自分のDNAが嫌い。



自分のどこが一番嫌いかというと、DNAが嫌い。比喩ではなく、DNAが嫌い。塩基配列が嫌い。僕はよく夢精する。どういう時に夢精したかを振り返ってみると、自己嫌悪が頂点に達したときに夢精する。その事実を統合して考えてみた結果、僕が夢精をするのは、DNAを毀損しようと試みているのだ、という結論に達したが、それが正しいかどうかを確かめる術はないし、仮にそうだとすればそれはまったくの徒労であろう。

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昨日、一昨日と、寝ても寝ても起きる気力が生まれずに寝て過ごした。2日で42時間くらい寝ていたようだ。眠たくないのに無理矢理に眠り続け、寝に寝まくって三度ほど夢精した。睡眠が足りている中でさらに寝ると、酷い頭痛に陥り、その酷い頭痛を押してさらに寝ると、さらに頭痛が酷くなるという事を再学習した。世の中は理不尽に満ちているという結論に達したが、それら理不尽も全て元を辿れば自業自得である。僕が悪い。仮に僕が全く悪くなかったとしても、その罪を認めて絞首台に駆け上るくらいに元気がない。何をする気力も無いけれど、たとえば気力が有ったとしても何も出来ない身なので、気分は楽だ。気分が楽な分、気分は沈む。僅かな救いともなる気楽さは、取り返しのつか無さに裏打ちされている。元気がない。やる気というものが起きない。違う生き物に生まれたかった。誰か精子くれないだろうか。たった40kgぽっちでいいんだけれど。