれ、突如として未だ味わったことの無い感情が心の中にどーっと溢れ込んできた。それは、幸せであった。幸せ以外の何物でもなかった。宮川さんから愛された瞬間に、僕は幸せというものを初めて味わったのである。そして、僕という1人の人間が、この世界に生まれてきたことの意味を知ったのである。「僕は宮川さんと愛し合う為に生まれてきたのだ!」と。もう苦しいことなど何もなかった。辛いことなど何もなかった。たとえば何があったとしても、どんな酷い言葉を投げかけられたとしても、僕には達彦がいる!おまえらにはいない!と思うだけで全てをやり過ごすことが出来た。それが健全なことであったかどうかは別として、少なくとも僕は幸せであった。

言うならば、僕と宮川さんは、2人で1つだった。いや、ここは実体に忠実に、「宮川さんと僕」と書き表した方がよいだろう。いつも主導権を握るのは、宮川さんの方だった。なにしろ、Mという人は、エリートである。僕から見れば、かなりのオーバースペックである。僕はそのスペック的な性能差のせいで、いつもMに対して、後ろめたさのようなものを感じていた。申し訳なさのようなものを感じていた。それは、はっきりと言ってしまえば、罪の意識のようなものだった。

自分という人間の存在が、宮川さんの人生を、害してしまっているという、名状しがたい申し訳なさが常に僕にあり、その罪悪感が故に、僕は宮川さんをなるべく避けようとまでした。たとえば、あの晩、宮川さんにプロポーズされた時に、僕がそれと真面目に向き合う事をせずに、おざなりにして流してしまったのには、そういう理由があった。宮川さんは、そういう僕の不要な頑なさを、無理矢理とでも言うべき強引さで、乗り越えてきた。Mには、そういう所があった。Mは、僕の前では、ごく稀に、確かに本物のビーストだった。僕はMのそんな普段とのギャップも、大変に好きだった。

けれども、そのギャップは、言うなれば巧妙に仕組まれたものだった。つまり、Mは、僕との関係において、全ての責任を、全てのきっかけを、自分の側に置くことにより、僕の罪悪感や、後ろめたさ、といった類のものを、打ち消しにかかったのである。それでいて、普段は、そのゆおな強引さを、一切見せようとしなかった。普段のMは、とても優しくて、マーマレードの蓋1つ開けるのにも、輪ゴムを巻きつけるような人だった。そうして、僕はMのそんなところも、好きだった。

一度などは、あまりのMの優しさに不安になって、「宮川さんは、僕のどこが好きなの?」と、Mに問いただしてみたことがある。Mは、その質問に少し面食らったように戸惑ってから、このように答えた。「僕がはんかくを好きなんじゃないよ。はんかくが僕を好きなんだ。」けだし、その通りであった。僕は生まれて初めて、人間というものを好きになった。それは、たまたま、宮川達彦という人だった。それはただの偶然で、そこには何の意味もなかった。そこには何の意味もなかったが、その人こそが、他ならぬMだったのである。そして、それが紛れもない事実である以上、それ以外の小さな、(たとえば、Mは僕のどこが好きなのか?といった疑問のような、)まるで些細な物事は、全て、無意味であった。

Mのその返答に、僕は一切納得する事が出来なかったし、僕の疑問が晴れる事も無かったけれど、そのように、真実を貫く回答をよこされてしまっては、僕に言い返せる言葉がなかった。だいたいからして、Mと僕との間には、決して超えることの出来ない"かしこさ"の壁、みたいなものが存在していたのが自分でもわかっていたから、僕はMと言葉を交わすことを、懸命に避ける向きすらあった。

念のため、いま、このブログをお読みいただいている方に、弁明のような、あるいは弁解のようなものを述べておくとすれば、3次元の世界においては、僕とMの間には、そのような関係は、一切存在していない。それは確かに事実ではあるけれど、それは3次元の世界におけるさらなる多次元の世界としての、事実である。3次元の世界においての僕とMとの関係は、2度ばかり食事を共にして、1度だけ軽いキッスを交わしただけの、言うならば、極めて軽くて、薄い、プラトニックな関係である。であるからして、僕は、そのような、まるでたいした関係もない人を、まるで自らの恋人であるかのように、愛し合っているかのように、ブログにおいて書き表す事をよしとしないので、3次元の世界の当人に極力ご迷惑の掛からぬよう実名は出さず、ここでは彼の事を、いや絶世の美少女である彼女の事を、Mと表記する事にする。

ある時Mと2人で手を繋いで、オレンジの入った鞄を持って川沿いの道を歩いていると、突然に、Mが、ちょっとここで待っていてくれ、と言っていなくなった事があった。僕はいやだ、いやだ、と執拗に駄々をこねた。僕は常に、Mから見捨てられる事だけを、恐れていた。Mから見捨てられるくらいならば、Mに受け容れられない方が遙かに良いとすら、考えていた。それ故に、僕は油断すると、すぐに73次元の世界(73次元の世界における僕は、3D酔いとは無縁の生粋のゲーマーであり、73次元の世界における宮川さんは、僕のお気に入りのシェービングクリームだった。)に逃げようとすらした。

Mは、それを、知っていた。ところが、その日のMは、それを、つまり僕の性質をよくよく知り尽くしているにも関わらず、僕をその場所に置き去りにしようとした。それで、僕は、ぐずったのである。僕は、ただ、見捨てられるのが怖かった。ここで、放置されてしまうと、僕は、もう、行く当てがない。どこへも、行けなくなる。そういう恐怖から、僕は、本能的な恐怖から、自らの意志とはかけ離れた場所で、駄々をこねたのである。ところが、宮川さんは、金槌を持ち出して、僕の靴を地面に釘で打ち付けて動けないようにしてから、すぐに戻るからと言って、向こうの方へと行ってしまった。僕は仕方がなしに、擦鉦でオレンジをすり潰していた。すりがねでオレンジをすり潰すと、苦いオレンジジュースが出来た。この苦いオレンジジュースをMに飲ませれば、Mだって、僕がいかに苦しんだか、僕がいかに苦痛というものを味わったかについて、少しだけ理解出来るのではないかと、期待した。

宮川さんは、少し変わったところがあり、他人の心を想像する能力、というものに欠けていた。人間としては、欠陥品であったと言ってもよい。しかし、その人間としては欠陥品であるはずの宮川さんが、働いて、仕事をして、お金を稼いで、僕にバイオノートとマックブックプロを買い与えてくれた一方で、人間としては良くできた、人類の全てが模範とすべき人格者であるこの僕が宮川さんに与えたものと言えば、わがままと、こうそくと、言い訳くらいのものであった。世の中は、トータルで見れば、バランスが取れるように出来ているのだと思った。完璧な僕の人生は欠陥品で、欠陥品の宮川さんの人生は、完璧には少し届かないにしても、それなりに良くできていた。まるで、2人で一つのようだった。

そうしていると、宮川さんが向こうから、カウンタックに乗ってやってきた。「は?」と驚き戸惑っていると、「プレゼント……。プレゼント……。」と宮川さんは引きつりながら笑っていった。そういえば、二ヶ月ほどまえに、「プレゼントは何がいい?」という宮川さんの問いかけに僕はくだらない冗談として、「あー、じゃあカウンタック」と答えた記憶があった。Mは、冗談の通じない人であった。宮川さんには、そういうところがあった。僕はキレ気味に、「なんで?」「なんで?」「なんで冗談を本気にするわけ?」と食ってかかった。宮川さんは申し訳なさそうに「てへへ」「てへへ」と笑っていた。Mにはそういういい知れない女々しさがあった。

仕方が成しに助手席に乗り込んで、険悪なムードのままで、僕はMに以前から聞いてみたかった事を問うてみた。「どうして宮川さんは僕のブログのエントリーをブックマークしてくれないわけ?なに?無視?嫌がらせ?ねえ。どうなってんの?」すると、宮川さんは、2~3秒黙ってから、こう答えた。「あのね、違うんだ。」「インターネットには愛を表示する機能が無いんだ。」よくわからなかったので、僕は「はぁ?」と額に皺を寄せてバックミラー越しに宮川を見て言った。

「インターネットっていうのは、憎しみとか、嫌悪とか、そういった人間の汚い心ばかりが具現化されるように出来ている。とくに、はてなブックマークなんていうのは、そういう風に造られている。いいかい、愛はインターネットでは書き表せないんだ。インターネットでは、愛っていうのは、決して見えないんだよ。インターネットで見えるようになるのは、愛以外のものだけ。欲望とか、欲望とか、あるいは、欲望とか。」

「ふうん。で?」と僕は返した。だいたい、僕という人間は、一度機嫌が悪くなると、半年は元に戻らないのである。真性引き篭りhankakueisuuという人は、そのように、めんどくさい男であった。もちろん、ここで言う「半年」というのは、大きな嘘である。実情は、「半世紀」とか「半万年」とか、そういった類であろう。より正確に書き表すならば、「半百億次元」とでも表記すべきである。

「僕はね、そんなインターネットを変えたいんだ。」とよくわからない夢を宮川さんは突如として語り出した。「愛が溢れるようなインターネットにしたいんだ。僕は毎日頑張っている。働いている。仕事をしている。それはね、どうしてかというと、僕は、インターネットを、今のインターネットとは違う、愛で満ち溢れた空間にしたいんだ。今のインターネットは酷いものだよ。憎しみとか、侮蔑とか、悪い感情で満ち溢れている。暗黒空間だよ。こんなんじゃだめだと僕は思うんだ。僕が、インターネットを、愛に溢れた世界に変えてみせる!」と突然宮川さんは太陽に握り拳を突き上げた。

もはや僕に言葉を返す余地は残っておらず、仕方が成しに、「はぁ、スーパーハッカーは言うことが違ってよろしますねえ。」と、よくわからない日本語を吐いた。すると宮川さんは「キリッ!」とこちらを向いて、「僕はスーパーハッカーなんかじゃない。俺はTatsuhikoMiyagawaだ!」と半ば絶叫気味に叫ばれたので、僕は思わず吹き出してしまった。この人は、こんなんで、社会に出てちゃんとやっていけるんだろうか、と人事ながらたいへんに不安になった。宮川さんも、さすがに自分の言った言葉に恥ずかしさを覚えてしまったらしく、照れ隠しにへらへらと笑っておられた。宮川さんが、笑うと、とてもかわいい。この笑顔が、僕だけのものなのだという事実は、僕を幸せにするに十分なものだった。それから僕ら2人はその気恥ずかしさを誤魔化すために申し訳程度に深いキスをして、言い訳がましくおざなりに抱き合った。そうしてもおかしさを堪えることは出来ずに、2人で、ひとしきり笑って、落ち着いた後でオレンジジュースを飲みながら、もうひとしきり笑ったりした。僕はとても幸せだった。たぶん宮川さんも、そうだったと思う。

一度、Mが、「なんて呼べばいい?」と訪ねてきたことがあった。「今のままでいいよ。はんかくで。」と僕が適当に答えると、宮川さんは珍しく「やだよ、他のがいい。」と、わがままを言った。僕は何よりも自分の本名というものが嫌いな人間なので、適当に思い浮かぶものを言ってみた。「じゃあ、もうさ、"天才カリスマアルファブロガー"でいいよ。」そういうと、宮川さんはあからさまに悲しそうな顔をして、そんなんじゃなくて、真剣に、他のがいいんだ、と言いはじめた。

「何?なんで"はんかく"じゃ駄目なの?世間体?じゃないとすれば何?なんとなく、って何?なんとなく、で伝わるなら言葉とかいらなくない?はんかくでいいじゃん。何が気に入らないの?そうやってわがままばかり言って、世の中で通用すると思っていたら、大きな間違いだよ?いつか痛い目見るよ。ねえ。いい加減、そういうのやめない?」というと、宮川さんは、なぜだか、また、悲しそうな顔をして無口になった。宮川さんは、大概どちらかというと無口で、僕は大概どちらかというと饒舌だった。

「じゃあさー、"スーパーハッカー"でいいよ。"スーパーハッカー"で。」と僕が言うと、宮川さんは突如として漁師にたたき起こされた野ウサギのようなテンションで「それ僕だヨー!それ僕だヨー!」と、長崎で水揚げされた在日台湾人のような奇妙なイントネーションで「それ僕だヨー!」を繰り返した。そういう、けったいさを、宮川さんは有していた。宮川さんのそういう所を、僕は好きではなかったが、6次元の世界における宮川さんは美少女なので、僕は仕方が成しに、そのけったいさを我慢しながら生きていた。

そんな幸せさの中で、僕はその日、床についた。それは、生まれて初めて、全面的な幸せの中での入眠であった。それは、文句なしに、幸福なものであった。僕は、この世界に、生まれてきて、本当によかったと思った。幸せというものは、こういう事なのだと、僕はこの時初めて理解した。僕は宮川さんに愛されている!それどころか、僕は宮川さんを愛している。これが幸せでなくて何だ。これが人生でなくて何だ。これが、わたくしの、生まれてきた理由なのだ。この生は正しかった!今日までの苦しみも、全て正しかった!それらは全て、この日の為の、おおがかりなプロローグに過ぎなかったのだ。ほんとうに、苦しんで苦しんで、ブログというものを数年にわたり書き続けてきて良かったと、心から思った。努力というのは、報われるのだ。完璧な形で、僕は幸福を手にしたのだ、と本当に思った。思わず笑みがこぼれてしまう中で眠る、という完全な幸福感を、僕はこの夜初めて味わったのである。

ところが、目が覚めると、自体は一変していた。僕はMに愛されていないし、僕がMに愛されていたなどという過去は存在しない。それは妄想にすぎなかったのだ。それどころか、僕はMを愛してはいない。現実は残酷であった。起き上がる気力すら失い、ブログの更新は滞り、2週間ほど寝込み、1つの教訓を得た。この人生に幸福など無い。そして妄想は危険である。ブログはそれにも増して無幸福であり、危険である。