2005年1月5日水曜日

海水浴



「泳ぎに行こう」
と誘われたので、山の麓で立っていた。

「オーデコロンだ。」
と、僕は思った。
山臭さと蝉の声とオーデコロンだと思った。
しかし、それは山臭さと蝉の声とオーデコロンではなく、山臭さと蝉の声とサンオイルであった。オーデコロンとサンオイルの区別が理解出来るにはそれからかなりの月日が過ぎてからである。相当の馬鹿である。オーデコロンとサンオイルの違いは理解出来るようになったが、オートクチュールとオーデコロンの違いは未だに理解できない。多分、手作りの天然香水と合成香水の違いかなにかであろうと思うので、そういう事にしておこうと思って検索エンジンで調べてみた所全然違っていたので非常に、非常に。やるせない。


オーデコロンだと思いながら7個で200円くらいのたこ焼きや少し廃れたスト2に人が列成す様を眺めていたら日が暮れた。

誘われた事実自体が無かったのか、フェイント属性のワナであったのか、「友達とうまくいってるの?」などと顔をあわせる度に問われて見栄を張りたかったのかは忘れた。その全てであったような気もするのだが、思い出したくないので思い出さないでおく。

あの日の僕は希望に満ち溢れて待っていた事だけは確かである。
なぜあのように確信を持って待ち続けていられたのかは今でもよくわからないのだけれど、僕は必ず来るものであると信じて待っていた。人ではなく、自分自身を待っていたのであろう。夏の暑さに直立不動で。それが僕であるのかと思うと胸が痛む。自業自得という言葉が似合うようになるのは、それからだいぶの後の事である。

炎天下と呼ぶには少し遅い太陽の下で僕は何を考えていたのだろうかと必死に思い出してみたのだけれど、まったく思い出せない。
思い出したいのに思い出せないというのは辛く苦しい。
思い出したい事柄を思い出せないという事が辛く苦しいのではなく、その時その事を確かに覚え思っていた自分自身が失われてしまったのだという事実が、辛く苦しく、また、悲しい。

例えば、今しがたふと頭を過ぎった
「砂浜に打ち上げられた鯨を海に押し返した野球選手がいた」
という事実を確認するべく、必死に検索エンジンの検索ボタンを叩いてみたのだけれど、見つからずにむかつく。鯨を殺して野球選手だばんばばんとかそういうゴミばっかりひっかかる。侍ってのはな、けちんぼでずるくて卑怯で意気地なしで人殺しだ。野球なんぞやらん。多分、横浜の外野手だったと思うのだけれど、まあ、そんな事はどうでもいいので話を久遠の絆に戻す。


久遠の絆というゲームを僕は知らない。
また、台湾というものを僕は知らない。
バナナ、マンゴー、鉄観音、エロいのは男の罪、それお許さないのは女の罪!(挨拶)くらいは知っているけど、それ以上の物は知らない。あとはかっこ悪い戦闘機を持ってるらしいという事と、なんか凄い無法地帯でマフィアが牛耳っているらしいという事と、アルマジロみたいなのがいるって事と、高砂くらいしか知しらない。多分、色々間違っているのだろうけれど、それくらいしか知らない。

僕と台湾というものの関係を簡潔に述べると、DOTA allsatarsの台湾人限定部屋に入り、

「お前台湾人あるか?」
「ここ台湾人オンリーあるよ。台湾人じゃなかたらでてけ!」
とか言われた時に、
「走!!」
と返す程度の間柄である。あるいは、そのように問い詰められる前に「安安」などと先手を打つ程度の間柄である。何故わざわざ台湾というものについて5行6行書いたかというと、台湾人の作った面白いホームページを発見したのである。

久遠の絆ファンサイト IN 台湾
というホームページであり、久遠の絆というプレイステーションのマイナーなアドベンチャーゲームを扱った攻略サイトのようであるのだけれど、内容がおかしい。物凄くおかしい。狂気に満ちている。

「貴方は皇紀2662年4月17日から第105116人目の久遠の絆ファンでございます」
とか書いてあって物凄く古い。しかも、ゲームのファンサイトであると自称しているのに、突然日本書紀についての資料があったりする。

>大日本?耜友天皇 懿?天皇

>大日本?耜友天皇,磯城津?玉手看天皇第二子也
>母曰-渟名底仲媛命,事代主神孫-鴨王女也.
とか、この調子で延々続く。
もう、何がなんだかわからず物凄く面白い。
多分、普通の人はこのようなものを目にしても吹き出したりはせぬと思うので、「面白いだろ!」などと押し付けるような文章は書けぬのだけれど、とにかく笑えて仕方が無い。
なんか、すさのおのみことがやまたのおろちを退治しました!とか書いていて全然ギャルゲーファンサイトじゃない。表題に偽りがありまくりである。偽藤沢とか書いてあるのにもろに藤沢、くらいの勢いで表題に偽りがある。しかも、なんか自己紹介欄に「妻」とかあって妻帯者かと思って驚いたらその妻自体がゲームのキャラクターだったりする。末世だ。台湾はもう駄目だ。


僕はこのウェブサイトを見て滑稽だと思うと同時に、趣味というものに憧れる。僕には趣味と呼べるものが無い。

他人は興味、探究心というもので自らを突き動かしているのに、僕は恐怖で無理やりに動いている。なにを恐れてなにに怯えているのかは自分自身でもよくわからないのだけれど、とにかく怖い。他の人が趣味、娯楽、日常としてそれを行っているのに、僕が同じ事を行うと、コンテナを改造して作られた拷問部屋に放り込まれてクレーンでぶらぶらされているかのような気分になる。どうしてだろう。僕だって少しくらいは楽しみたいのに。

他の誰かは趣味として、娯楽として浮き輪とおむすびを持って砂浜へ向かうのだけれど、僕にとってそこはとてつもない場所であり、例えて言うならば鯨が砂浜へと突進して列成し死ぬようなものである。オタクになり損ねたのかな、などとも思わぬでもない。

ああ、鯨か、などと考えていたら、自分がなにかとてつもなく大きな存在であり、人や丘や海水浴などはちっぽけでつまらぬ世界の事だと思えてきて、少し落ち着いたので、もう一度潜る。
息継ぎなしで。