前を向いて歩こう。



涙がこぼれないように上を向いて歩いていれば、いつかきっと良い事があるだなんて、そんな高貴なポジティブさを素直に受け入れられる余裕は僕にはない。けれども世の中にはそういう高貴なポジティブさを素直に受け入れられるだけの高貴さを有した人が大勢いるのだろう。




もう随分と昔に忘れてしまった涙が、ごそごそとこぼれだしてしまいそうな夜に思い出すのは、憤りと無念さと己の弱さに一人向き合い追い立てられて苦しんだ夜の事ばかり。僕には春も夏も無く、いみじくも邪悪に澄んだ人間の心だけがあり、そのせいでいつも混乱から逃れようと懸命に走っては自分がどこにいるのかもわからなくなり、混乱してばかりだ。もう何も覚えていないよ。もう何も覚えたくないよ。

もしも僕が上を向いて歩いたならば、景色はどんどん悪くなり、あたりはどんどん暗くなり、殺気だった吹雪や機械的な照りつけが皮膚という皮膚を焼き爛り、髭は伸び頬は落ちカビ生え干涸らび蛆わいて、それでもそれに気づかぬふりで、真上を向いて歩き続けるのだろう。幸せは空の上にだとか、悲しみは月の陰にだとか、寝ぼけた事をぬかしながら。頑なに上を向いて歩いている限り、涙で潤んだ雲と星しか見えぬのだ。

もちろん僕は悪路への悪路を歩き続けていて、これからもそうし続けるだろう。なぜならば僕の悲しみはここにあるのだし、僕の幸せもここにあるのだから。せめて自分の行く先を見失わないように、見誤らないように、しっかりと前を、前だけを見て歩こうと心に誓い目を閉じて駆け出す。今、NOW、速く。より速く。