逃げる



突発的に泣きたくなって困る。僕にはもう、やる事がない。この人生において、やるべきことも、やりたいことも、何一つ無い。ただ漠然と「あの時ああしておけば」とか、「あの時こうしておけば」などと、昔の事を思い出しては、自分を責めてばかりいる。そして、自らに非難される事により、自分自身の価値を確認している。「僕は非難に値する人間なのだ!」と、いい気になっているのだ。とんだ思い上がりである。僕などという人間にそれ程の価値があった事はただの一度もないし、今後も決してありえない。これまでずっと軽薄で無価値であったし、これからもずっと軽薄で無価値だ。もう、自分が何に怯えているのかすら、今は理解が出来ない。

本当に、無念だ。人生というものが、生きるということが、パソコンの電源を入れてブログの投稿画面に向かうということが、こんなにもアホらしく、こんなにも嘘くさく、こんなにも虚しいものだなんて、僕には想像も出来なかった。悔しい。ひたすらに悔しい。こんな僕にでも、夢があったではないか。希望があったではないか。やりたいこと、書きたいこと、見たいもの、知りたいこと。いっぱいあったのに。あったはずなのに。どこへ行ってしまったんだろう。

「どうにかならないだろうか。」と、毎日思っている。「どうにかならないだろうか。」と、毎日考えている。本当は、そんなこと思いたくない。本当は、そんなこと考えたくない。けれども、少しでも気がゆるむと、毎日そんな事ばかり思ってしまう。どうにかなるはずがない。どうにもならないのだ。もうどうにもならないのだ。僕はこれまであらゆるものから逃げてきた。逃げてばかりいたのだ。その結果がこれなのだ。今の自分なのだ。今更立ち向かおうと思っても、周囲には何もないのだ。今更歩こうとしても、もう道はないのだ。大地はないのだ。どうにもならない。どうにもならない。もうどうにもならない。もう決してどうにもならない。

「どうして誰も助けてくれないんだろう」とか、「どうして誰も救ってはくれないのだろう」と、近頃時々思うようになった。そんな事を思うようになって、気がついたことがある。僕はこれまで生きてきて、誰かを助けた事などただの一度もなければ、誰かを救った事も、ただの一度も無い。誰かの力になったこともなく、誰かを勇気づけたこともない。今日まで生きてきて、僕がしたことと言えば、傷つけたことと、逃げたことだけなのだ。言うならば、僕は、この世界というものを、世の中というものを、見捨て続けてきただけなのだ。「逃げる」と書けば聞こえは良いが、それは、棄却に他ならない。

僕は見捨ててきたのだ。延々、見捨ててきたのだ。それもただ見捨てたのではない。取捨してきたのだ。自分に都合の良いものだけを手に取り、大切に抱えて、傷つけないように温存し、それ以外のものを、棄却して生きてきたのだ。鼻で笑い放り投げて見捨ててきたのだ。決して、僕が見捨てられたわけじゃない。僕が、見捨ててきたんだ。己の意志で、己のわがままで、己の強欲さで、僕が見捨てて生きてきたのである。明確に、僕が見捨てたのである。

なぜそんな事をしたかというと、見捨てられるのが怖かったからだ。傷つくのが怖かったからだ。思い上がるのが怖かったからだ。そうならないように、見捨てられないようにと、前もって、先んじて自らの意志で見捨てたのである。無視してゴミ箱に放り投げたのである。そんな自分が憎い。そんな自分が悔しい。だがなんだ。だからなんだ。もうどうにもならない。もう僕にはやるべきことがない。やりたいこともない。読みたいテキストも、やりたいゲームも、観たい映画も、行きたい場所も、書きたいブログも、食べたいものも、好きな人もいない。ただ逃げたい。WarCraft3をインストールすれば、一瞬でもそこから逃れる事が出来る。自分自身から自らから逃れる事が出来る。けれどもCDドライブのコードは切断されており、もう二度と動かない。もう逃げ場すらない。