茶の間のボブサップ。



パレスチナ問題に関するブログやウェブサイトを読み漁っていると、しきりにボブサップ、ボブサップ、と連呼している人に出会った。彼に言わせると、イスラエルのガザ侵攻は、「ボブサップが咆哮するリングにあなたを放り込んで、それをK1と称するようなもの」らしい。あまりのナンセンスさに卒倒しそうになった。きっとあなた方も今ここで卒倒したはずである。「そんなものK1でもなんでもないです!」などと言っていたが、ではK1とは、いったいどのようなものなのだろう。

僕の知る限り、ボブ・サップという人は、「プロ格闘家が咆哮するリングに放り込まれたずぶの素人」だったはずである。言うならば、ボブこそが「あなた」だったはずだ。ステロイドでNFLを首になり、プロレスの練習生になるも芽が出ず、路頭に迷って日本に辿り着いた所を石井館長が拾い上げてプロデュースして売り出した。K1での初戦はK1のリングでタックルをしての反則負けだったはずだ。もちろん、台本通りだろう。K1で勝ったのだって、相手がまだやれるのにレフリーが必死で止めてのTKO勝ちではなかったか。あとは、「実はボブサップはただの素人だ」という事がばれて転落の一途を辿り、曙のような素人と素人同士で大晦日のメインイベントで戦わされる始末。

そんな、「素人をリングに上げてそれをK1と称する」の象徴的存在こそが、ボブサップだったはずである。ところが、そのボブサップが茶の間に届いた途端、「イスラエルのガザ侵攻は、ボブサップが咆哮するリングにあなたを放り込んで、それをK1と称するようなもの」に化ける。なんたる不思議。イスラエル、ユダヤ人どもの情報操作に騙されるな!とか叫んでおきながら、石井館長の遠い昔にネタが割れたはずのファンタジーな情報操作にはそのまま乗っかり、俺は正しいのだと信じて「ボブサップ」「ボブサップ」と一生懸命に連呼する。一体何がそうさせるのか。

世の中に使い捨てにされ醜態を晒し逃げ回り、やがてすぐに忘れ去られたボブサップ本人の知らぬ所で茶の間のボブサップは今日もガハハハと高らかに笑い、在りし日の肉体を誇示しているのだと思うと、少し安らかな気持ちになったが、自分が何について読むためにブログサーフィンを始めたのかを思い出して、インターネットは魔窟なりと思った。インターネットは魔窟なり。