見下す係

行き場を失った頭痛が吐き気になって鼻と口とをつんざいてくるのを止めようと、ニゴロブナのように口を開き、鼻を膨らませ、粘膜という粘膜を乾燥させて堪え忍んでいると眼球の上側から行き場を無くした脳味噌が前へ前へと迫り上がっては垂れて来て、顔を覆う真冬の凍った滝になって痛い。痛いだけなら幸せなのに、痛みで向こうが見えなくなる。勇気を出して鏡の前に二足歩行で立ってみても、瞳に映るのは憎しみ、憎悪。

他の何かであったはずの、正常な感情を取り込んで、巨大化し続ける間違った意識。せめて悲しみさえあればと、悲しい出来事を懸命に思い出してみるが、そんな事はどうでもよいのだと頭の痛さが具合の悪さと手を結び、僕の回りを輪になって踊る。4時間横になって僅か4時間、使い捨てにして戦って、そんな自分を鼻で笑って、過去と未来が捨てられた。また人生が失われた。少しだけながら楽にはなったが、それが快方へと向かっているからなのか、痛みを感じる心が死んだからなのかの区別が付かない。首から上いらん、首から上いらん。僅か少しばかり押し込まれ、聞き飽きたフレーズを喉の奥で唱える。首から上が役に立ったことなどただの一度もない。手榴弾でも花火の球でも、吹き飛ばせるならなんでもいい。せめて半分でも吹き飛ばせばだいぶ楽になる。目を閉じる事も瞬きも耐え難い。

あと5時間もすればいつものように、どうせよくなるんだろうという軽蔑だけがここにある。痛みは信用されない。悲しみは信用されない。向上心も信用されない。何も信じられないのよ、あなたの事は何も信じられないの、もう別れましょう。その提案は優れたものだが、自分と別れる術はない。今日も元気におなかがすいた。あら、働かなくてもおなかがすいたりするんだね、へーと、誰かが笑う。笑顔で笑う。いつからか僕は罵る係。僕はもっぱら見下す係。