他人を切ればニュースになり、自分を切ればイタイ人になり、縁を切れば頭がおかしくなって死ぬ。



中学一年生がカッターナイフで他人を切ってニュースになっていた。その理由が「仲間に入れてもらえなかったから」らしい。身につまされる話だ。中学一年と言うと、自分をいじめていた人に完全に依存していた。いじめている人の中で最も暴力を頻繁に振う人に完全に依存していた。理由は今でも解らない。他に縋れるものが無かったというだけの話だろう。殺すか死ぬかしか無いと思いながら完全に依存するという自分の頭の悪さに今でも消え入りたくなる。せめて蹴り倒されたときに足首を壊されていなければ、と今でも思うが、問題はそんなところには無いと言うこともよくわかっている。いつだってそんな風に責任を外部に、外部に求めてばかりだ。足首は今も痛い。

僕には自分自身というものがない。まったくない。存在していない。ぼんやりと起きて、ぼんやりとして、ぼんやりと寝る。そこには自らというものが全く存在していない。だから僕は、何かを好きになる事も出来ないし、誰かを好きになることも出来ない。依存する事しか出来ないのだ。何かに没頭することも、何かに熱中することも、何かに感動することも、何かを愛することも出来ない。依存する事しかできないのだ。何かを楽しむことも出来ないのだ。依存する事しかできないのだ。僕は糞だ。この人生には救いがない。救う気など毛頭ない自分だけが憎しみを手に立っている。憎い。ひたすらに憎い。霜焼けが赤い。