2006年10月26日木曜日

足跡依存症から抜け出した僕は、一生mixiなんてしないと堅く心に誓ったのでした。

あの日の僕は、幸せに包まれていた。
ブログを書き始めて良かったと初めて思った。







その頃、僕は疲れていた。生まれてこの方まともに文章なんて書いたことの無かった夜から晩までゲームをやり続けていただけの人間が、どこをどう間違えたのかブロガーになってしまい、毎日ブログを書いていた。その慣れない生活に、僕は疲れきっていた。
起きて、書いて、寝る。その単調な生活に、僕はわけのわからないままで、頭のてっぺんまでどっぷりと、完全に漬かってしまっていた。
そんなある日のことだった
僕が彼女の足跡を見つけたのは。



彼女のブログを始めて読んだ夜の事は、今でも鮮明に覚えている。なんてことのない普通のブログだった。ありふれたダイアリーだった。けれどもそれは、どうしてか、強く僕の心を捉えて放さなかった。彼女はとても弱かったけれど、とても強い文章を書いていた。完全にやられてしまった。
僕はその夜から、彼女のブログを読むようになった。一日に何度もアクセスし、過去ログを何度も読み返した。ローカルディスクにダウンロードして、暇さえあれば読んでいた。「ちょっとストーカーっぽいかな」と自分自信に気持ちの悪さを感じたりしたけれど、彼女の繋ぐ言葉の美しさと、濁りの無い透明な輝きは、そんなことどうでもいいやと思ってしまうくらいに素晴らしいものだった。
それまで毎日のようにアクセスして読んでいたブログやウェブサイトが途端につまらないもののように思えた。ゲームとか、インターネットとか、そういうものがどうでもよくなってしまうくらいに、彼女は飛びぬけて美しかった。


僕は彼女に強く憧れた。「当たり前のように恋に落ちた」と書くのが正しいのかもしれない。今にして思えば、そんなものではなかったのかもしれない。もっと純粋な気持ちだった。ただ好きだった。彼女の放つ言葉の1つ1つがただ好きだった。
そして、僕はある日の夜、いつものように彼女のブログを読んでいた。彼女はその晩ぼんやりと、いつものように澄んだ言葉で、揺らいだ気持ちを書いていた。そして文末で唐突に「ブログっていいね」とポツリと書いた。
いいのかな、と僕は思った。そしてただ漠然とぼんやりと、ブログを書きたいと思った。本当の事を言うと、ブログなんてちっとも書きたくなんてなかった。僕はずっとゲームをしていたかった。ただ、彼女に少しでも近づきたいという衝動を抑えられなかった。
ブログを書き始めさえすれば、彼女と同じブロガーになれるのだという思いが芽生え、僕の心を覆っていった。そして僕はブログを書き始めた。ブログを書いたくらいで彼女に近づけるわけじゃないと気が付いたのは、それから随分後のことだった。彼女には才能があった。僕にはそんなものまるで無かった。書けば書く程に醜さばかりが浮き上がり、その自らの醜さが、いっそう彼女の美しさを引き立てて行った。
僕がブログを書く度に、ただ美しい彼女と、ただ醜く無能なだけの僕との距離は離れていった。辛くて、寂しくて、頼れるものもなく、飽きずに毎晩呆然と、くだらないブログを書きながら、素晴らしい彼女のブログを読み続けるだけの日々が続いた。僕は孤独だった。



そんなある日のことだった。
僕が彼女の足跡を見つけたのは。
その頃の僕のブログについていた、ブロックブログのデフォルトのアクセスカウンターには、簡単なアクセス解析機能があった。IPまでは見られないけど、リンク元は見る事が出来た。そこに、彼女のハンドルネームがあった。はてなrssリーダーからだった。幸せを感じた。幸福感に包まれた。ブログを書き始めて良かったと、その日初めてこころから思った。
その日から更新する度に、彼女は足跡を残していった。僕は必死でブログを書いた。もうゲームなんてどうでも良かった。人生なんてどうでも良かった。将来への不安なんて吹き飛んだ。自分の未来について考える事なんてなくなった。自分が書いたエントリーを彼女が読んでくれているというだけで、僕は幸せだった。


それからしばらくして、デフォルトのアクセスカウンターが重過ぎて使えなくなり、今もこのブログについているカウンターに付け替えた。そのカウンターにはアクセス元の記録機能なんて無かったから、僕は慌ててtrackfeedをブログにつけた。彼女は僕が何かを書く度に、ハンドルネームの入った足跡を毎日のように残しつづけた。それが嬉しかった。僕は必死で懸命に、ただただブログを書きつづけた。
そんな頃、彼女のブログが変わり始めた。更新頻度が少し落ち、言葉の量は日に日に減った。彼女はmixiをやっていた。彼女は時々mixiの話をブログに書いて、ちょっとした馴れ合いに浸かり始めた。
彼女はそれまでいつも1人で、毎日不安と寂しさを纏っていて、毎日何かに怯えていた。それでも強さを持っていて、なにより言葉が澄んでいて、紡ぐ全てが美しかった。けれども、mixiを始めてから彼女は、少しずつブログを書かなくなっていた。それでも彼女がたまに書く、ブログは途轍もなく大きかった。僕が逆立ちしても近づけないくらいに、美しくて、強くて、それでいて面白かった。
彼女は大学を卒業してすぐ東京に出たようだった。どうしてそんな事を知ったかというと、mixiで大学時代の友だちと再会したと、mixiをちょっと褒めていたからだ。彼女は少しだけれど、喜んでいた。それを見て僕は良かったねと呟いた。彼女のブログの更新は、その日を境にさらに減った。それでも彼女は美しかった。過去ログばかり読んでいた。



それから、少しが過ぎた日を境に、彼女の足跡がぷっつり途絶えた。僕はブログを書く事の意味を見失った。なんだかんだと理由をつけても、その実はただ、彼女に自分の姿を見てもらいたいという気持ちだけでブログを書いていたのだという事を知った。
それでも、彼女が再び足跡を残してくれる日が来ると信じて、僕はブログを書きつづけた。彼女のはてなダイアリーは、ある日突然唐突に削除されていた。
僕は彼女を探した。知っている情報をgoogleに打ち込みつづけた。彼女がリンクしていた人や、彼女のブログのコメント欄に書き込んだ人のブログのRSSを貪るように読みつづけた。「これじゃあまるでインターネットストーカーみたいじゃないか」と思った。自分が何かとてもみっともない人のように思えた。それでも僕は彼女の事を少しでも、なんでもいいから知りたかった。
ある日新着のRSSに「結婚式に呼ばれた」とあった。相手は大学時代の友人で、おめでた婚だと書いていた。僕はそのままその足で、trackfeedを取り外した。更新意欲を完全に無くした。そして、僕は、書くのを止めた。正確に言うと、書けなくなった。


彼女には仕事があって、友だちがいて、夢があって、とても誠実に生きていて、ブログを毎日書いていても、それはただの暇つぶして、本当はブログなんてどうでもよかったのだ。そんな彼女が僕のブログを読まなくなるのは当然の事だった。何故なら彼女とは対照的に、僕には仕事なんてなくて、友達も居なくて、夢もなくて、不誠実に彼女の足跡に依存してブログを書いては寝るだけの生活を送りつづけていた。彼女は美しく、僕は醜かった。彼女には幸せになる資格があり、僕にはその資格が無かった。彼女は幸せになり、僕は行宛も無く彷徨った後で、また、再び、ブロガーになった。
いいじゃないか。
幸せになるべき人が1人、幸せになったんだから。
それでいいじゃないか。
彼女は心許せる人と、充実した日々を送っているんだから。










メッセージ:冗談か本気かわかりませんが、「誰も僕をmixiに招待してくれない」とブログに書かれていたので、招待してみました。何かに利用できると思ったらお使いください。

メールが来ていた。
彼女からだった。
ゴミ箱に放り込んだ。
完全に削除した。








一生mixiなんてしない。
ブロガーだから。
好きだから。