救いはない。

5分10分の些細な事でまるで再起不能に思えるような酷いダメージを受けている自分を眺めてみると、こういうダメージが蓄積された結果生まれたのがかつての自分だったのだろうし、その自らにさらにダメージが積み重なったのが今日の自分なのだろうと、味のしないシチューのような虚しさがこみ上げる。世の中にはこういった類いの不条理なストレスとは無縁の環境で育った人も居るのだろうという予測は決して想像力の欠如ではないと僕は確信しているし、そういう人たちとは精神の明るさの構造が違う。この人生にこれからこの先、一切の救いは存在していない。それだけは肝に銘じておかなければならない。