2005年11月17日木曜日

生き腐り



たかが結婚したくらいでヘリコプターが飛んでくれるような人も世の中にはいるが、たとえば僕が死んだとしても蠅の一匹すら飛んではくれぬのではなかろうかと不安になり、飛ぶ蠅を割り箸で摘んでは「おい」「おい」と片っ端から声を掛けてみたものの、全て無視された。蠅は蠅で忙しく、僕のような人間に構っていられるような暇は無いらしい。曰く腐った人間だけがよい人間だよ、と吐き捨てるように飛び去られたので追い掛けながら「性根も脳髄も腐っている、腐りきっているよ、だから。」と懇願に次ぐ懇願を叫び続けて走ってみたが、やはり僕では駄目らしい。

怨念渦巻く古戦場を真夜中に1人で歩き、怨霊という怨霊に取り憑かれれば、少しは上手い具合に落ち着くのではないかと思うが残念ながら人は死ねばそれまでであり、怨霊などいやしない。そんなものいなくたって、夜が来る度に怯えて小さく丸くなり、朝が来るまで震えている。

けれどもそれは夜の暗さに怯えているのではなく、無論静けさや寒さに怯えているのでもなく、ただ朝が来るのが恐ろしくて、恐ろしくて、それが耐えられないのである。一日分年老いて、一日分馬鹿になり、一日分消えてゆく。

忘れたいことが多すぎて、何を忘れたかったのかすら覚えていられない。ただ何かを思い出す度に、悲鳴と嗚咽が渦巻いて、自分自身が何を頼りに生きているのかを忘れてしまいそうになる。

よくないことばかり思い出してしまう自分が悪いのか、よくない思い出ばかりを作り上げてしまった自分が悪いのか、あるいは自分が悪いのかが解らずに、振り上げた拳を見失う。何を憎めばいいのかがわからない。何を愛し何を排ずべきかというのは、もう随分と前からわかりきっているのだけれど。

例えばこうなれば楽しいだろうな、という事態を何か一つでも胸に抱ければそれだけで生きていけるのではないかと、今更な夢を夢見て賢明に365通りの日常というものを想像してみても全ては恐怖。脳裏が赤く腫れ上がる。

この先ずっと真っ暗闇になってしまうくらいにまぶしい光で全てを見失いたい。
あいにくここには明かりなどなく朝日が差して、一夜が失われた。