2005年4月21日木曜日

トリプルチーム(4)



STFU。
STFU。
plspls。
これは一体なんなんだ。
好き放題ブログを書きたいだけなのに。

3人のうちの1人が、ある時ご丁寧にも好きな投稿ランキングというものを送りつけてきてくれた。その一覧を眺めて、こういうものを書いてはいけないのだなと僕は学習した。
というか、書けなくなった。

テキストエディタのアウトラインには、大量に投稿のあらすじとフレーズだけが溜まって行った。しばらく前ならば、喜び勇んで投稿していただろう内容の下書きが次から次へとbyteを埋めた。
けれども、それを書こうとすると、どうしてか指が進まなくなった。
クロウルをダウンロードして、ゴミ箱に捨てて、tfをダウンロードして、ゴミ箱に捨てて、IEを立ち上げて、IEを閉じて。違う投稿を書き上げて、書く事リストだけが溜まり続けた。


彼女らは口を揃えて言った。
「昔のログも全部読んだ」
いい迷惑だ。だからなんだ。
たかがブログを読んだくらいで何もかも知ったつもりか。
というか本当に読んだのだろうか。
真性で、引き篭もりで、狂気をはらんでいる。
まともな神経があったならばメールなんてしないだろうに。


「昔の方が好きだった。けれども今も好き。」
昔の方が、とういのは僕の方向転換が成功している事を示していた。
けれども、というのはそれが決定的な効果を発揮できていない事を示していた。



彼女らは明らかに僕を好いていた。
目的は、嫌われる事。
傷つける事ではなかった。
それは途方も無く困難な作業で、ただただ僕を消耗させた。







しばらく、日を置いた後、彼女は丁寧に切り出した。
自分がいかに生活力があるかを説明し、ネットゲームだけやっていればいいの。
いてくれるだけでいいの。だから一緒になろうよ、と。

そこから2つに分岐した。
1つめは、前にも聞いた部屋を借りてあげるからというもの。
2つめは、すぐに離婚しても半角さんはこれだけ得をする、というものだった。




「一日でいいの、一日で」
そう繰り返した。1日、1日と。

彼女は唐突に月10万円だと・・・と、1日の離婚で得た金で何年引き篭もれるかを数字に書き始めた。「10万円(笑)」と僕が笑うと、慌てて月20万円だと・・・と計算しだし、「一生は無理か」と寂しそうにつぶやいて、勢いを失った。



「働いてもっと稼ぐから」
彼女は話は致命的なまでにつまらないながらもそれなりに美人で、とても魅力のある人だった。にもかかわらず、彼女は金の話をし続けた。服も靴も送ってあげるといいだし、こちらに来ればゲームだって好きなだけ出来るし、サッカーだって見られると、その利を説いた。



「私は貴方を救えるの」
あまりにも短絡的だと思った。
白馬の王子様が来ないから、白馬の王子様になってやるって寸法なのはよく理解できたが、選ぶ相手を間違えているとしか思えなかった。

彼女は自分の稼いだ金が自分自身を幸せにはしていないという事は理解しているようだった。けれども、その自分自身すら救えない金というものが他の誰かを救えると頑なに信じている様子だった。確かに、救えるのかもしれない。他の誰かならば。









彼らとのメッセは非常に楽だった。
僕が何1つ喋らずにいても、町を流れる電光掲示板のようにピコンピコンと発言が続いた。気が向いたらそれを適当に読み漁るだけで、1分2分の暇は潰れたし、チャットなんかした事の無い僕にとっては適当に発言すればそれへのレスポンスが5秒足らずで返ってくるというのは結構新鮮で、面白かった。

うざくなったら、即落ちればよいだけだった。
「昨日は長い間ありがとうございました」
といった的外れなメールが届き、それまで通りの関係が続いた。
嫌われる事はなかった。傷つけたかどうかはわからないが。


彼らからのメッセが入った時、完璧に断れる台詞があった。
「今ブログ書いてる」
と言えば、丁寧な謝罪が寄越されて、僕がブログを書き終えるまで彼らは待っていた。
いや、実際にブログを書いていた事など一度として無かったのだが。
1時間でも2時間でもした後で、適当にこちらから発言すれば、「もう大丈夫?」と気遣われ、何事も無かったかのようにメッセが始まった。
何が大丈夫なのか理解が出来なかった。















彼女が4通目か5通目のメールで「アメリカ在住です」と突然に奇想天外な妄想を繰り広げた時からしばらくして、僕は彼女ともメッセをするようになった。


「半角さんって頭いいよね」
同意を求めるような文章から始まった。

「私なんか馬鹿だから」
確かに馬鹿だなと思った。



彼女はいかに自分が馬鹿なのに比較して、真性引き篭もりhankakueisuuというものが知的で優れているかを褒め称え始めた。

「貴方の全てが知りたいの」
間髪入れず「お断りだ!」と返した。
彼女はハハハと笑っていた。



「私は本とか読んだ事が無くて・・・」
と始まり、偉い、凄い、賢いと続いた。一体誰がだ。
それは一体誰に向かって言っているのだ。
どこか他のブログを読んでいるとしか思えない発言が続いた。

頭を抱えた。
どうすれば嫌われるのか考え悩んでみたものの、答えは出なかった。



ある時、どういうきっかけか、とある作家の名前が出た。
その作家は、昔好きだった映画の原作者だった。

僕がその映画で好きだった点は、屈強な男どもがドス黒い血を流しながら無慈悲な叫びを上げつつ倒れていくシーンである。そのシーンをビデオで何度も見ては「皆殺しにしてやる……皆殺しにしてやる……」とぶつぶつ呟く健全な少年時代を過ごしていた。
その映画のそのシーンは僕の頼りすがる希望の具現化した姿であった。

僕は少し興味が出て、彼女に問いかけた。
「邦訳で読むの?それとも、原文で読むの?」

間髪入れずに彼女は答えた。
「両方よ!」

物凄い自信だった。
「当たり前じゃない!好きな人のは全部読みたいでしょう?」
何が当たり前なのかまったく理解が出来なかった。
ゲームに対する1日20分の制限が取り払われてからというもの、僕は読書というものが出来なくなった。5分も読めば目がかしばみ、心と体がゲームを渇望した。
彼女が当たり前だと言った世界は、RingOfRegenerationをリングオブレギュレーションと読む程度の力しかない僕には存在していないようなものだった。

「本なんか読んだ事なくて」
という作り上げられたディテールはあっという間に崩れ落ち、何か途方も無い知性がそこにいた。僕は彼女が恐ろしくなり、どこかに隠れようとしたものの隠れる場所などどこにもなく、メールとメッセが逃げ場無く届き続けた。




誰かと同じように切り出した。
「一緒に住もう。」
おいおい。
いい冗談だ。
そこはアメリカだって設定だろ。

「月2万5000円、ルームメイト。」
どうしてか、ドルではなくて円だった。

金を出すという人と金を出せという人。
どちらも狂っていると思った。




「この国では男も女も老いも若きも強くなるの」
私は強い、と自分を評した後に彼女は続けた。

彼女の言う強さとは一体何なのだろうかと思った。
真性引き篭もり相手にメールをし続けるというのは弱さの象徴のように思えた。なのに彼女は強いと言った。何がだ。強さとは自分を偽る傲慢さなのか。
それならば僕もそれなりに強い
いや、そんな国は御免だ。


「私は貴方を癒す事が出来る。」
ブログの更新は心労でしょう。
と、ブログを更新する事の辛さに理解を示した後でそう言った。
一番心労なのは、ブログでは無くて他の何かだった。
だんまりを決め込んだ。


「私だけはずっと貴方の味方だ。」
ブログが荒れに荒れている時、彼女はそう言って寄越した。
丁度同じ頃、似たようなメールが他に2通あった。
僕を癒してくれるものは敵のみだと知った。


「世界は本当に素晴らしいの」
突然、引き篭もりを非難した。
なんだってあるの、なんだって。
それをまるで万能薬のように褒め称えた。
そんなに外の世界というものが素晴らしいのなら、それに救いを求めろよと思った。
真性引き篭もりにメールするよりまず先に。










何が狙いだ。
どうすればいいのだ。
どのような対応をしても、メールやメッセが止む事は無かった。

「今日は半角さんと話をするために残業せずに帰ってきたの」
うーん、、。
これは一体なんなんだ。

「今日は半角さんと話をするために30分早く起きたの。よかった、いてくれて。」
さっぱりだ。
さっぱりわからない。


何が言いたいんだ。
何がしたいんだ。
どうしたいだ。

3人のオンライン時間はずれており、望めば絶え間なくチャットをし続ける事が可能だった。しかもそのうち1人は一方的とはいえエロチャットだった。
高麗和男を罵る裏でエロチャットをする真性引き篭もり。
自分の正義が大きく揺らいだ。
倫理的危機だった。





ある時、3人同時にメッセをするハメに陥った。
物凄くうざったかったので、コピーアンドペーストで切り抜けた。

左の発言を真ん中に、真ん中の発言を右に、右の発言を左に。
そういう事を数時間繰り返した。
彼女らは嬉しそうに喋り続け、その中でタイピング速度の速さを褒めた。
「半角さんって凄い」


やがて「長い間相手をしてくれて本当にありがとう」と口々に言い、静寂が戻った。
なにかいけない事をしてしまったかのような罪悪感に捕らわれた。
何も悪い事なんてしていないのに。








「よろしくやりましょう!」
で始まった彼女との電信はまったくもって奇妙なものだった。
彼女からのメールには必ず画像ファイルが添えられていた。
真性引き篭もりをバイオのノートで閲覧中の画像もあった。
よく出来たコラージュだな、とネカマの技術力に感心した。


彼女の言い分は少し違った。
「これは愛なの」
これ、ってのが何なのかは解らなかった。
とにかく、彼女は愛だと称した。


全てが奇妙だった。
「歯を磨いてくる!」
と言っては、磨いてあげるとしつこく付き纏った。
どうあしらえばその付き纏いが終了するのか理解できず、色々苦難してみたものの、1つわかった事は、彼女が飽きるまでその付き纏いが続くという事だった。かと言って無視を決め込むと、無視するな無視するなと延々文句が流れ続けた。音声で。
挙句の果てに嘘泣きを経て嬌声。
うざいので切断すると、すぐに幼稚な嫌がらせのメールか、大人びた謝罪のメールが届いていた。どちらにしろ、少しほぐれた画像が送付されていた。


「風呂に入ってくる!」
と言っては、一緒に入ろうと言い出した。
どうあしらえば終わるのか想像も出来なかった。
新しい形の苦痛であった。



冗談じゃなくて、と前置きして彼女は言った。
「本当にこれは愛なの」
本当に迷惑だった。


彼女は突然真面目に自分の男性遍歴を書き始めた。
「私、男運が悪くて」と、これまで付き合った人間がどれ程までに極悪非道の所業を成したかを、彼女には似つかわしくない文章で長い時間をかけて淡々と書き続けた。
僕は「a」すら挟む事が出来ずにそれをただ只管読んだ。

やがて、あらかたを語り終えた彼女は唐突に言った。
「真性引き篭もりさんはそういう人じゃないから」
それは男運が悪いのではなく、男を見る目が無いのではという疑問が芽生えた。
けれども、言わずに飲み込んだ。
飲み込むしかなかった。



彼女のメールは奇妙だった。
メッセとはまったく違う折り目正しい段落づいた文章と、それに似つかわしくない画像ファイルが添えられていた。冷静に考えれば、2人一組で僕をハメようとしている罠だとしか思えないくらいにメールとメッセの文章の間には、越えられない位の差異があった。その埋められないかに思えた差異は、yahooメッセのビデオチャットによって埋められた。彼女は1人だった。丁度、真性引き篭もりhankakueisuuと僕が1人であるように。



ある時僕にどんな音楽を聴くのか?と聞いてきた。
あまりにもしつこいので、あまり好きではない古い歌手の名前を出した。

彼女のリアクションはドン引きだった。
明らかにテンションが落ちており、嫌われる兆候だった。
趣味悪いね、と言いたげだった。


2日ほどして、彼女からメールが届いた。
そこには、その歌手のアルバムを買った事、そしてその歌詞が寂しさと喜びと愛に満ち溢れたものである事、半角さんも寂しいのね、と書いた後で、私も寂しいと続き、愛していますと終わっていた。

僕もそのアルバムを持っていた。
一番出来の悪いアルバムだった。

僕が持っているその歌手のアルバムは全て英語版で、歌詞の意味なんてまったくわからなかった。唯一好きな点は、かき鳴らされる弦楽器の不協和音のみであり、歌詞なんてまったく知らなかった。彼女は特徴的な弦楽器に触れる事はなく、歌詞ばかりを褒めた。

英語を聴き取れるのか?それとも、邦訳を読んだだけか?
と問いただしたかったのだけれど、おそろしくてやめた。
もし、「英語を聞き取った」という回答が返ってきたら、立ち直れないくらいのダメージを被るような気がしたからだ。

とりあえず僕はその歌手のオフィシャルサイトに行き、邦訳の歌詞を少し読んだ。少しも心が動かされない平凡な詩がそこにはあった。
何から何まで、ずれていた。





「聞いて?」
と念を押し始まった文章はもっと理解できなかった。

「私、半角さんと出会ってからセックスしてないの」
いや、待て、待つんだ。
そもそも、出会っていない。
お前は何が言いたいのだ。

「これって、凄い事なのよ?わかってる?」
解らなかった。
そもそも異性に触れた記憶すらない。
セックスって何?食べれるの?ってレベル。
それ以前にオナニーって何?ってくらいに体力が無い。

というか、誰と喋っているんだ?
誰とメールしているんだ?
誰とメッセしているんだ?
誰にエロチャットを仕掛けているんだ?
真性引き篭もり、わかる?
真性引き篭もり。
つまり、物凄く引き篭もっているわけ。

「半角さんはいい人」って、ブログ読んでる?
何をやっているか本当に見てる?
どこがいい人なの?
どこが?
ねえ。
マジで。
誰と喋ってんの?
誰に脳内片思いしてんの?





「交通費は出すから」
同棲、同棲、と繰り返した。
それがいかにばら色の日々であるかを説明しだした。
聞けば聞くほど地獄としか思えないような解説が続いた後「今すぐ!」と続いた。

「今すぐ来て!もう我慢できない」
我慢しろ。


「私は貴方を幸せに出来る」
との主張が繰り返し成された。
幸せの意味を履き違えていると僕は思った。
何から何までずれていた。重なる部分はまったく無かった。


自分が性欲の対象として見られているという事に気がついた。
それは、恐怖だった。

夜道で足音やカブのエンジン音が後ろから迫る恐怖というものに不必要に怯える女性がいるように、真性引き篭もりhankakueisuuを褒める言葉の全てが恐怖に見えた。
執拗に当ブログを読み続けている場違いな大人の男達がもし飢えた女性だったとしたら、彼らも同じように襲い掛かってくるのかといった奇妙な妄想に取り付かれ、少し萌えて少し悶えてかなり恐ろしくなり、想像してその気持ち悪さに吐きそうになった。

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トリプルチーム(5)