2008年10月6日月曜日

イコール4%。



タイトルすら読んでもらえない。
悲しい。




自分が何かを思う。思ったことをブログに書く。

それが、自分の思ったとおりに読んで貰えるだなんて、思っていない。そんな思い上がりはしていない。けれども、タイトルくらいは読んでくれてもいいのにと、寂しい気持ちになったりもする。自分の日本語力の無さ、文章力の無さに情けなくなる。そのくせ「なんで伝わってくれないの!」とかうじうじへこんでしまうんだから、つくづくブロガーに向いていない。








「id:ryocotanの株式会社はてなに対するネガティブキャンペーンが酷すぎて、はてなを擁護せずには居られない。」というエントリーで僕が書いたものは、「id:ryocotanの株式会社はてなに対するネガティブキャンペーンが酷すぎて、はてなを擁護せずには居られない。」という話でしかない。「はてなのSEOスパム技術にうんざり」という話は、2005年にもう既に書いた。僕が言いたかったのは、そんな事じゃない。うまく伝わらなかったのは僕の筆力に原因があるので、誰を責めるわけでもないけれど、「はてなのSEOスパムは酷いよね」みたいな話で好き放題に盛り上がり、そういう風に消費されているのを見ると、「そうじゃないんだけれど」と言いたくなったので、少しだけ書こうと思う。




前述の通り、はてながスパム企業だ、というのは自明のことだ。もしもあなたが、それを知らなかったというならば、それは、はてなのイメージ戦略にまんまとハマった、リテラシーの無さの証明でしかない。事実スパム企業でありながら、それを巧妙に隠蔽してきた。社長が、あるいは重役がメディアに露出し「白いベンチャー」としてのイメージを伝える。使えるものは親でも犬でも、使ってしまう。あるいは梅田望夫も雇ってしまう。はてなは、そういう風にして、「彼らが実際にやっている事」と、「彼らのイメージ」を可能な限り乖離させてきた。

そうする事で、ユーザーを囲い込んできた。なぜユーザーを囲い込むか。
それは、彼らはてなユーザーこそが「スパムの源」だったからに他ならない。




たとえば、「はてなブックマークのページには広告が無い不思議!」というコメントがついていたが、それは典型的なはてなユーザー脳だ。ユーザー登録した人間には広告が表示されないようになっている。外部のユーザーからすれば、はてなブックマークは、まったく違う姿に見える。自らのサイトがはてなブックマークされる。好き放題に流言飛語を垂れ流される。しかもそのページには広告がある。ウェブサイトからコメント欄を盗んでユーザーの遊び場を作成し、それに広告を載せる。それがはてなブックマークというものの姿だ。




そのような事は、昨日今日に始まった話ではない。
大昔から、はてなという企業はずっと、そうであった。

スパムでお金を稼ぐ。
稼いだお金で人材を集める。
集めた人材でさらにスパムを進化させる。
そういう風にして、はてなという会社は今日まで大きくなってきたし、これからもそうだろう。id:ryocotanという人が、株式会社はてなに入社するよりも遙かに昔からそうだった。株式会社はてなは、我が国最強のスパム集団だった。もちろん、id:ryocotanという人がはてなに入社した時点においても、株式会社はてなは我が国最強のスパム集団だった。


にもかかわらず、id:ryocotanという人は、「自らが退社した後で、はてなはスパム企業に墜ちた」という印象操作を行った。「スパム」というインターネット上で嫌われている事柄を仄めかし、それを非難する事で、自らを正しく見せ、それを広く喧伝した。その自己正当化の印象操作が一定の成功を収めると見るや、「これ以上の言及は避けます :D」と、ふざけた顔文字で撤退宣言をした。それは果てしなく巧妙な印象操作であり、非常に良くできた自己美化大作戦だった。

それに腹が立った。
だからあのエントリーを書いた。




はてなはスパムをする。スパムはインターネットを不便にする。
外部のユーザーは迷惑する。うんざりする。
それは事実だ。


でも、その一方で近藤やら、はてな社員やらは幸せになるんだから、それでいいでしょう。スパムをして、インターネットを不便にしつつ、お金をいっぱい儲けて、そのお金で梅田望夫やらを雇って会社のイメージを良くする。そうして、社員を雇い、より良いスパムを、より優れたスパムを作る。そうやって稼いだお金で、さらに社員を雇う。社員を雇って給料を支払う。いいおうちに住んで、いいおべべ着て、85万の自転車を買って、豊かな生活を、幸せな人生を送る。子供を作って子孫を残す。そうやって、優秀でスパムを屁とも思わないような厚顔無恥な遺伝子を未来に残して、強い日本を作っていく。とんでもない未来を作っていく。それは素晴らしいことでこそあれ、まったく悪いことではない。優秀な能力のある人間が幸せになる為にスパムをする。幸せになりたい人が幸せになる為にスパムをする。そうやって明るい未来が、強い未来が作られるのだから、それは素晴らしいことなのだ。

スパムは不道徳な行為だけれど、道徳なんてのは負け犬の遠吠えに過ぎない。「はてなに道徳が無いのは異常なことでも悪いことでもない」と、昔に僕は書いたし、今もその思いは変わっていない。スパムなんて、何も悪くない。不法も、違法も、不道徳も、それで幸せになる人がいるのなら、好きなだけやればいい。未来というものは、そうやって作られるのだ。「誰かに迷惑がかかる」とか、「誰かが不幸になる」あるいは、「誰かが楽しくなくなる」なんて事は、一切気にする必要がない。強い人が生き残って、豊かな人生を手に入れて行けばいい。良心だとか、モラルだとか、ふぬけた事を言っている人は、淘汰されて消えていけばいいのである。




一方で、自らを雇ってくれた企業のネガティブキャンペーンを行い自己正当化、自己美化を行う行為は、素晴らしいことではない。それは、欺瞞以外の、そして裏切り以外の何物でもない。古来より、裏切りは最低にして最悪の行為に他ならず、裏切りほど人間を傷つけるものはないし、裏切りほど見ていて不愉快なものはない。よって裏切り行為は全ての行為の中で唯一、絶対に許されるべき行為ではない、という話を、角が立たないようにオブラートに包んで書いたのだけれど、オブラートが多すぎたせいか、うまく伝わらなかったようだ。あまり波風を立てたくなかったので、オブラートに包みすぎたのがいけなかったのだと思う。でも、僕に言わせれば「タイトルに書いてるじゃん!」なんで?なんで?的せつなさ。(このエントリーにしたっておそらくは、本当に書きたかった事の20%くらいしか書けておらず、しかもそのうちの20%くらいしか伝わらないのだろう)