2005年4月2日土曜日

荒らしは放置で、



何も考えずにただその瞬間、適当に思った事を書き残すというのは物凄く本位では無いのだけれど、どうしても書きたくなってしまったので投稿してしまう事にした。



僕が見るウェブサイトは大きく分けて次の3つである。

1つは、ニュース。
2つめは、ゲームサイト。
3つめは、よろしくやりたいサイト。


ニュースサイトは別として、ゲームサイトやよろしくやりたいサイトは物凄く末端の個人ウェブサイトである。

そのようなウェブサイトにある日突然チョンだとかチャンコロだとかいう文字列が現れては酷く沈む。一体、どうすればよいのだろう。



大昔、僕がまだインターネットというものを知らなかった頃、世界のどこかの国で不況で将来図がぼやけた若者が右傾化してどうこうだとかいう新聞記事や、極右政党が5議席確保してどうだとかいうニュースを聞いたりしていたけれど、それは現実ではないお伽の国のトロルであった。

それが気がついたら自分の周囲380度を包囲していた。



誰かが別に中国を信仰して朝日新聞を崇拝しようと、その逆であろうと、どうでもいいし関心は無いに等しい。ちゃかすつもりもなければ彼らの人生や考え行動というものに文句を言うつもりも干渉するつもりもまったくない。


とはいえ、それとは別に、よろしくやりたいサイトの2番目でチョンだとか強姦だとかそういう文字列が踊っているのを見ると、よろしくやりたいは覚めなくても萎える。別に左とかじゃなくて、単純に物凄く萎える。
だって、RIR6?さんが行く所まで行っちゃった左の人だとかそういう終わっている事実は理解出来るし、一部の方々が必死すぎて物凄く終わっているのも理解出来る。

けれどもそれとこれとは違うだろう。
なんというか、どうなんだろう。

そもそも、進級してクラス替えがあった時に同じクラスになった好きだった女学生が泣きだしたのとか、ってなんでこんな事書いているのだろう。まあ、とにかく悲しいという事である。



彼ら、即ち都合のよい仮想敵というものを捏造してレッツゲレロンする人々を指して、馬鹿だとかあほだとかまぬけだとか、より正確に言うと思慮が足り無さすぎるだろう、といった激昂に近い感情もあるのだけれど、それは別としてとにかく悲しい。


おそらく、真面目なサイトの真面目な人々、つまりは識者と言い換えられるような方々は1日15hitのネットゲームブログなんて読まないだろうし、場末の女学生の写真も赤裸々話も無いブログをよろしくやりたいと嘗め回す事も無いだろう。
一生目にする事のない無縁のインターネットなのだと思う。

そういう方々は「実に由々しき事態であるw」とか一言で終わりだろう。

けれども、僕は住人であり読者である。
ブックマークから削除してもう読まないでおこうと決めて忘れ去ろうとしてみたところで、切り株を覆うとりもちのような違和感が消える事は無い。


本当にわからない。
というか大学生の知性というか思考回路のシステムは一体どうなっているのだろう。国立大学の女学生がどういう日常を過ごせばチョンだとか強姦ビザだとか言い出すインターネットなのだろう。壮大なネタなのだろうか?とかそういう疑いすら持ってしまうくらいに理解が出来ない。

人間というものを過大評価しているのかもしれないと思う。
過大評価して幻想を抱いていたいのかもしれない。
自分が人間であるという点を抜きにしてもだ。
僕は多分おそらく人間というものを。保身の為かな。





どのような間違った事柄であっても、それなりの手続きが踏まれていたのならば距離を保った1読者としては構わないと思っている。1ブログ1ウェブサイト1個人としては、構わないと思う。
それを正当化する為の吹けば儲かる桶屋だとか、ねじ曲げられた詭弁の理論武装だとか、極端な話直接的な1例としての実体験だとか。

けれどもそういったものすら無しで、明らかに人生バラ色、少なくとも僕よりは遥かに充実した青春を送っている明らかに僕よりも頭が良くて満ち溢れた時間を過ごしている人間が、どうしてノーモーションでそういう投稿を行うのだろう。いくらなんでもボークすぎる。野球コメントをつけてくださったりしてる人達を意識して野球に例えてみた。すっげーファンサービス心旺盛だ。凄い媚び。いや、まあそういう手続きすら無しであっても別にどうって事はなく、いいんだけれど、よろしくやりたい女性アイドル(18)がダンボール魔だったくらいの勢いで朽ちる。


こういういかにも思った事をそのまま書きましたな投稿を行ってしまうのは望ましい事ではないのだけれど、これはどれだけ考えてもまともな文章になど出来ないであろうし、まあ率直に書く事に意味があるのかもしれないといったような気もするから書いているので、たまにはこういうのも許されるのだろう。許されないならば、許されないで構わないし。わからない。好きにしていいとは思ってないけど好きにする。



とにかく、右だとか左だとか人権だとかあるいはそういうのを抜きにした問題だとかを真面目に論じている方々は高台の上でやっているわけで、わかりやすく言うと住んでる世界が違うのである。

で、「そういう馬鹿はほっとけばよろし」という、ウェブサイトにおける「荒らしは放置で、」みたいな大前提の元で彼らは討論主張を行っているわけである。



そのほっとかれたブログ、放置されたインターネットのウェブサーファーである僕は、どのようにすればよいのだろう。放置され無視される悲しみを知っているから余計に辛い。重ねると住む世界が違うのだというだけであり、階層と境目と敷居のあるインターネットだという事なのだろうけれど。数字の1か、ノイズか誤差か。
両眼が干上がる湿度無風。