近頃ちょっと思ったこと。



JAVAの方の人のエントリーを目にしてちょっと興味が沸いたので過去ログを一通り読んでみたら、案の定相当なハイブログパワーな人で、非常に面白かった。で。





暇人 2008/04/24 13:53


何か鬱病みたいにみうけられますが精神的に大丈夫でしょうか。
個人的な意見では生きていて不安じゃない人なんていないと思っています。
もう後はリアルタイムでtwitter(t_yano)に愚痴るしかないと思います(私は愚痴を言わない人間は信用できません)。



そのエントリーに「暇人」といういかにもな捨てハンが上のようなコメントを残していた。「個人的な意見では生きていて不安じゃない人なんていないと思っています。」とか「私は愚痴を言わない人間は信用できません。」とか、自己紹介以外の何者でもない自分語りをやってのけている。それは、一介の通りすがり読者である僕から見れば、酷く不可解なコメントだった。



(少なくとも僕にとっては)元エントリーはもの凄く丁寧な「よくできた(優れた)」ブログのエントリーで、1つのブログのエントリーとしては、完璧に近い特筆の出来だと思う。ブロガーとして強い敗北感すら覚えるくらいだ。たとえばピータージャクソンがリメイクしたって、これ以上のものにはならないだろう。適当な気持ちでブログを書いている人間や、きちんと自らと対峙していない人間には、とても書けない内容だと思うし、展開も美しく、日本語も丁寧で読みやすい。


その「完璧な」あるいは「完全無欠な」優れたエントリーに対して、「何か鬱病みたいにみうけられますが精神的に大丈夫でしょうか。」というコメントをつけている暇人という人は、明らかに、まともにブログを読んでいない、酷いコメンテーターだと思った。





けれども、1つの疑念が芽生えてしまった。それは、この「暇人」という、いかにもな捨てハンでコメントをしている人間は、実はt_yano本人なのではないか?という疑念だ。


もしもそうだとすると、話はこんがらがってくる。この「医者でもないのに鬱病認定して、本文をまともに読んでいるとは思えない自己紹介をおっぱじめた捨てハンコメンテーター」が、実は「知り合い(というよりコミニティの仲間)の心配をし、常に気配りを忘れない、心優しいt_yano」だったとしたら・・・。「なんだって俺に愚痴ればいいさ」という聖母マリア的なコメントだったとしたら・・・。"暇人"というハンドルネームは、ただの謙遜であり、「矢野さんは忙しいからくだらない愚痴を聞いて貰うのも悪いし……」という抵抗感を取り除くための気配りだったとしたら・・・。


もしもそうだったならば、リアルとか、馴れ合いとか、空気とか、そういった類の世界の事柄は、一生僕には理解出来ない物事なのだろう、と強く思った。





でも、流石にそれは無いと思う。絶対無いと思う。そんな事があったら困る。だって矢野さんは捨てハンで鬱病認定自己紹介コメントを書き込むような人じゃないもん(典型的な○○さんはそんな事言わない論法)。


だって鬱病認定しておいて「愚痴るしかないと思います」ってまともな人間の書くことじゃない・・・いや、そうではなくて。そうではなくて、事実は僕の想像のさらに上をゆく奇跡のような物語なのかもしれない。つまり、t_yanoという人は愚痴るだけで何もかもを治癒してしまうくらいのスーパーグレートキリスト的な超人類的存在なのかもしれない。だとすれば、だとすれば・・・。