テクニックとして他人を褒める人が嫌い。

自己啓発本を読んで感化されたのか、あるいは自己啓発ウェブサイトに影響されたのか、テクニックとして他人を褒める人が居る。他人を褒めれば人間関係が円滑になる。褒められた人はやる気が出て生産性も上がる。仕事も趣味も上手くいく。他人を褒めれば全てがよくなります。だから他人を褒めましょう。褒めることは、良い事です。まず褒めましょう。恐れず褒めましょう。もっと褒めましょう。褒めて褒めて褒め続ければ、褒める技術も向上し、よりよく褒められるでしょう。褒める事で、あなたの世界は素晴しいものになります。そんな虚ろな話を信じて、他人を褒める人が居る。

そんな話を鵜呑みにするような人間は、薄っぺらい。くだらない。安っぽい。造花みたいな連中である。連中は他人を褒める。他人を褒める事が、素晴しい世界を築くための、win-winのテクニックだと信じているから。他人を褒める事が、生産性を上げる為の、誰も悲しまない、誰も損をしない、win-winのテクニックだと信じているから。ところが、糞みたいな人間に褒められて喜ぶ人は居ない。褒められる、嬉しい、頑張ろう、というのは一定の信頼関係があって始めて成り立つものだ。




やな感じだ。
うっとおしい奴だ。
めんどくさい人だなあ。
……褒められた。

うざいなあ。
こっちくんなよ。
頼むから関わらないでくれ。
……褒められた。




これで全てが上手く回りますか?生産性が上がりますか?素晴しい未来が待っていますか?そんなわけがない。連中による他人を褒めるという行為は、誰かの心を萎えさせるだけだ。存在自体が害悪である。そして残念な事に、世界は害悪で満ちている。世の中にはそういう人が大勢居る。薄っぺらい。くだらない。安っぽい。尚かつ、テクニックとして人を褒める。そういう人が大勢居る。人を褒める。褒める事によって誰かを萎えさせる。他人を褒めて自分だけが気持ちよくなり、いい気になってご満悦。そういう奴らが大勢居る。

糞みたいな人間に褒められて喜ぶ人は居ない。まともな人は萎えるだけだ。ところが、世の中には、萎えない人が居る。まともでない人が居る。そう。連中である。テクニックとして他人を褒めるような連中である。連中は、連れ同士で褒め合う。仲間内で持ち上げあい、自分ら同士で褒め合って、いい気になる。そして彼等は確証を得る。「ほら、褒めて上手くいった。褒める事はいいことだ!」

薄っぺらい。くだらない。安っぽい。めんどくさい。糞うざい。害悪そのものである連中は、褒める事は正しい事だという確証を、仲間同士の舐め合いによって得る。自信を持つ。そして、"褒める"という行為を辺りに撒き散らす。




やな奴。
うとおしい。
めんどくさい人。
……褒められた。


うざい。
こっちくんな。
関わりたくないから。
……褒められた。




そんな風にして連中は、まともな人間を破壊する。薄っぺらい、くだらない、安っぽい、糞みたいな人間のみが連中によって力づけられ、意気盛んになる。そして連中はお互い同士で褒め合う。テクニックとして他人を褒める。連中だけが勢いを増す。褒めて褒められ増長する。まともな人間は心を折られ、砕かれ、破壊される。そんなふうにしてこの世界は、糞みたいな連中の、人を褒める声で埋め尽くされていく。薄っぺらい、くだらない、安っぽい、テクニックとして他人を褒める、糞みたいな連中の群れが幾つか残る。まともな人間は連中の褒め声に心を折られ、連中に見つからないように静かに暮らす。他人に褒められないよう秘かに暮らす。忌々しい連中が支配するこの世界から姿を隠す。