妻も子も有る幸せそうな大金持ちが苦しみながら死んで行くのを椅子にもたれて眺めるのは最高の気分だ。

なぜ今心臓なのかというとそれはもう、心臓に関する話を幾つか読んだり見たりしたからだ。我が国の報道機関は年初来、心臓に関するニュースを伝えていたようだし、つい先日はプレミアリーグで選手の心臓が止まって倒れた。けれども、そんな読み流して然るべき心臓のニュースが心に留まってしまったのは、自分も小さな頃から心臓が時々痛むからだ。と言っても、右の心臓も左の心臓と同じように痛むので、明らかに心臓が痛いのではない。けれども、本人が「心臓が痛い」と思い続けて生きてきた以上、それは心臓の痛みなのだ。心痛は頭痛のように長時間続いたりはしないし、思考を妨げる事も無い。頭痛と比較すれば無害な存在だ。けれどもそこには、得体の知れない恐ろしさがある。


イングランドのプレミアリーグで黒人選手の心臓が止まって倒れた、というニュースを目にして、動画サイトを巡っていたら、関連動画に1つ気になったものがあった。




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後半の40分、試合終了間際に、1-0で勝っているチームの選手が意味も無く、ちんたら歩いて立ち止まり、ゲームの進行を妨げた。審判はそれを遅延行為と見なし、イエローカードを提示した。高くかざされたイエローカードを見上げたあとで、苦笑いをし、前屈みになって膝に手をついてから、選手は倒れて死んだ。テレビ中継は審判の顔をこれみよがしに放映していた。

そりゃあ、まあ、確かに、そうかもしれない。あの時点で審判がそれを、遅延行為と見なしてイエローカードを提示するのではなく、選手の体調を気遣って何かしていれば、助かったのかもしれない。たらればは厳禁だけれど、助かった可能性が無いとは言いきれない。

けれども、後半の40分である。1-0である。1点差である。遅延行為は普通の事じゃん。みんな得意気に、遅延行為やるじゃん。選手の交代時には時計が止まる競技が存在する一方で、ベンチから遠いサイドの選手を交代し、遅い遅い駆け足でベンチへと戻らせる事で時間を稼ぐ、という事が当たり前の競技がフットボールじゃん。

しかも、やれマレーシアだとか、やれインテリジェンスだとか言って、そういう行為の僅か向こう側、あるいは境界線上グレーゾーンの行為まで、当たり前の事として消化してきた。ここまでカードを貰っていないから、どうぞイエローカードを出してください、イエローカード上等といった立場での遅延行為や反則行為も、日常的に行われてきた。

そこへ来て、突然、後半の40分に1-0で勝っているチームの選手が行った、遅延行為(のような行動)に対してイエローカードを提示するという、自然で、当たり前のレフリングを、ビデオカメラと中継電波を使って非難する、というのは幾ら何でも違うのではないか。普通の仕事を、普通にこなしただけではないのか。

死んだ選手がイエローカードを見てなんでやねんと笑うシーンはテレビに映っているのだけれど、取り立てて体調が悪いようには見えなかった。小雨が振る中で90分間プレイして、とても疲れた選手、くらいにしか見えなかった。




誰だって、人の身を案ずるふりをしながらその実は、自分の利益しか考えていない。心臓が止まった選手が出ると、高給取りのサッカー選手達は、俺達は一つだとかだなんて、これ見よがしにやっているけれど、「殺したのは、おまえらだろ」と思わずには居られない。あなた方が遅延行為をして勝ち取った1ポイントの勝ち点、3ポイントの勝ち点、その勝ち点が一千二千と積もり積もったその果てに、イエローカードはかざされたんじゃん。あなた方が勝利の為に、勝ち点の為に、チームの為に、自分の為に、生活の為に、家族の為に、夢の為に、金の為に、将来の為に、キャリアの為に、積み重ね、勝ち取り続けた勝ち点が、イエローカードに化けたんじゃん。そういう事実の遙か彼方で、支援だとか何とか言っても、嘘くさいなあ、としか思わない。「金の為なら1人や2人」くらいの事は言ってくれないとさ。誰かが言っていたように、世の中金が全てなんだから。さらに関連動画を辿っていると、高そうな車に乗った高給取りの運転手が高速で壁に激突して火だるまになって死んでいた。幸せそうな大金持ちが苦しみながら死んで行くのを眺めるのは最高の気分だ。