2005年4月21日木曜日

トリプルチーム(3)



もう一度、1ページ目に戻るべきだと僕は思った。
少しずつ狂い始めているものを、元の鞘へと収めるべきだと判断した。

仮にこれがワナだとすれば、今まで通りにしていればよい。
飽きた人からフェードアウトして行くだろう。思惑通りに。
その日まで適当に暇つぶしの道具として利用していればいいのだ。

けれども、もし、これがワナではなかったとしたら。
彼らの言う荒唐無稽なプロフィールが全て本当の事だったとしたら。
だとしたら。




だとしたら、僕は。

僕は誰の人生にも干渉するつもりは無い。
僕が不幸にするのは極めて閉じた範囲の回避不能であった不運というものに見舞われた数人は当面仕方が無いとしても、それをより広い範囲へと被害を拡大させるつもりは無いのだ。そのように傲慢ではないし、冷酷無比でもない。
必要なのは身分相応をわきまえるという正しさだ。
ジェットコースターに乗るつもりは無いのだ。

追いかけてくる奴がいたなら逃げる。
好かれたならば嫌われる。


逃げる術を知らず、捕まってしまった僕に出来る事はただ1つ。
嫌われるように努力する事だけであった。


これまでも、努力を重ねてきた。
丸めた布団を相手に背筋と身振りの練習をし、手鏡を盗んできては笑窪の出来ない自然な笑顔の作り方を練習し続けた。鼻が高くなるようにと左手で引っ張り続けてみたり、想定される全ての会話を紙に書き出してそれの返事をノートに書いて、寝る前に3度づつ抑揚をつけて小声で復唱したり、枕の下に「大丈夫」と6Bの鉛筆で書いた紙を敷いて寝たりといった徒労を積み重ねて生きてきた。
人に好かれんとする努力というものを繰り返してきた。
そうしても尚、嫌われ続けた。

それは天賦の才だと思われる程に、好かれる事など一度も無かった。
その力は真性引き篭もりhankakueisuuというブロガーの手により全て奪われ、嫌われる人からは嫌われ、好かれる人からは好かれる凡人へと成り下がった。

僕は思い上がっていたのだ。
自分は天才だと。
自分は特別な存在だと。

けれどもそうではない事を悟った僕は、嫌われようと努力をした。



「返信の来るメールの書き方」
というものを検索して調べ、そこで例として出されていた悪いメールというものの書き方をそのままなぞって嫌われ返事がもらえなくなるような文章でメールを書いた。

けれども、どうしてか返信が来た。
しかも、喜ばれた。
「私の為に苦手なメールを無理して書いてくれているのが伝わってきて、感激しました」
狂ってる。
何脳だよ。
エロゲー脳かときメモ脳かアンジェリーク脳か。なんなんだ。




チャットにおいては、ウォークラフト3で最も嫌われた有名なプレイヤーの口調をそのまま真似した。JK_69という彼の特徴は、ゲームの開始から終了まで全て大文字の英文で相手を罵倒し続けるというプレイスタイルであり、彼のリプレイが挙げられる度、リプレイサイトのコメント欄は荒れに荒れていた。

それは非常に素晴らしい嫌われのモデルケースであり、僕はそれを真似した。

「黙れ!」
「失せろ!」
「お断りだ!」
3つを繰り返した。

というか、なんか今見直すと物凄く嫌われそうな発言だな。
まあ・・・そりゃあそうか・・・嫌われようとしていたのだから。


それでもどうしてか嫌われなかった。
絶え間なくメールが届き、絶え間なくメッセに誘われ、絶え間なく暴言を吐いて尚、彼らはそれを止めなかった。ゲームをする暇も無いくらいに。








ブログにパソコンが壊れそうだと書くと、
「壊れたら半角さんの文章が読めなくなるからお姉さんがパソコン買ってあげる」
と来た。とりあえずもう大丈夫だという事にして、うまくあしらい断った。
刺激しないようにと、壊れかけたパソコンの事を書くのを止めた。

しばらくして、彼女はパソコンの北北東を進んできた。
「部屋借りてあげるからこっちに来ない?」
間髪入れず、「お断りだ!」と返した。
なにか、悲しそうな文章がしばらく続いて「考えといてね」と時間を与えられた。


彼女の話はつまらなかった。
誰よりもつまらなかった。

ある時、切込隊長と自分を比較しだした。
彼女の主張は切込隊長なんて、実は大した事無いというものだった。
自分の学歴が如何に優れているかを延々と説いた後で、それと比べればあんなの大した事無いの、「半角さんにはわからないでしょうけれど」私の方がずっと凄いのよ、と締めた。
どうでもよかった。
まったくもって興味が無かった。


彼女は、10分ごとに時間を気にした。
「まだ大丈夫?」
「今大丈夫?」
「悪くない?」
「いいの?」
僕が何か物凄い忙しい人間であると思い込んでいる様子だった。
ブログタイトルくらい読めよと強く思ったが、適当に無視していた。

ある時から、真面目に日本語をタイピングするのもうざくなって、
「a」
と打つようになった。
キーボードの左端に位置するそのキーを左の指で叩き、エンターキーを押すだけで、僕の時間を気遣っていたその姿は消え、解き放たれたようにつまらない話をし続けた。


上司の無能さ、同僚の馬鹿さ、男の愚かさを延々喋り続けた。
「今の職場は私一人で持っているようなものよ」誇らしげに言った。
いい加減読むのもうざったくなり、クロウルの背後で放置した。
再びフォーカスを戻すと「半角さんみたいな人はどこにもいないの」とあった。




ある日、彼女は唐突に映画を見たと言ってきた。
「マイケルダグラスがかっこよかった」
って一体何が言いたいんだ。

あんたの読んでるブログの管理人は全然マイケルじゃないしダグラスでもないわけ。
真性引き篭もり。真性の引き篭もりなの。わかる?物凄く引き篭もってるの。
もう、わけがわからなかった。
自分の身に何が起こっているのか理解が出来なかった。




突然、彼女は永遠に続くかと思われた愚痴と罵倒と嘆きを止めた。
「10年以上前の事だけど、」
と、昔の恋愛の話を始めた。

どこを歩いただとか、何を見上げただとか、どこに泊まっただとか、そういう興味のまったく沸かない話が延々と続き、その時僕が何をしていただろうかと少し考え、憂鬱になった。その彼がいかに優れた人物であったかを、延々と褒め称え続けた。
高学歴で体躯が良くて二枚目で、頭もセンスも優れていて、尚且つ正直だったらしい。



「彼とは、別れてからもいい友達だった」
「半角さんが好きなの」
ちょっと待て。
あんたは誰と話をしているんだ?

僕は中卒で、背が低くて、梅雨に2晩打たれた照る照る坊主みたいな体で、救いようの無い馬鹿で醜く嘘つきで、尚且つ数年誰とも口を聞いたことが無いような真性引き篭もりだぞ。
統合性がまったく取れていなかった。



彼女は突然言った。
それはあまりにも脈絡が無く、長い同僚への愚痴の直後に、
「まだ大丈夫?」
と時間を気にした後の事だった。


「結婚しましょう」
メッセを切断し、終了した。

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トリプルチーム(4)