もしも未来まで歩いて行けるのならば、歩くよ僕は。



夜通し歩いてみた。何故そんなことをしたのか、自分でも解らない。夜通し歩いてみようと思った。だから夜通し歩いてみた。いつもそんな風だ。町は何も変わっていなかった。信号機があった場所には信号機が有り、横断歩道があった場所には横断歩道があった。建物があった場所は更地に、見窄らしかった木造家屋は立派な屋敷になっていた。自分は手術で脳と睾丸を取り除かれたティッシュペーパーのように、馬鹿でふぬけになっていた。漠然と何かを夢見て、漠然と何かを期待していたのだと思う。これまでずっとそうだったように、夜通し何かを求めることで現実から逃げ続けていた。これまでずっとそうだったように、夜を通じてなんの努力もしなかった。ただ歩いていただけだった。昔の出来事を思い出し、辛く感じるのを期待していたのかもしれない。けれども、浮かぶのは今日のこと、そしてこれからのことばかりだった。「逃げ出したい」と思ったけれど、逃げている途中にそう思うのだから救いがたかった。仮に逃げ出す事から逃げ出したいのだとすれば、即ち立ち向かわねばならない。この家には誰が、あそこの家には誰が、という事を時々思い出した。そういった人達は、どんな風にして過ごしているのだろう。想像すれば情けなくなったが、そんな情けなさよりも、自分の不甲斐なさが憎かった。僕より少し年上の人は、結婚もするだろうし、あるいは子供もいるかもしれない。家も車もあるだろうし、少なくともブログなんてものを書いていたりはしない。暖かい部屋に済み、熱い風呂に入り、人間らしいものを食べて、分厚い布団で寝ているのだろう。僕より年長の人達は、もうゲームに希望を託したりなどは1秒たりともしていないだろう。なのに僕は未だにDOTA allstarsが自分を救ってくれるのではないかという妄想に取り憑かれている。そんなわけがない。そんな事があろうはずもない。言葉の意味もわからずに「愛してる愛してる」と盲人のように手当たり次第に繰り返したが、有史以来愛などというものが役に立った事は一度も無い。世は金だ。役に立つのは金だけだ。そして僕にはそれが無い。そんなものは無かった。必要なのは歩くことなんかじゃない。ましてやブログを書くことでもない。そう自分に何度も言い聞かせてみたが、その言葉自体が嘘くさくて絶句した。僕にはもう必要な事なんてない。やるべき事も、成すべき事もない。そんなものはじめからなかった?そうかもしれない。やりたい事も、行きたい場所もない。そんなものはじめからなかった?そうかもしれない。でも幻はあった。そんな幻は漠然とあった。今はもう無い。くだらない無邪気さは突如として失われてしまった。僕はもう死ぬまで一人で、これから先なんの楽しみもない。確かなのは、自業自得だという事だ。他人の事は知らないけれど、少なくとも自分自身に関しては、全て己の責任、自業自得であるという事だ。雲に覆われた空を見上げて誰でも良いからビッグバンを止めてはくれないだろうかと心の底から願ったが、時既に遅し。もう手遅れだ。星の一つも見あたらなかった。