暑さと寒さ

暑さは爪先に、寒さは腹に突き刺さる。他の何かは他のどこかに突き刺さるべく目指して飛ぶ。僕を見捨てて立ち去った眠たさと、物陰から姑息に視線を寄越す満月。鼻は詰まり、目は煮凍り、口は干涸らび、焦燥感も向上心も仕事をしない。同じ繰り返しの歳月の中で、奴らは僕に寄生する、ただのニートに成り下がった。老朽化と内ゲバの愚かな男の胸元に、同じ夜だけが健全さを見せつけながら無情に迫る。このままでは殺されてしまう。血を流し、死んでしまう。つかみ所の無い恐怖感も、もはや今では字面だけ。何もかもが遠のいてしまった。奥歯をずらして二度三度、無理に強く噛みしめてみると、口の奥で頬の筋肉の血管を流れる血の音か滲んで聞こえる。わたしは生きている。元気に生きている。誰にも会わず、誰とも会話せず、誰も愛さず、誰も憎まず。誰かを好きなんだと自分に言い聞かせたり、誰かを憎いと自らに言い付けたり、そういう無駄な事ばかりしている。人間であることを装うために、人間の心を想像し、その通りの感覚を覚えようとしている。そんな事をしても、人間にはなれない。人には戻れない。爪先に突き刺さった暑さも、腹に突き刺さった寒さも、気がつくと抜け落ち失われ、傷跡すらも見あたらない。痛みも面影も思い出せない。