爽やかな朝。

片方の持ち手が割れてその機能性と美しさを、同時に完全に失ったプラスチック製の洗濯挟みのように、体を折り曲げて手と足を絡めモスクワの方をじっと見据えて目を閉じていると、爽やかな朝が瞼と壁の向こうに見えた。爽やかな朝に目が覚める。最悪の事態だ。寒さも無い。暑さもない。眠たさも、体の痛みも無い。一切の障害を持たない、自由で健やかな朝だ。そんな混じりっけ無い爽やかな朝が迫り出して呼吸が苦しくなる。呼吸が苦しくなるのならばまだいいが、呼吸が苦しくなりすらしない。呼吸が苦しくならない中で、呼吸が苦しくなる。息苦しさにすら見捨てられたのだ。我が身を守ってくれるものはもう、この地球上には何一つ存在しない。全ての痛覚が役に立たなくなってしまった。薄っぺらい欲望と、空虚な衝動だけが僕に寄り添って有る。そんなものは役に立たない。ああ、そんなものは役に立たない。痛みや悲しみや誰かを愛おしいと思う心が、これまで一切の役に立たなかったのと同じように。そうだ、俺は何の役にも立たなかった。けれども、今の自分は何の役にも立たない。この違いは、なんだ。全てが入念に証明され、全てが確定してしまったのだ。右中指の爪を左中指の爪で叩いてカチカチと音を立てる。何も起こらない。何の意味もない。無論、何の役にも立たない。自分の弱みを懸命に探す。1つ見つかる。「働けッ、働けッ」というフレーズが爽やかな朝に横たわる無様な僕の頭に浮かぶ。その言葉を胸の中で繰り返し叫び、自らを罵倒してみる。私には届かない。何の変化も無い。何の役にも立たない。椅子によじ登り、パソコンの電源を入れてみると、今日は祝日であるらしい。この爽やかさは祝日のそれだったのだ。僕は眠りながらにして、祝日の朝を感じ取る事が出来る、特殊な能力の持ち主である。無論、何の役にも立たない。もはや僕には何も届かない。勿論あなたにも、何も届かない。