東方が正しくない時代。



noiz2saでシューティングゲームというものを知ってからしばらくして、当然のように東方シューに辿り着き、遊んでいた。遊んでいたら、興味が沸いたので、色々と見て回っていた。色々と見て回っていたら、東方作者のZUN氏が、ファンが自らのウェブサイトにアップロードしたプレイ動画を、「プレイ動画の公開はやめてください」と、プレイ動画の公開を取りやめさせている現場に行き当たった。そして、その際のZUN氏の言い分の圧倒的な正しさに、僕は感銘を受けた。

その言い分というのが、「1,東方シューは有料である。」「2,東方シューにはリプレイ閲覧機能がある。」「3,よって、東方のプレイ動画がウェブサイトでアップロードされるような事があると、お金を出して購入してくださったユーザーに申し訳ない。」というたものだった。

その言い分、つまり、著作権者の権利を守るのではなく、「購入者の権利を守る」というZUN氏の主張は、圧倒的に正しかったと思う。そして、その主張や、プレイ動画を公開しているユーザーに直接「止めてくれ」と言う行為自体も、2008年の今においても尚、圧倒的に正しいのだろうとは、思う。




けれども、当時と今では、状況が変わってしまった。あの頃の東方シューは、「最も売れている同人シューティングゲーム」でしか無かったし、ユーチューブなんてものも存在していなかった。プレイ動画1つを録画するにも、公開するにも、膨大な手間と障壁が存在していた。

でも、今は違う。どのようなウェブサイトでも、ユーチューブの埋め込みリンクを張るだけで、動画が公開出来るようになった。動画作成のノウハウが広く共有され、そのアップロード方法もまた、広く共有された。結果として、誰でも、少しの手間さえかければ、簡単に、インターネットに自らのプレイ動画をアップロード出来るようになった。ゲームプレイ中の動画をストリーミングでリアルタイムに複数のユーザーに公開する事だって、誰にでも簡単に出来てしまう。東方自体にしたって、あの頃の東方シューではない。ただのマイナーな同人シューではなく、巨大なネット上の現象になってしまった。時代は変わってしまった。




どれだけ正しい言い分であっても、時代が変われば事情が変わる。2008年という未来において、「プレイ動画閲覧は購入者の権利である」との主張を押し通すには、あまりにも無理がある。少なくともそのように、僕には思える。ゲームセンターの対戦台を後ろから覗き込むように、ラジオや歌番組で歌謡曲を聞くように、本屋で立ち読みをするように、「プレイ動画をインターネットごしに見る」という行為もまた、現実という巨大な空間の中に溶け出していった。世界に対して開かれて行った。




もちろん、「そうではない」と考える同人ゲーム制作者が存在していても、良いと思う。けれども、もしもそうであるならば、東方動画を掲載している反社会的不健全サイト、たとえばアキバBlogのようなウェブサイトが、インターネット上で大手を振ってまかり通っている現状は、様々なものが確実に、破綻してしまっている。

そういった類のウェブサイトがユーチューブの埋め込みリンクをコピーペーストで掲載する行為がスルーされる一方で、製品を購入したファンの一人が自らのプレイ動画を手間暇かけてエンコードして自らのウェブサイトにアップロードするのは止めさせる。仮にこれが同じ日の出来事であったならば、非難されて然りだろう。けれども、2つの出来事の間には、長い歳月が隔たりとして存在している。時が流れてしまったのである。

今現在、東方のプレイ動画が広くウェブ上で散見される現状から推測するに、ZUN氏のポリシーは数年の間に変化したのだと考えるのが自然だろう。その辺りの、風化したポリシーという悲しさと正しさの終わりは、どのように処理され、どのように消化されたのだろうかと、時々思って今も気になる。