2005年11月19日土曜日

タイムリミット



3つのエントリーをハシゴして書き進めていたら一つも纏まらず、自らに対する猜疑心だけが脳の上っかわをドタバタと下品に書け鳴らし続けるに至ってしまい、朝が来た。

序文の締めに「朝が来た」というフレーズを使うのはもう何度目かの出来事で、もうこのような言葉の流れを使うのは例えそれが事実であったとしてもやめにしようとは思っているのだが、代替可能なフレーズとして僕の頭に浮かんだものは「昼が来た」と「夜が来た」の2つだけであり、その2つを書き入れる為にはあと6時間、あるいは12時間の間をテキストエディタの前で右往左往しながら過ごさねばならない。

残念な事に僕の日常は多忙で満ちており、そのようなくだらない事の為に一日を捧げる事など出来ないが故に、やむなく朝が来た。来てしまったのだ。




朝が来た、といっても何一つ変わるものはない。同じように寒く、同じように独りで、同じように物事の全てを理解して完全に解決しようとしては失敗に終わる。昨日とまったくの同じである。

しかしながら、僕はそうして、何も変わらないではないかと思いながら、いくつものタイムリミットを踏み越えてしまったのだろうとも思う。けれども踏み越えたのがいつだったかなんて決して知る事は出来ないし、何のタイムリミットであったかという事もわかりやしない。認知している明らかな踏み越えたそれはといえば、この世に生を受けたという所まで戻らねばならない。

つまり、自分自身の人生というものに対する理解は、どうしようもなく漠然としたものであり、弱かったから、愚かだったから、私であったから、といった類の具体的ではない話ばかりだ。

それらは確かに当たってはいるのだけれど、強く狡猾になり、また自分自身を維持する事を諦めて他の何者かに成り変わる、という開法は選択肢たり得ない。座してブログを書く夜明け。僕はどうなっちゃうのかな、グッドモーニング。