今夜僕を必要としてくれる人は居ない。



西暦2008年という年を今僕がブログに書き記せる範囲内で書き示すならば、WarCraft3を買った年、くらいのものになる。同じように今僕に書き記せる範囲内で2009年という年を書き示すならば、やはりこれもまたWarCraft3をアホみたいに買いまくっている年、という事になる。遂に手持ちも尽きた。アンインストール終了のポップアップを見る度に、こんな事をする為に生まれてきたのではないはずだと思うのけれど、他にすることがない。

同じように、今日という日を今僕に書き記せる範囲で書き示すならば、WarCraft3をアンインストールし続けた日、という事になる。正確に書き表すならば、「インストールし続けた日」なのかもしれない。けれども、もはや今の僕には今日という日が「インストールし続けた日」なのか、「アンインストールし続けた日」なのかを判断出来るだけの正常さを持ち合わせていない。全く以て異常なのだ。インストールをするのも、アンインストールをするのも、同じように酷い気分だ。同じ気分でインストールをして、同じ気分でアンインストールをする。僕にとって、もはや両者は全くに同じ事なのだ。

これが最後のインストールだ、これが最後のアンインストールだ、これが最後のインストールキーなのだとその度に思い、そして裏切られる。何を裏切っているのかはわからないが、とにかく僕は裏切りものなのだ。よくわからないが苦しい。よくわからないがくだらない。よくわからないが全てが糞だ。なぜよくわからないかというと、わかろうとしないからだ。わかろうとする事から、ただひたすらに逃げているからだ。臆病者であるからだ。

とりあえず今もアンインストールはしたけれど、破棄して眠らない限り、目が覚めたら一番に再インストールするんだろう。いや、それ以前に今正にインストールしたくて眠れない。椅子から降りる事が出来ない。PCの電源を落とせない。くだらない。くだらない。僕はくだらない。

WarCraft3をアンインストールし続けて、1つだけ解ったことがある。WarCraft3をアンインストールすると、僕は誰からも必要とされなくなる。WarCraft3をアンインストールした僕は、完全に不要な人間なのだ。全くに不必要な人間なのだ。WarCraft3さえインストールしておけば、僕は必ずや誰かから必要とされる。常に必要とされ続ける。

その「必要とされかた」がたとえば「強くもなければ弱くもない、英語を喋れない疑似AI」でしかなかったとしても、それでも僕は必要とされる。WarCraft3をアンインストールしてしまえば僕は地球上誰からも必要とされなくなる。WarCraft3をインストールさえすれば、少なくとも最低1人からは必要とされる。僕自身から必要とされる。