真性引き篭もり : リンダキューブのこちらと向こう。

リンダキューブというゲームは明確に、「救う」ゲームだった。救おうとするゲームだった。だからノアの方舟という話は「救う」話なのだとばかり今日まで思い込んでいた。けれども、あれは違うのだ。少なくとも今の僕は、あれは救う話などではないと確信している。あれは、滅ぼす話なのだ。ノアの方舟というものは、コロンバインで銃を乱射するのと同じ類のお話なのだ。ノアの方舟という話は、忌々しいもの、気に入らぬものを全て、全て、憎しみを込めて、全て滅ぼすお話なのだ。ようするに、気に入らないものを全部、海の藻くずにする呪いなのだ。憎悪の塊なのだ。憎しみの曝露なのだ。欲望のままに怨念のままに、気に入らぬやつらを皆全て、海に沈めてやるのだという、確固たる意志なのだ。憎しみ、呪い、滅ぼしてやるという、けばけばしい、それでいて純粋な欲望の宣言なのだ。沈んでしまえ。沈んでしまえ。明け方眠ろうとして、眠れずに、震えて這い出す惨めさの中で、核戦争、巨大隕石、大噴火、大疫病、大爆発、大地震、大津波の何れか、あるいはその全てを純粋に心から望んだ果てに、そんなたわいもない話だけが1つ残って、もう日は高い。何も来ない。