2005年1月24日月曜日

かたびら鎧



化け物がいた。
いつからかそこに化け物がいて、僕はそれを見てしまった。

今は僕の目に化け物は映らない。
けれども、まだ化け物は僕を見ている。
僕の見えない所から、じっと僕を見ているんだ。
絶対そうだ。まだいるんだ。僕の視界の外ってだけで。

あの時、疲れ果てて倒れこんで目を閉じなければ、恐れおののくことも、怯える事も、震える事も、苦しみもがく事も無かったのだろう。けれども、もう遅い。
僕は化け物を見てしまった。
化け物は僕を見ている。
物凄く恐い。

こんな事を書くと、「また真性引き篭もりがおかしな事を書いているよ」なんて思われてしまうのかもしれない。そうじゃない。そうじゃないんだ。僕は本当に化け物を見たんだ。これだけは信じてくれ。確かに僕は善人じゃない。嘘だっていっぱいついた。自分にだって見抜けないくらいの巧妙な嘘だ。くだらない事もいっぱい書いた。エントリー、いや、カテゴリーごと削除してしまいたくなるくらいにくだらない事だ。悪いこともいっぱいした。人に言えないような悪いことだ。けれども、これは違うんだ。お願いだ。信じてくれ。僕は見たんだ。本当に見たんだ。化け物を見たんだ。


あれは、なんて遡る程昔の事じゃあない。
巨人も大鵬も玉子焼きもハレー彗星もY2Kも過ぎ去った今の今、ついさっき、今しがたの事なんだ。
それが何だったのかはもう覚えていないのだけれど、僕は何かに疲れて倒れこんだんだ。そこまではいつもと同じの平凡な日常だったんだ。満腹の時とか、空腹の時とか、ブログを書いた時とか、ブログが書けない時とか、僕はすぐに倒れこんでしまう。弱いんだ。物凄く。
倒れこむ気力が無い時は、PCの電源もそのままに少し丸くなる。猫背なんかじゃない。少し丸くなるだけで、しゃんとしようと思えばいつだって、ずっとずっとしゃんとしていられるのだけれど、猫背になるんだ。ちょうど、バーチャファイターでガードボタンを押しっぱなしにしたような状態だ。猫背なんかじゃない。ディフェンスだ。

つまり、僕が倒れこむ時というのは、ガードもディフェンスもする必要が無く、倒れこみたいと思った瞬間に倒れこめるくらいに、気力と体力が満ち溢れている時って事なんだ。
そして僕は倒れこもうという思いに満ち溢れて、満ち溢れて倒れこみ、目を閉じたんだ。

そしたら、見たんだ。
化け物を見たんだ。
そしたら、いたんだ。
化け物がいたんだ。

足があって、手があって、帷子鎧を身に着けた化け物が目の前にいたんだ。目の前だぞ!本当に。
物凄く恐かった。
だって、僕は今日まで化け物なんて見た事が無かったんだから。
それに、アトランティスもムー大陸も占星術も細木和子もチュパカブラスもネッシーもUFOもナチスもドイツもエルビスプレスリーも信じない、物凄く健全で健康的な人間なんだ。

わかってる。
そこはちゃんとわかっているんだ。
アトランティスもムー大陸も占星術も細木和子もチュパカブラスもヤッシーもUFOもナチスもドイツもリンドンBジョンソンも全部全部あんなの嘘だ。嘘っぱちのとんとんちきだ。
けれども、それらとこれは別問題だ。化け物はいる。
足があって、手があって、帷子鎧を身に着けた化け物はいるんだ。


それは、僕の中にいた。
いや、ごめん、間違った。
僕の外だ。

それは、僕の外にいたんだ。
だって、そうだろ。
中にいたら見られない。
外にいたから見えたんだ。
いや、やっぱり中かもしれない。
外だ。外だ。だって僕は化け物じゃない。
健康的で希望に満ち溢れた無限の可能性を秘めた健全な青春時代真っ盛りのブロガーだ。若者だ。僕のスーパーヒーローだ。外だ。外にいたんだ。

いや、やっぱり中か?
もういいよ。
化け物は僕の中か外にいたんだ。
どっちだっていいだろ、そんな事は。
重要なのは、僕の目の前に化け物がいたって事実なんだから。




目の前にいたんだ。
それは動いてた。
手が動いていて、足が動いていて、帷子鎧が動いてた。
驚いたよ。
化け物が僕の部屋にいるなんてね。
僕の部屋は僕だけのものだと思っていた。
今日の今日まで、一人で引き篭もってきたつもりだった。
誰とも言葉なんて交わしていないし、誰とも会っちゃいない。
僕はずっと一人でいて、それはとてもいい事だと思っていたんだ。もしくは、悪い事だと思っていたんだ。いい事か悪い事だ。あるいはその両方か、両方でも無いかだ。どっちだっていいだろ、そんな事は。重要なのは、僕の目の前に化け物がいて、それは随分と前から僕の部屋にいたらしいって事なんだ。
一人だと思っていたのに、一人じゃなかったんだ。
驚いたね。これには。


そりゃあ、その瞬間は恐かったよ。
基本的には今でも恐い。
震えてる。
恐い。
なんたって化け物なんだから。
奴は人間じゃあない。
血も涙も無いね。
おそろしい。

けれども、化け物を目の前にすると、化け物もそんなに悪いもんじゃないなって気がしてきたんだ。
なにしろ、奴は手がある。
おまけに足があって、帷子鎧をつけている。
おまけに、僕がどれだけ醜くても僕を醜いと責めないし、僕がどれだけのろまでも僕がのろまだと責めない。割り切った関係といえば割り切った関係だし、適切な距離だといえば適切な距離だ。

僕と化け物の間には随分の開きがあり、けれども僕と化け物の距離は0だった。
それは心地のよいものではなかった。途方も無く恐かったし、正直途方にくれていた。恐ろしかったし痛かった。けれども5分か10分かして、恐怖を伴う驚きが過ぎ去ってからもじっと化け物を見つめていたら、化け物もそう悪くはないなって気がしてきたんだ。
これはいいぞ、って。

だって、足があって、手があって、帷子鎧を着けていて、僕なんかよりずっと立派だ。そりゃあ僕にも足があって、手があって、冴えない衣服を着ているけれど、冴えない足と冴えない手に冴えない衣服ってのは足手足手に帷子鎧と比べれば、随分と貧相だ。
僕は人間だしね。


冷静に化け物を見続けていると、ふと「これだ!」ってひらめいた。
犬の顔をした白い龍とか、緑色の飛ぶ人とかライオンとか、そういうのだと。
足があって、手があって、帷子鎧の化け物ってのは、それらと比べると随分とへんてこで無力で平凡でありきたりだ。けれども、足があって手があって帷子鎧の化け物が目の前にいるってのは凄い事であり、僕は特別な僕で、足がって手があって帷子鎧の化け物は特別な足があって手があって帷子鎧の化け物であるように思えてきたんだ。事実今でもそうだと思ってる。僕が倒れこんだのは、古びた本か出窓か洋だんすだったんだって。

特別な僕と特別な足があって手があって帷子鎧の化け物の接点のある関係というのは、この世界で自分は無力で平凡で何一つ成し遂げる事なんて出来ないんじゃないか、って思っているような頃合の人にとっては物凄く特別なものだろう。
僕はそうではないのだけれど、そうじゃない僕にとっても特別な関係だった。だから化け物がいとおしくなってきたし、もっと化け物に近づきたいと思った。
きっと傷つける事無しに化け物との適切な関係を築けると思ったし、僕が傷つけられるような事もない適切な距離を保った健全な関係ってものを手に入れられると思ったのだ。けど、それは幻だった。


僕がもっとしっかり見ようと目を開けたら、化け物は跡形も無く消え去った。
いや、違う。
僕の前から姿を消した。
さきほどまでは、足があって手があって帷子鎧の化け物が僕の視界の全てだったのに、僕の世界から完全に姿を消え去ってしまったんだ。

物凄く悲しかった。
僕は特別な僕で、化け物は特別な化け物で、僕と化け物の関係は特別な関係。
ひもとくと、僕が特別である根拠は化け物の存在だけだったんだから。
それが姿を消してしまい、僕は激しくうろたえた。

もしかして、鏡があれば化け物を見つけられるのかもしれないとかも思ったりもしたのだけれど、僕は真性引き篭もりであるからしてどうしようもなかったし、もう一度目を閉じたら化け物が再び現れてくれるんじゃないかって思って目を閉じてしばらくじっとしてみたけれど、遂に化け物は現れなかった。もう二度と。
それっきりだ。

物凄く悲しい。
僕はきっと特別な僕で、化け物はきっと特別な化け物だったのに。
もっと広い所で縦横無尽にやれたのに。
もう手遅れなんだ。
おそらくは。

僕が化け物を目にすることはもう無いし、多分化け物はもう僕を見ていない。特別な関係はあの一瞬だけ。いや、そんなものが本当に存在したのかどうかも疑わしい。
1人ってのは少なすぎる。
物凄く寂しいんだ。
朝も夜も春も夏もTVも携帯電話もDOTA allstarsも無い。
糸くずにでもしがみつきたくなるくらいに、ずっと一人っきりなんだ。
けれども、2人ってのは多すぎる。
物凄く煩わしいんだ。
朝も夜も春も夏もTVも携帯電話もDOTA allstarsもまっぴらごめんだ。

だからこそ、僕と化け物ってのは最高の、ちょうどいい塩梅だってピンときたんだ。特別な足と帷子鎧の化け物との間なら特別な関係を築けるだろうし、健全なコミニケーションを取れると思った。特別な世界が待っていると思ったんだ。けれども、そんなの全部なかったんだ。はじめから。
一人っきり、物凄く悲しい。
全部涙で流れてった。